第211話 ゴブリン殲滅


 わらわらわらわら。


 普段、こんな言葉が似合う場面なんてめったに出くわさないけど、視界に入っている緑の肌をした二足歩行の魔物が増えていく光景と、雑踏としか言いようがない足音が大きくなっていけば、嫌でもそう思いたくもなる。

 正直、ソルジャーアントのことを思い出すけど、ゴブリンには別種の怖さがある。


「ま、まずいぞ。あれほどの数が領内に入られたら、今の防衛体制では対処しきれん。こんなことは初めてだ……!」


「それもそうだが、もしも防衛線を突破されれば、この先には多くの民が避難している町があるのだぞ。急ぎ伝令を走らせて、女子供の避難とゴブリンの足止めを図らねば大惨事が起きるぞ!」


 青ざめた二人の騎士が言い合う中、五人の衛士も作業の手を止めて呆然としている。

 それもそのはず、迫りくるゴブリンの数は、ここから見た限りでも百じゃ利かない。

 最低でも三百、後続次第じゃ千を越えてもおかしくない。


「アンジェリーナ様、全員を連れてお逃げください!!そしてこの危機を最寄りの町に!!」


「たった二人と言えど、我ら栄えあるマクシミリアンの騎士!!御館様のため、民草のため、何としても避難の刻を稼ぐ所存!!」


「ああ、そういうのはいらないから。それよりも、テイルの前に出ると危ないわよ」


「「は……?」」


 衛士隊のペースに合わせて休み休みとはいっても、いちいち変身と解除を繰り返していたら手間だから、作業中はずっとマジックスタイルを維持している。

 初めのうちは、もしゴブリンが襲ってきたらまだ使っていない魔法を色々と試してみようとつらつらと考えていただけだったのに、最初のエンカウントが思ったよりも大規模なものになってしまって、正直ビビっている。

 なので、最初から手加減なしで行くことにした。


「四方の王の一角、北より奔りて極点で吹き荒べ、『ゼピュロス』!!」


 初めは、一番派手で威力が高いプロメテウスで焼き払おうと思ったけど、ゴブリンの焼けた臭いを想像してやめた。

 かといって、水場は近くにないし、土は地形が変わると壁の建設に支障が出そうなのでこれも却下。

 というわけで、消去法で風魔法に決めたわけだけど、


「こ、こここここ、こんなバカな!?」


「が、鎧袖一触、だと……!!」


 そこら中に散らばる大量のゴブリンの無残な姿に頭を抱える二人の騎士の反応を見るに、後始末の面倒さは大して違いがないかもしれない。


「ティア様から聞いてはいたけれど、本当に竜巻が通ったあとみたいね」


 リーナの言う通り、漆黒のワンドから生まれた時にはそよ風ほどだったつむじ風は、強化された視力でもようやく醜悪な顔が見えるくらいの距離まで迫っていたゴブリンのところに到達する頃には王宮の尖塔をはるかに超える大きさの竜巻となって、魔物の大集団に襲い掛かった。


 まず、竜巻の通り道にいたゴブリンは、強力な上昇気流に乗って四方八方はるか遠くに飛んで行った。ほぼ間違いなく死んでいるとは思うけど、後で確認しにいかないと。人里に落ちていないことを祈ろう。


 次に、大半のゴブリンは竜巻の影響で発生した風の刃に切り刻まれた。竜巻に近かった奴は縦横に二つになって明らかに即死、遠かった奴も腕や足を失くしている。そうでない奴も、全身から黒い血を流しているから、ほとんどが戦闘不能だろう。


 最後に、運よくゼピュロスの不可視の暴虐から逃れた、無傷のゴブリンだ。ざっと見たところ、全体の三割くらいは怪我した様子もなく、元気に動き回っている。ただし、その行動はばらばらだ。激怒した表情でこっちに走ってくる奴、混乱して右往左往している奴、利口にも一目散に逃げている奴。


 人族の軍隊に例えると、敗北を超えて殲滅状態に陥っていた。


「ちょっとテイル、余計な仕事が増えているじゃない」


 その声に後ろを振り返ると、顎が外れそうなくらいに口を開けて呆けている二人の騎士をよそに、腰の剣を抜き払いながら近づいてくるリーナがいた。

 ――ただし、俺を叱る言葉とは裏腹に、やっと体を動かせると言わんばかりに不敵な笑み浮かべながら。


「そんな笑いながら言われてもな。貴族は、本音と建て前を上手く使い分けるものだと思っていたんだけど」


「いいのよ。ここには体裁を取り繕うべき相手なんていないんだし」


「ああ、そういえばそういうタイプだよな、リーナは」


「それよりも、後始末に行くんでしょう?こっちに向かってきているゴブリンは……、百足らずってところかしら」


「じゃあ、リーナ一人でも大丈夫だな」


「何を言っているのよ。私とあなたで五十ずつ、でしょう?」


 と、滑るような動きで俺の体に密着してきたリーナが、腕を絡めて歩き出した。


「なっ、リーナ様から離れろ!!」 「この痴れ者が!!」


 当然、後ろの方から驚きとも怒りともつかない声が聞こえてきたけど、今日会ったばかりの相手に遠慮して振りほどくつもりはなかったから、リーナのゴブリン討伐に付き合う以外の選択肢なんてなかった。






 ゴブリンの残党を適当に追い払ったり、来た道を戻って死体が飛んできていないか村で確認したり。

 リーナと二人の騎士と四人でそれなりに忙しくしながら、それでも土レンガ作成の手は止めなかったり。

 そんな日々を過ごして、なんとかガルドラ公爵領に沿って壁の建設分の資材が用意できる段取りがつきそうだと密かに一安心した頃に、俺達のところに急使がやってきた。


「アンジェリーナ様。御館様から急使が参っております」


「書状によると、急ぎミリアンレイク城まで戻れとのことです」


「どういうこと?……って、聞くまでもないわね。ゴブリン討伐の詳細な報告なのでしょう?」


 この間のゴブリンの大集団の件は、翌朝一番にガタイのいい騎士の方が村まで走り、とりあえず簡単な報告を手紙に書いて、ミリアンレイクのお兄さんの所に送っておいたそうだ。

 その返事が、急使という形になったということだ。


「じゃあ、テイルの仕事が終わったら戻るって伝えておいて」


「で、ですが、アンジェリーナ様」


「問題ないわ。どうせ兄上が心配になっただけだろうし、テイルが本気になったら今日中に終わるはずだから」


「アンジェリーナ様がそう仰るのでしたら……」


「それに、一度体験しておきたかったのよね」


「は?」


 なぜ、リーナが俺の進捗状況を一方的に決めてしまったのかはさておき。

 今までが衛士隊のペースに合わせていただけだから、実はやろうと思えばやれないことはなかったりする。なんでリーナに見抜かれたかはわからないけど。

 そういうわけで、ちょっと本腰を入れて一気に土を掘り返して俺の分の作業を先に済ませた翌日。

 まだ作業が残っている五人の衛士隊とガタイのいい方の騎士と別れて、細身の騎士と急使を含めた四人で村まで戻ることになった。


 なったんだけど、


「アンジェリーナさまあああああああああっ!?」


 はるか後方には、絶叫する細身の騎士と呆然とする急使。

 その二人を置き去りにして、スピードスタイルでマクシミリアン公爵領の荒野を颯爽と駆ける俺。

 その背中には、ご機嫌な様子で負ぶわれているリーナがいるわけで。


「風が気持ちいい。一度試してみたかったのよね」


「これ、後で問題になったりしないよな?」


「大丈夫よ。あの二人のことなら村でちゃんと待ってあげるから。それに、護衛任務中の騎士が護衛対象に置き去りにされたなんて不名誉、主にだって打ち明けたりしないわよ」


「本当にそんな上手くいくか……?」


「なにか言った?」


「いいや、なんにも」


 そんな会話ができるくらいの速度で、公爵令嬢の要望通りに風を切りながら走って村までたどり着いた後、馬車を含めた諸々の準備が整うまでゆっくりとしたティータイムをリーナと楽しむことになったのだった。

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