第213話 絵空事の安全
「はてさて、あれで監視の目を誤魔化せたのなら上々吉なのですが」
「騎士団の出動をまじまじと見ていたらそれだけで不審者と言っているようなものだから、効果はあるはずだけれど」
兄妹の別れを見届けた後。
裏門で重厚な馬車の前で待っていたリーゼルさんと合流。すでに荷積みも済ませて後は出発するだけ、と意気揚々とミリアンレイク城を出ようとしたところで、同行していた細身の騎士から待ったがかかった。
「馬車一台で街に出るのは危険です。こちらが間者を捕らえていることは当然ガルドラ側にも伝わっていますから、標的であるアンジェリーナ様の御姿を確認すれば強硬策に出てくることは容易に考えられます」
「理屈は分かるわ。けれど、いつまでも城の中に籠っていても状況が良くなることはないわ。だったら、少しでも早くミリアンレイクを出た方が、無関係の民を巻き添えにしなくて済むかもしれないじゃない」
「仰る通りです。ですので、最速かつ安全な方法で、アンジェリーナ様にはミリアンレイクを脱出していただきます」
リーナの主張に大きく頷いた騎士。その上で、自信満々な態度でその脱出方法を告げてきた。
夕暮れのミリアンレイクを、六頭立ての大型馬車が進む。
車体の前の方に俺、リーナ、リーゼルさんが乗って、後ろ半分は荷台となっていて荷物が満載されている。
要所要所を装甲で補強しながら、乗り心地は全速力で走っているとは思えないくらいに静か。
リーゼルさんによると屋敷一軒建つくらいの途方もない値段だそうだけど、「無事にジュートノルに着けたらくれてやる」とのリーナのお兄さんの伝言があったそうだ。さすが公爵様、ハンパない。
そんな、ジュートノルどころか王都までだって余裕で走破できそうな頼もしい大型馬車だけど、ガルドラ公爵の手がすぐそこまで迫っているとなると、俺達三人だけだとさすがに心許ない。
そこで、リーナのお兄さんが命じたのがこれだ。
「それにしても、騎馬一個中隊の中に紛れ込ませるとはね。これならうかつに手を出してこられないわね」
「とりあえずはミリアンレイクの外までは問題ないでしょう」
一安心といった表情のリーナに、馬車を操るために御者台から窓越しに応じるリーゼルさん。
一応、細身の騎士から御者の提供の申し出があったけど、「戦いの心得がある私が担った方が危険を避けられますから」と、自ら買って出たのだ。
そんなわけで、馬車の中は二人きりの状況なわけだけど、さすがのリーナも今回ばかりはふざけることなく剣を膝に置いて身構えている。もちろん、俺も黒の装備の姿だ。
「ひょっとしたら、城を出た途端に魔法の一つでも飛んでくるかもと思っていたけれど、杞憂だったみたいね」
「さすがのガルドラ公爵でも、今の王国の状況で高ランクの魔導士を用意することはできなかったようですね」
「どういうこと?リーゼル殿は何か知っているの?」
リーナが尋ねると、訳知り顔で横目にこっちを見た御者台のリーゼルさんが肩をすくめた。
「王都の総本部を失い、頼みのグランドマスターも行方不明となった冒険者ギルドのことですよ。創設以来の後ろ盾となっているネムレス侯爵が現在必死の立て直しを図っているとのことですが、王都失陥の責任の一端を問われてギルドの信用が低下しているそうです。また、情報集積の役割も担っていた総本部が機能不全に陥ったことで、各支部との連携がうまくいっていないそうで、領主の言いなりになって独自の行動をとる支部ギルドマスターも出てきているとか」
「冒険者ギルドが貴族の手下に成り下がるなんて、って言いたいところだけれど、ジュートノルも似たようなものなのよね……」
「ジュートノルのギルドマスターは私利私欲に走っているわけではないので事情が異なりますが――、そんなわけで、高ランク冒険者は危険を避けるために依頼を受けていないと、王国中で噂になっているのですよ」
「冒険者ギルドが機能していないのなら、それだけ魔物の討伐が減っているわけだから、本来は憂うべき事態なのだけれど……」
「今回ばかりは感謝しないわけにはいきませんね」
――え、レナートさんって行方不明ってことになっているの?ジュートノルにいるのになんで?
という、俺の心の声はさておいて。
二人の話の半分も理解できた気はしないけど、どうやらこの帰りの道中は安全そうだと一安心した頃、馬車の外の景色は流れる街並みから、夜の帳が降り始めた果てしない空が見え始めていた。
つまり、無事にミリアンレイクを脱出できたのだ。
「アンジェリーナ様との別れは名残惜しいことこの上ないですが、マクシミリアンの騎士である以上、御供はこれまでです。アンジェリーナ様の先行きに幸あらんことを!!」
ミリアンレイクを離れて半日。
ここからは本当に一個中隊を率いて巡回任務に出るという細身の騎士と別れて、リーゼルさんが操り俺とリーナが乗る大型馬車はジュートノルへと先を急いだ。
とにかくガルドラ公爵の手から逃れるための帰路だ、行きのように悠長に毎夜毎夜宿に泊まるわけにもいかず、馬の休息を最優先にした強行軍だ。しかも、先に知らせが届いていたらしく、要所要所で旅人を調べていた関所も、馬車を見るなりすぐに通してくれた。待っている間は少しは休めると思っていたのが、良くも悪くも当てが外れてしまった。
まさに王都への旅路を思い出す。
それでも、
「つい成り行きで置いてきたけど、隊長さん達は大丈夫かな?」
「少なくとも、私達よりは安全よ。自惚れるわけじゃあないけれど、ガルドラの目的は私一人。しかも、マクシミリアン領に無断で侵入してお兄様と事を構えるという危険を冒しているんだから、他に目を向けている余裕なんてないわよ」
「それに、あの衛士隊はけっこう厄介な存在ですよ。ノービスのジョブを得て曲がりなりにも冒険者と渡り合えるうえに、魔法と治癒術を両方こなし、高いレベルの連携も可能です。彼らが本気で逃げれば、騎士団一個大隊でも駆り出さない限りは捕獲は難しいでしょうね」
とリーナとリーゼルさんと無駄話に興じるくらいの余裕はあった。
それもこれも、ミリアンレイクから出てからこっち、追手どころか監視の目一つすら俺の感覚に引っかからず、完全にガルドラ公爵を出し抜けたと確信していたからだ。
さすがにそんな油断を口にするほど馬鹿じゃなかったけど、リーナもリーゼルさんも同じような考えじゃないだろうか、と雰囲気でなんとなく思っていた。
ただ、思いや考えや目論見なんてものはしょせん何の根拠もない絵空事にすぎない。
圧倒的な現実の前には何の意味も為さない。
「待っていたぞ!!」
もうすぐマクシミリアン領を抜けるか、という最後の関所。
つまりは往路の最初の関所でもあるわけだけど、行きと打って変わって宿場町の中にまるで人気がない時点で気づくべきだった。
当然、あの時の騎士が俺達を出迎えてくれるとばかり思いこんでいたけど、そうはならなかった。
なぜなら、行きの時に記憶していた騎士鎧の偉丈夫は関所の柱に縛り付けられて腐乱死体になり果てていて、代わりに立っていたのは、バラバラの装備だけど全員が手練れの雰囲気の男女十人くらいの集団だった。
その中に数人、知った顔が混ざっていた。
「ルミル!?ロナード!?」
俺にとってはただの、というには苦い記憶が今も残っている元同期。
リーナにとっては命を預けあった元仲間で、こんな形で会いたくなかった友人達。
そして、
「私の名はオーグ!!ネムレス侯爵の推挙を受けて、新たに冒険者ギルドを率いることになったグランドマスターだ!!B級冒険者リーナ!!貴様には不正クラスチェンジ罪の嫌疑がかかっている!!グランドマスターの権限で武装解除の上拘束する!!大人しく出て来い!!」
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