第215話 衛士隊の実力


「ルゥェエナアアトオオオオオッ!!」


「あー、お前ひょっとしてオーグか?まだ死んでなかったのか」


 宿場町外れの夜の関所にて。

 さっきまでは俺達を追い詰めて余裕の表情だったオーグが絶叫して、救援に駆けつけてくれたレナートさんが面倒くさそうに応じる中、


「へっ、衛兵ごときがしゃしゃり出て来てんじゃねえよ!死ね!」


 ガルドラ公爵家の息がかかった冒険者の一人が残忍な笑いを浮かべながら、槍と盾を標準装備した衛兵の一人に襲い掛かった。


 ジョブの恩恵を受けた冒険者の身体能力は、普通の平民のそれをはるかに上回る。

 単純に比較はできないけど、基本ジョブの中で一番腕力が弱いと言われる魔導士でも、屈強な衛兵と腕相撲をしたら余裕で勝てるらしい。

 ましてや、熟練戦士らしき冒険者の本気の突進を喰らえば大怪我だけじゃすまない。

 だけど、標的にされた衛兵はしっかりと地面を踏みしめて盾を構え、抵抗する姿勢をとった。


「ははっ!素直に逃げときゃ楽に殺してやったのによ、全身の骨を砕かれながら死ね!!」


 瞬間、熟練戦士が加速しながら手にしていた剣を振りかぶり、垂直に立てられていた盾に体ごと思いっきり衝突した。


 冒険者の誰もが想像した凄惨な光景。

 だけどそれは、金属音が鳴り止んだ後でも訪れなかった。


「こ、こんな……、こんなのありえねえ!!」


 実際に起こった現象は、盾に攻撃してからほとんど動いていない熟練戦士と、しっかりと盾を保持して立っている衛兵の姿だった。

 だけど、手練れの冒険者の攻撃が一度の突進だけで終わるはずがない。


「このおっ!!」


 プライドを傷つけられて激高した塾戦士が横薙ぎに剣を振るい、盾が弾かれて衛兵の姿があらわになる。

 残虐な笑みを浮かべた戦士がとどめの一撃を繰り出そうと剣を腰だめに構えたその時、左右から放たれた投石が戦士の体に次々と命中した。


「今だ、槍突け!!」


「ぎゃあっ!!」


 投石でひるんだところに、すかさず何本もの槍が繰り出されて戦士の体が串刺しに貫かれ、すぐに引き抜かれた。


「この平民共があっ!」


「おっと、やらせるかよ」


 崩れ落ちる仲間の姿に激怒したオーグが衛士隊を襲おうとするけど、加速する直前を見計らって飛んできたレナートさんの水の魔法剣が行く手を阻む。


「邪魔をするなあ!」


「まったく、お前は相変わらずだな。アドナイ王国の全ての冒険者の中で屈指の強さだってのに、周りの迷惑も考えずに猪突猛進ばかりで被害続出。そんなだから、三年後輩の俺にグランドマスターをかっさらわれたんだよ」


「ふざけるな!!今の俺はグランドマスターだぞ!!いるかいないのかも分からんような貴様とは違う!!俺は歴代最強の冒険者ギルドを創り上げるのだ!!」


「そんなだから、お前の周りには似た者同士のアホしか集まらないんだ、よ!!」


「ちいっ!!」


 オーグが持つ戦斧の唸るような振り回しを避けたレナートさんが、死角から仕掛けた水魔法の刃で追撃を防ぐ。

 そして、ちらりと俺達の方を見たレナートさんは、


「見てみろよオーグ。お前が手下共を助けないから、とっくの昔に誘拐どころじゃなくなってるぜ」


「そんな戯言に騙されると――なんだと!?」


 そう言いつつも、やっぱり誘惑には勝てなかったんだろう、一瞬だけよそ見をしたオーグが、衛兵隊に苦戦を強いられている冒険者達の様子を見て愕然とした。


 確かにオーグが連れてきた冒険者は強かった。

 新たにノービスの恩恵を受けたらしい衛士隊第二部隊といっても、しょせんは初心者用ジョブだ。熟練の冒険者と比べれば勝ち目はほとんどない。


 だけど、それはあくまで一対一で戦った時の話だ。

 集団戦闘に慣れていて、最低限とはいえノービスのスキルの使い方も覚えた衛士隊に、弱点らしい弱点は存在しない。

 遠ければ投石で応じ、近づけば槍で突き、負傷すればファーストエイドである程度は立て直せる。

 冒険者がどれだけ強いのか知らないけど、四方八方から石を投げられ、隙を見て槍で死角から突かれれば、そうそう太刀打ちできるものじゃない。

 多少の個人の実力の差があっても、数の暴力の前には無力だ。


「治癒術士は何をしている!!」


「も、申し訳ありません。ですが、この早さで負傷されると……」


 もちろん冒険者の方にも、魔導士と一緒に治癒術士が後方で控えているけど、直す傍から負傷していき、さらには自分達まで投石の餌食になっていれば治癒も何もあったものじゃない。

 そう一目でわかるほど、ロナードを含めた治癒術士達はボロボロの状態になっていた。


「行けよオーグ、今なら見逃してやる」


「……なんだと?」


 唐突に耳に届いた言葉に、治癒術士達の方から振り返るオーグだけど、レナートさんが首を振るジェスチャーではっきりと撤退を促していた。


「お前のようなアホは始末しておくに限るんだが、そうなるとお前の後ろにいるガルドラ公爵がこれ幸いと面倒を言ってくるだろうからな。ったく、人族同士で争ってる場合じゃないってのに、ネムレス侯爵もなにやってんだか……」


 そう独り言ちたレナートさんが、悩みを追い出すように頭をガシガシと掻く。

 それから、まだ動こうとしないオーグに思い出したように焦点を合わせると、


「おいおい、俺は見逃してやると言ったが、考える時を与えてやるとは一言も口にしていないぜ。それとも、お前が逃げる気になるまでとことんやるか?言っておくが、俺は敵に回ったアホのことなんかこれっぽっちも気にするつもりはないぜ。攻撃の邪魔になるようなら容赦なく切り刻む。それでもいいんだな?」


「っ!?……全員退け!!」


 鬼気迫るレナートさんの迫力に押されたのか、一瞬ひるんだ顔を見せたオーグは一言だけ叫ぶと、戦斧を肩に担いでガルドラ公爵領の方へと去っていった。

 ――自分一人で。


「グ、グランドマスター!?」 「ま、待ってくれ!!」


 そうなれば、他の冒険者達もここに留まる理由なんてあるはずもなく、我先にとバラバラに逃げていく。

 その中には、片足を引きずるように走るロナードの姿もあった。

 そして、後に残ったのは、


「ようテレザ、しばらくぶりだな」


「……どうして、私と一緒に来てくれなったの?」


「言わなくても分かるだろ?それに、それは俺のセリフでもある。テレザ、なんで俺と一緒に来なかった?」


「言わなくても、分かっているでしょう?」


「だな。……まあ、気が変わったら手紙の一つでも出してくれ」


「あなたこそ。でも、あんまり時は残されていないと思うわよ」


 淡々とレナートさんと言葉を重ねたテレザさんは、他の連中と違って走ることもなく、ゆっくりと闇の向こうへと消えていった。


「お前ら追うなよ。ああ見えてもテレザは、武闘派治癒術士として名を馳せた化け物だ。下手に手を出せば、重量級のメイスで撲殺されるか、聖魔法で体が消し飛ぶぞ」


 そうテレザさんを追おうとした衛士隊を制止したレナートさんが、つかつかと歩み寄った。

 ――魔力を使い果たして座り込んだ上に仲間に置き去りにされ、今の今まで相対していたリーナに心配されているルミルのところへ。


「さて、こいつはどうしたものかね」


「こ、殺せばいいじゃない……」


「本人もこう言ってることだし、俺としちゃあ介錯してやるのもやぶさかじゃないんだがな」


「やめて!!ルミルは騙されていただけなのよ!!」


「って、お友達のリーナ嬢は擁護してるが、どうしたもんかね、テイル」


 ――いや、ここで俺に振られても……。

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