第214話 闇夜の戦い
ひたすら馬車を走らせているから昼夜の感覚が鈍ってきているけど、少なくとも日が出ていないことだけは確かな頃合い。
頼りになるのは空に瞬く星と、関所に備え付けられたかがり火だけ。
とてもじゃないけど、街道を外れて逃げることができる状況じゃない。
関所を背にした冒険者ギルドの集団は、すでに武器を手にしていて臨戦態勢。
対するこっちは、御者台のリーゼルさん以外は馬車の中。
数の不利を抜きにしても、今すぐに戦いが始まれば勝ち目はない。
そこに、決して大きくはなくてもよく通る、麗々しいリーナの声が開け放たれた窓越しに響き渡った。
「不正クラスチェンジ罪!?私のクラスチェンジはマクシミリアン公爵家が正式な手続きに則って冒険者ギルド総本部に要請したものよ!変な言いがかりをつけられる覚えはないわ!」
そのタイミングでリーナと一緒に外に飛び出すと、今にも襲い掛かろうとしてじりじりと距離を詰めていた冒険者達が、公爵令嬢の一喝にひるんだように構えが若干崩れていた。
さらに、
「冒険者リーナは、ジオグラッド公国のジオグラルド陛下より使者の任を賜った私と契約中の身です!もしもこの場でリーナを連行するというのなら、烈火騎士団ジュートノル駐留部隊と事を構えるということになります。押し通るのならその覚悟はお在りか!!」
これまで温厚な姿しか見せてこなかったリーゼルさんの苛烈な口上が、弱気を見せた冒険者たちに追い打ちをかける。
だけど、グランドマスターを名乗った男が一人だけ、自信満々の笑みを崩していなかった。
「言いがかりをつけているのはそちらの方だ!なにしろこちらは、これ以上ないほどの証人を同行しているのだからな!!」
その時、関所から一人の影が進み出てきたことで、気配を読み違えていたことに気づいた。
こういったら自惚れなんだけど、この俺がだ。
そして、新たな気配の正体に、もう一度驚くことになった。
「テレザさん!?」
「テレザ司祭!なんでここに!?」
王都であった数少ない人達の中の一人。
教会の司祭でありながら冒険者ギルドに出向して、グランドマスターであるレナートさんの秘書を務めていたアークプリースト。
できれば見間違いであってほしかったけど、俺と同時にリーナが叫んだことが、テレザさん本人である何よりの証拠になってしまった。
「テレザ司教は、娘の箔をつけたいマクシミリアン公爵家と、多額の賄賂を受け取った前グランドマスターレナートに強要され、無理やり不正なクラスチェンジの儀式をやらされたと証言しているのだ!これ以上確かな証拠はあるまい!」
「嘘よ!!お父様とお兄様がそんなことをするはずがないわ!!」
「黙れ!!テレザ司教はこの度司祭から司教に上がられ、今やガルドラ公爵領全ての四神教徒を束ねている御方なのだ。その出自も、ネムレス侯爵の第三夫人の子というこれ以上ないもの。たかが一騎士の出る幕ではないわ!」
「それなら私も――」
「ほう、それなら、なんだね?まさかこの場にもう一人、貴族のご令嬢がいるとでも言いたいのかね?」
「くう……!!」
決して口にしてはいけない、口にしたら最後、取り返しのつかない事態が待っていると思い出したのか、リーナが唇をきつく結ぶ。
その結果どうなるのか、俺にはわからない。
だけど、居てはいけない場所に居るべきでない人がいるというのが、どういうことか。
良くないことが起きることだけは分かる。
だからリーナは沈黙を選んだんだ。
「これで、烈火騎士団が口を出すことではないと分かっただろう。ジュートノルまでの護衛が必要というのであれば、こちらの手の者を貸し出そう。幸い、土地勘のある者もいるのでな」
とニヤリと笑ったグランドマスターを名乗ったオーグという男の言葉と共に、ロナードとルミルが進み出た。
「リーナ、観念しろ。お前が素直に従えば、誰も血を流さずに済む」
「リ、リーナ……」
ただし、その表情は対照的で、ロナードは無表情に粛々と、ルミルは何かに怯えたように悲しげな眼で、リーナを見ていた。
そこへ、御者台から降りてきたリーゼルさんが、
「やれやれ、口舌では敗色濃厚ですね。では仕方がありません。テイル殿、ここは潔く、潔く、潔くいきましょうか」
――瞬間。
「同じ言葉を三度重ねたら合図」と、リーゼルさんと事前に打ち合わせていたので、用意していた魔石を投擲すること六連。
風の魔法を込めた六つの魔石は、対になっている関所のかがり火を打ち落とし、突如闇が支配して混乱した冒険者達の中で狙いやすそうだった四人の顎に狙い過たず命中、無力化した。
これで、残るは七人。もちろん、テレザさんも含めての人数だ。
だけど、
「リーナアアア!!」
「やめてルミル!!」
最初から狙っていたんだろう、ルミルが短い詠唱で放ったいくつもの魔法の火球がリーナに迫り、抜き放たれた氷の魔法が込められた剣に払われる。
そう、騎士としての非情を持ち合わせているだろうリーゼルさんはともかく、少なくとも俺とリーナにかつての仲間と戦う覚悟なんてできていない。
そして、火球が目印になったんだろう、オーグ達が体勢を立て直す様子が俺の夜目の利く視界に映る。
逃げるか。それとも戦うか。
リーゼルさんは俺に任せると言わんばかりに剣を抜いてけん制し、リーナはルミルの魔法を捌くので精一杯だ。
どっちを選んでも楽な方法じゃないと肌で感じながら、それでも決断の時はすぐそこまで迫っている。
しかも、俺の判断で。
「邪魔をするなあっ!!」
「テイル殿、お早く!」
得物の戦斧を振り下ろしたオーグと、重量差がありながら器用に剣で切り結んだリーゼルさんの声が響く。
悩んでいる間にも事態は悪化していくと悟り、口にしようとした言葉と真逆の思いがこみ上げそうになった、その時だった。
――星空を遮って放物線を描く、黒い何かが冒険者達の背後を襲ったのは。
「ぐあっ!!」 「ぎゃっ!!」
倒れたのはたった二人だけど、彼らを襲ったものの正体は、俺の足元まで転がってきたことでわかった。
そして、放物線を描いた原因が援軍だということも。
「はあ、思ったよりもギリギリのタイミングだったな。これで間に合わなかったら公王陛下からどんなお小言を喰らっていたか」
「監察官殿、それよりも名乗りを。我らの初陣でもありますので」
「はいはい、分かりましたよ――あー、こちらジオグラッド公国衛士隊第二部隊二十名と、ジュートノル政庁監察官のレナートだ。キアベル子爵嫡子のリーゼル様をお迎えに参ったのだが、これはどういうことか?説明を要求する」
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