第222話 ジオグラッド公国建国前夜


 商業と流通の街、ジュートノル。

 その主役が商人であることは疑いの余地がないが、だからといって貴族が訪れないわけではない。

 むしろ、商人が活動するために不可欠な利権を握っているのが各地の領地貴族であり、彼らへの接待は立派な経済活動の一環といえる。

 その一方で、しょせんは身分違いの商人が貴族の懐に潜り込むのは限界がある。それを補うのが、代々のジュートノル代官の役目であり、そのために中央区画のあちこちに接待用の屋敷をいくつも所有していた。

 しかし、ジュートノルの改革を断行しているジオグラルドにとってこれらの資産は無用の長物であるため、次々と取り壊したり商人に貸与したりして、予算の削減と確保を同時に行っていた。


 とはいえ、ジオグラルドも接待と無縁の存在ではないし、無縁ではいられない。

 そのため、一部の屋敷や邸宅をそのまま保持し、そのうちの一つにジオグラッド公国公王としての格式に見合った改築を急ピッチで施させ、建国式直前の会議に使用できるようにした。


「皆、よく集まってくれた。もっとも、アドナイ貴族との伝手がほとんどない僕ではなく、ここにいる諸君らの派閥の長である、マクシミリアン公爵の呼びかけに応じたものであることは周知の通りだけれどね」


 そうおどけて見せるジオグラルドの話の切り出しに、この屋敷で最も広いホールの中央に置かれた大理石の長テーブルを囲む貴族達から笑いが起きる。

 ジオグラルドの言った通り、計十数名のほとんどがマクシミリアン公爵を旗頭と仰ぐ中小の貴族であり、例外は公王の側近であるキアベル子爵とサツスキー男爵の二人だけだ。


「すでに知っていると思うけれど、僕とマクシミリアン公爵は盟約を結び、この災厄に見舞われたアドナイ王国における諸問題を解決するために、協力して事に当たることになった」


「本来ならば派閥の長として、貴殿らによくよく諮った上で公王陛下との盟約の交渉にあたるべきであった。だが、国王陛下と王都という不可分の要を一気に失った王国の状況に際して、これまでの貴族のやり方では遅きに失すると判断して、このような形での発表となった。まずはこのことに関して、深く謝罪させてもらいたい」


 と爵位こそ格上ながら、年長者の方が圧倒的に多い貴族たちに対して頭を下げるマクシミリアン公爵。

 それに応じたのは、派閥の最年長であるノアスターク伯爵だった。


「頭を上げてくだされ、マクシミリアン公爵。ここにいるのは全て、公爵の意に従い旗下に加わることを選んだ貴族ばかり。その派閥の長の決断に異を唱える愚か者などおりませぬよ。これ、このようにせよ、とお命じいただければそれでよいのです」


「いや、太平の世ならばそれでよくとも、家紋の存続がかかったこの乱世でそのような甘い理屈は通用せぬ。公王陛下からお誘いをいただいた時点で、私自ら貴殿らのもとに足を運び相談するべきであったのだ」


「お言葉を返すようですが、今のアドナイ貴族にとって時こそが何よりも優先されると、公爵自らが仰られたばかりではございませんか。私は、先々代、先代とマクシミリアン公爵家を見てまいりましたが、ご判断に誤りがあったことは一度としてございませんでした。歴代当主の血を受け継いだアルベルト様に付き従うことこそが、我らが生き残る唯一の道と信じておりますよ」


 ノアスターク伯爵の弁舌に、他の貴族も大きく頷く。

 それを受けたマクシミリアン公爵が深く一礼した後、ジオグラルドに向き直った。


「御覧の通りです。ここにいるのは公王陛下と志を同じくする貴族のみ。たとえどのような艱難辛苦が待ち受けていようとも、決して裏切ることのない盟友ばかりです」


「卿らの意思と決意、確かに見させてもらった。なら、僕からもそれなりの誠意を見せなければならないだろう。けれど、聞いてしまえば二度と後には戻れない。たとえ、行き着く先が地獄だったとしても、卿らには最後まで付き合ってもらうことになる。席を立つなら今が最後の機会だと思ってほしい」


「我ら、マクシミリアン公爵と共に、喜んでジオグラッド公国の礎となりましょう」


 そのジオグラルドの言葉で、貴族達の表情が一気に引き締まり、代表してノアスターク伯爵が述べた。

 それを見たジオグラルドは頷くこともせずに、厳かに告げた。


「では、ジオグラッド公国の国体を伝える。まず、ジオグラッド公国は四神教から離脱し、新たにノービス教を打ち立てこれを国教とする」


 アドナイ王国の国是を真っ向から否定するジオグラルドの発言にざわつく貴族達だったが、側近であるキアベル子爵とサツスキー男爵を除いて唯一、マクシミリアン公爵が泰然自若としている様子に気づくとすぐに静寂を取り戻した。


「知っての通り、四神教は全ての冒険者を統括管理するとともに人々から広く信仰を集める、国の枠を超えた巨大組織だ。けれど、一つ大きな欠点がある。四神教だけでは全ての人族を守り切ることができないことだ」


「公王陛下、お待ちください。現に今、四神教は冒険者を世に送り出すことで魔物を駆逐し、人族の営みを守護しているではございませんか。その四神教が守り切れないとは?」


この会議が情報共有の一面を持つ以上、初参加組を代表してノアスターク伯爵が無礼を承知の上で質問すると、ジオグラッドは我が意を得たりという笑みで答えた。


「ノアスターク伯爵、僕が言っているのは冒険者というシステムによりかかった、概念上の安全ではない。もっと直接的な軍事力の話だ」


「と、仰いますと?」


「では問おう。現状、災厄に見舞われたこのアドナイ王国で、国内の冒険者を総動員すれば全ての民を救うことは可能だろうか?」


質問に質問で返されて困惑するノアスターク伯爵。

そこに助け舟を出したのは、ジオグラルドの傍らに座る青年だった。


「公王陛下、それは不可能です。他国と比して冒険者の割合が多いとされているアドナイ王国ですが、それでも平民に五十人に対して一人前後。これは、後衛職の魔導士や治癒術士、さらには新人や引退済みなど資格を有しているだけの者を含めての数字です。冒険者パーティは四人一組が理想とされていますが、その戦力で合わせて二百人以上の平民を守り切れるかというと、絵空事というほかございません」


「解説ありがとう、サツスキー男爵。さらに言えば、冒険者は実力重視で倫理観が欠けた者も少なくなく、これを騎士団や衛兵隊といっしょくたに防衛戦力として頭数に入れると、あとで痛いしっぺ返しが来ることになるだろう。もしも、それが人族の存亡をかけた戦いだった時、僕達の辿る道は自ずと知れるというものだ」


「ならば、騎士団や衛兵隊を増強するという案では駄目なのでしょうか?四神教を敵に回すよりは、よほど現実的な手段だと思えるのですが」


 恐る恐るといった感じで提案する貴族の一人に対して、ジオグラルドはゆっくりと頭を振った。


「残念ながら、貴族に次ぐ身分である騎士団を無理に拡大させれば、既存の騎士たちの猛烈な反発を招くとともに、国王を頂点としたアドナイ王国の秩序が破壊するきっかけになりかねない。王都を失った貴族が弱体化する中、秩序の守り手である騎士団の統制が取れなくなる事態だけは是が非でも避けたい」


 そこでいったん言葉を切ったジオグラルドは、少しの間考え込む仕草を見せると、


「一方、衛兵隊の増強に関しては一考の余地があるように思う。だが、本来の役目である都市の治安維持から権限から逸脱する点と、他の平民を制圧しうる身体能力の持ち主の確保という、二つの難題を解決する必要がある」


「成人男性はどの職においても重要な働き手。これを衛兵隊に集中させすぎれば各産業は大きな打撃を受けることになり、結果的に人族は自滅の道へと突き進むことになってしまうだろう。無論、商業ギルドへの協力要請と衛兵隊の拡充に務めることにはなるけれど、それだけで災厄への対抗策とするのは大いに不安が残る」


 すでに側近達と検討を重ねた上でのマクシミリアン公爵とジオグラルドの言葉に、貴族達が一様に思い悩む様子を見せる。

 王都失陥と前後して、人族への襲撃件数が次第に増えている魔物への対策は、領地貴族にとっては喫緊の課題だ。

 しかし、抜本的な解決がどの領地でも見出せない中、マクシミリアン公爵からの誘いはまさに藁にも縋る思いだった。

 やがて、独力では打開策にたどり着かないと観念した貴族達が、ジオグラルドの次の言葉を待った。


「そこで僕は考えた。ノービスに限定して希望する全ての平民にジョブの恩恵を授け、これをもって公国民皆兵計画の先駆けとする政策を、ジオグラッド公国、マクシミリアン公爵領、そして僕たちに賛同する卿らの領地で実行し、やがては都市部から一村落に至るまで災厄に立ち向かう戦力とする。これが、僕の半生をかけて練り上げた人族生存戦略の根幹だ」


果たして、ジオグラルドの言葉を受けた貴族たちが何を思ったか。

少なくとも、その心の奥底を他者に見せるのが先の話になることだけは間違いないだろう。

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