第223話 建国式当日 上


 建国式当日。


 といっても、ジュートノルには宮殿がなく、政庁の前には多くの人数を集められるだけの広場もないことから、公王ジオグラルドが平民の前に姿を現す機会はない。

 その代わりに、普段は謁見すら叶わない商人や各ギルドの幹部などを広く集めて式典を執り行い、これをもって公国建国の布告とすると告知されていた。

 はたして、式典会場となった歴代代官所有の屋敷のホールには数百人の招待客が溢れかえり、生涯で最も栄誉な場に立ち会える興奮と喜びを分かち合っていた。

 その一方で、表情だけは取り繕いつつも話題の中では戸惑いと不満を漏らす面々がテーブルの一角を占領していた。

 普段から貴族との付き合いが多くこのような場に慣れている、ジュートノルの権力者達である。


「いやまったく、これほどの人数を集めなくても、いつものように我らだけに知らせていただければいいものを」


「その通り。これまでの我らのジュートノルへの貢献を考えれば、あのような下賤の者達とは違う場を整えていただきたかったですな」


「お二人とも、少し声が大きいですよ。これだけの人数、どこでだれが聞いているとも限りません。それに、今回の式典は、公王陛下のご意思を広く素早く知らしめるためのものと聞いています。そのために、各ギルドの幹部級も招待されたのでしょう」


「フレッド殿。あなたはまだギルドマスターになって日が浅いから、そのようなのんきなことを言えるのですよ。貴族の方々からの言葉を平民に伝えるのは、我らの特権でもあるのです。その慣習をこうもあっさりと破られるとは、恐れながら公王陛下は些か以上に市井に疎いということでしょう」


「いえいえ、そうとは限りませんよ。今回、我らに公王陛下のご意思を伝えてきたのは、御側近のサツスキー男爵です。もしかすると、サツスキー男爵が都合のいいように……」


「なるほど、さすがは罪人の子というわけですか。おや、フレッド殿どちらへ?」


「いえ、喉の調子が。少し席を外させてもらいます」


 とうとう貴族批判まで始めてしまったギルドマスターばかりが集まるテーブルに嫌気が差し、冒険者ギルドマスターのフレッドは飲み物を取ってくる振りをしてその場を離れた。

 職務柄、フレッドはほかのギルドマスターが知り得ない情報もいくつか握っている。そのうちの一つがフレッドに席を立たせ、早めの避難を促したのだ。

 一応の口実づくりとしてすれ違った従者から飲み物を受け取り、どこへ行ったものかと視線をさ迷わせると、招待客にしてはやや武骨な出で立ちの面々がいるテーブルが目に入って近寄ることにした。


「これはフレッド殿、お久しぶりです。ギルドマスター就任の挨拶以来ですか」


「ご無沙汰しております、ゼルディウス様。そちらは確か……」


「衛士隊の第一部隊長殿ですよ。身の置き所に困っていたようなので、こちらにお招きしたというわけです」


「こ、こちらこそ、かの烈火騎士団副団長様にお声をかけていただき、光栄の極みであります!」


「部隊長殿、そう固くならなくても、ゼルディウス様は平民にも気さくに声をかけておられる方です。あまり形式にとらわれ過ぎた方が失礼ですよ」


「そ、そんなものなのですか……?」


 アドナイ王国四大騎士団の副団長と、ジオグラッド公国に新設された衛士隊の部隊長。

 一見身分差のある取り合わせだと思いつつ、同じ使命を帯びていることにフレッドは気づいていた。


「それにしても、先ほどまでフレッド殿がおられたテーブルは随分と盛り上がっているようですね」


「お気づきになられましたか。いやまあ、長年ジュートノルの中枢で働いてきたという自負が、ついつい本心ではない言葉を吐かせているのだと思うのですが」


「いえ、あの方達の発言の一部始終は、私はもとより警護に当たっている衛士の耳にも届いております。数日中に報告書を作成し、内政を司るサツスキー男爵に提出することになります」


「なんと、スカウトでもないというのにあの者達の会話が聞こえているとは。さすがは公王陛下肝いりの衛士隊。今からでも、この場にいる配下に迂闊な言葉は口にしないようにと釘を刺しておくべきでしょうか」


 同席する隊長を相手に、とあるテーブルを鋭く睨む一人の衛士を遠目に見ながらそう冗談めかしているゼルディウスだが、その瞳に少なからず驚嘆の意志が込められていることに、フレッドは気づいた。


 衛士。そう、衛士なのだ。

 衛兵でもなく、兵士でもなく、騎士でもなく、衛士隊。

 アドナイ王国の職階にそれなりに通じているフレッドが聞いたことがないのだから、おそらくは公王ジオグラルドが創設した組織なのだろう。

 その名にどのような意味が込められているのかはまだわからないが、一つだけはっきりしていることがある。

 名付け親である公王ジオグラッドが、衛士をただの平民として扱うつもりはないということだ。


「それにしても、この式典会場の警備を衛士隊に一任するとは、公王陛下からの信が厚くてうらやましい限りですよ」


「め、滅相もない!公王陛下を始めとした貴族の方々の警護は烈火騎士団が担っているではありませんか。私達衛士隊は、あくまで騎士の方々の穴埋めにすぎません」


 身分の差を超えて話題を持ち掛けるゼルディウスに、恐縮する隊長。

 しかし、本来騎士と平民の立場の差はこんなものではないとフレッドは知っているし、だからこそ二人の会話に無闇に割り込まないように用心している。

 烈火騎士団の体面を守るという意味では、衛士隊から会場警備の役目を奪うべきなのだ。

 それをしないどころか、副団長のゼルディウスが衛士隊の隊長に対して一定の敬意を払っているということは、公王ジオグラルドかその側近から何かしらの根回しが来ているからに他ならない。

 そしてそれは、フレッド自身にも言えることなのだ。


(どうやらこの式典会場は、そういった根回しが来ている者と、そうでない者の二種類に分かれるようだな)


 そう仮説を立てて、改めて名前と顔が一致する招待客を観察してみようとフレッドが考えたその時だった。

 貴族の身分を示す豪奢な衣装に身を包んだ年若い男性が、ホールの奥にある壇上に上がったのは。


「静粛に!!公王陛下の御成りである!!」


 年若い男性――サツスキー男爵の一声で瞬く間に静寂に包まれたホールに、先ほどから壇上の脇に控えていた楽団の音楽が鳴り響くのを合図に、警備の騎士達が裏から登場し壇上を固めると、十人余りの貴族が登場し、一拍置いてジオグラッド公国公王ジオグラルドがその姿を現した。


「あ、あの方々は……?」 「見覚えがあるような……」 「まさか、こんなところになぜ?」


 小声でも幾重にも重なれば、それなりの雑音にはなる。

 先ほどとは違う種類の喧騒に包まれるホールの中で、かつて丸暗記した冒険者ギルド部外秘資料『アドナイ王国の大貴族の特徴一覧』の中の一つに見事に合致する人物――マクシミリアン公爵が壇上にいることに、フレッドは気づいてしまった。


「ここにおわすは、我が主君ジオグラルドの理念に賛同し、共に手を携えることを誓ったマクシミリアン公爵と、志を同じくする貴族有志一同である!!」


 サツスキー男爵の説明を聞いて納得した者、驚く者、いまだに事態が呑み込めずにいる者。

 様々な反応がさざ波となってホールに木霊するが、よりにもよって貴族の名前の紹介を省略する無礼を働いているサツスキー男爵に、非難の目を向ける余裕のある招待客は一人もいなかった。

もちろん、その真意に気づく者も。


「僕は宣言する!!」


 直後のジオグラルドその人の第一声に、だれもが耳を傾けた。

 期待、緊張、不安、疑心、様々な感情が視線となってジオグラルドの体に押し寄せる。


「五千年前に先史文明を滅ぼした災厄。その再来に対して、ジオグラッド公国とマクシミリアン公爵と有志一同が手を結び、新たにジオグラッド公国連合を打ち立てることを!!そして、旧態依然とした四神教から離脱すると共に、連合国の全ての民を対象にノービスのジョブの恩恵を授ける!!これに従わない者には、連合国からの追放か、奴隷身分に降格させるものとする!!」


 貴族――さらには王族の言葉を遮るなど言語道断。それこそ、この場で首を斬られても文句は言えない。

 それにもかかわらず、ジオグラルドの言葉と、それに賛同しているという貴族達の泰然自若とした姿に、建国式典会場は文字通りの混乱状態に陥った。

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