第216話 馬車での尋問
「さてと、それじゃ早速、話を聞かせてもらうとするかね」
マクシミリアン公爵所有の大型馬車の中。
本来の乗客だったテイルとリーナから護送用に借り受けて、乗るのは男女三人。
レナートが座る向かいには、関所での暗闘で得た唯一の捕虜、ルミルという魔導士が縄で縛られた状態で座っている。
念のため、ルミルの隣には監視役の女性衛士が座っているが、一切口を出さないようにあらかじめレナートが言い含めているから、実質二人きりということになる。
だが、レナートの問いかけに、魔力を使い果たしたからかそれとも仲間に置き去りにされたショックからか、ルミルは一切反応を示さなかった。
「はあ……、別に、このままジュートノルまでダンマリを決め込んでもお前の自由だがな、お勧めはしないぜ。俺は相手を殺す前提の拷問しか知らんから加減なんかできんし、ジュートノルで待ってるのは丁寧に心と体を壊してくれる拷問官様だ。優しく聞いてるうちに話した方が身のためだぞ?」
とりあえず軽く脅してみたレナートだが、うなだれたまま言葉を発しようとしないルミル。
普通なら、ここで痛みの一つでも与えてこっちを無視すればどうなるか教え込むべきなんだろうが、レナートにその選択肢はない。
(本当に拷問にかけたら、確実にリーナ嬢の逆鱗に触れるんだよな。ああ嫌だ嫌だ、これだから貴族が絡むと面倒ごとにしかならん。まあ、女子への拷問なんざ俺の趣味でもないが)
「んじゃまあ、俺のことでもちょっと聞いてもらうか。俺が冒険者ギルドのグランドマスターをやっていたのは知ってるよな?」
返事を期待しての語り出しではなかったが、意外にもルミルが小さく首を縦に振ったので、こういう方向性が利くか、とレナートは話を続ける。
「俺もギルドに入った頃はどこにでもいるペーペーだったんだがな、ちょっとばかし違うところもあった。いわゆる究極の冒険者ってやつを目指していたんだ。んまあ、それからなんやかんやあって、結局は中途半端な成りそこない魔法剣士にしかなれんかったわけだが」
俯いているルミルはともかく、女性衛士の方は「何言ってんだこいつ?」という目でレナートを見ている。
グランドマスターレナート。
若干三十で全てのアドナイ王国冒険者のトップについて以降、特に目立った功績を上げずに昼行燈と呼ばれながらも失態も犯さない、無難にキャリアを積んでいたが、しょせんは冒険者ギルドの後ろ盾であるネムレス侯爵のお飾りグランドマスター、と多くの冒険者から評されていた。
それも、就任数年後に発生したとある王都の商会に冒険者崩れ二十人が押し入って商会長の娘を人質に身代金と逃走用の馬車を要求した事件を、たった一人で乗り込んで全員を始末、娘を救出することで一変した。
以来、真っ当な冒険者からは尊敬を集め、そうでない冒険者からは恐怖の代名詞として、グランドマスターレナートの名は広く轟いている。
「……あなたが成りそこないって言うんなら、私は友達に杖を向けた冒険者の――人族のクズよ」
「お、やっと喋る気になったか。まあ気持ちは分からんでもないがな。――魔法剣士としてそこそこになってからは、王都の総本部に目をつけられてヤバい依頼をこなすようになってな。何度死ぬかと思ったか分からんくらいだ。それでも命からがらなんとか生き延びていると、いつの間にかにネムレス侯爵のお気に入りにされてたらしくてな。気が付いた時には、グランドマスター就任の打診を断れない状況に追い込まれてた。いやあ、ハニートラップってのは恐ろしいもんだよな」
ハニートラップ。
いわゆる異性による色仕掛けをきっかけとした脅迫手段なわけだが、つまるところ、レナートは女性と一夜を共にしたことがきっかけで、グランドマスターに就任したとあっさりと打ち明けた。
当然のことだが、女性に、こと年頃の娘に話すような内容ではない。
ルミルと、同年代の女性衛士があっけにとられる中、レナートは確信犯ながら素知らぬ顔付きで続ける。
「ネムレス侯爵直々にグランドマスター就任を強制された時には腹いせにひと暴れしてやろうかとも思ったが、ハニートラップの相手が侯爵の隠し子だった上に、時機を見てそいつを正式に認知して俺と婚約させて、やがてはネムレス家に迎えると聞いて、まあこんな人生も悪くないかと思い直した。定年なんてものがあるか知らんが、グランドマスターを真面目に勤め上げて、子や孫に囲まれた余生もアリかと思ったもんだ――王都が壊滅するまではな」
「っ――!?」
声には出さなくても、ルミル(と女性衛士)が息を飲んだ音ははっきりと馬車の中に響いた。
「これでも、俺は王国中の冒険者ギルドのまとめ役として、毎日報告書と格闘してたからな、多少はアドナイ王国って化け物の正体を知っている。その中でも王都ってのは、心臓の役割を担っていたんだ」
「そ、そんなの、私だって知ってるわよ」
「いいや、わかってねえな。化け物ってのはな、人族とは違う。化け物は自分の周りを手当たり次第に破壊して縄張りにするだけで、心臓が狙われていても気づかないし、血の止め方も知らない。せいぜい、自慢の爪を使って心臓を掻きむしってさらに傷つけることしかできないのさ」
「で、でも、まだ王太子は無事だし、貴族だって何とかしようとしてるじゃない」
ガルドラ公爵が頭の中にあるんだろう、気丈に反論して見せるルミルだが、レナートは首を横に振った。
「王都に居ない王太子なんてのはただのザコだ。貴族にしたって、自分のことしか考えてない奴らばかりだし、何とかして次の王になれないかと悪だくみをしてるだけだ。ガルドラ公爵はその筆頭だな」
「そ、そんなこと!!」
「ないって言えるのか?」
「う……」
「話がそれたな。王都が壊滅した今、ネムレス侯爵が俺に与える役割は、敵対する貴族の妨害か、暗殺くらいなもんだ。究極の冒険者にはなり損ねた俺だが、冒険者の道を踏み外すことだけはしたくなかった。だから、さっさと逃げ出したんだ。せめて、この手の届く範囲で知ってる奴らを守れるようにな」
しばらくの沈黙が支配する。
ゆっくりと静かに馬車が進む中、やがてルミルが静寂を切り裂いた。
「婚約者はどうしたの?」
「そこを突かれると痛いな。お前も見ただろ、あいつの頑固っぷりを。ったく、長いことグランドマスターの秘書をやってきたくせに、俺の考えをまるでわかっちゃいない。王都脱出の最中になんとか時間を作ってこっぱずかしい手紙を書いて送ってやったってのに、梨のつぶてだ。しかも、やっと再会したかと思ったら、よりにもよってガルドラ公爵の手先なんかになりやがって」
「……あなたそれ、直接迎えに行かなかったから怒らせたんじゃないの?王都が壊滅するって大変な時だったんでしょう?それを、手紙一つで済ませたの?」
「え、マジで……?だってあいつ、めちゃくちゃ強いんだぞ?それこそ、アンデッドの千体や二千体、余裕でぼくさ――浄化できるくらいに。普通、一人でこっちに来ると思うもんだろ?」
「少なくとも、私だったら怒るわね。……今変なこと言いかけなかった?」
「いいや、なんにも。でもそんなことあり得るのか?あのテレザが?」
そう言いながら、頭を抱えだしたレナート。
あきれ顔のルミルとは完全に立場が逆転してしまっているが、本人はそのことに気づく気配はない。
やがて、このあべこべの状況を打破したのは、ルミルの方だった。
「いいわ。私の知ってることでよければ何でも話すわ」
「お、いいのか?」
「ちょっとあなたが可哀そうになってきちゃったから。でも、大したことは知らないわよ」
「いいんだよ。情報ってのは複数から得てすり合わせることで、初めて価値が生まれてくるもんだ。そういう意味じゃ、第三者に近い敵側の視点ってのは貴重なんだよ。ゆっくりでいいから聞かせてくれ」
興味深そうに身を乗り出しながら、レナートは馬車の床を三度靴底で叩いた。
それが、尋問の時間を取るために馬車と周囲の衛士隊の速度を落とす合図だったことは、ルミルだけが知らずにいた。
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