第210話 魔法でレンガ造り


 とりあえずの拠点の村はあくまで最寄りの集落というだけで、実際の領境はもう少し進んだ辺りになるらしい。

 じゃあなんでマクシミリアン公爵家騎士団はもっと先で布陣しないかというと、ガルドラ公爵家を刺激しないとか、補給路の確保とか、他の防衛部隊との連携とか、色々と面倒な理由があるそうだ。

 そんなわけで、ゴブリンの侵攻を阻止するための壁もまた、ガルドラ公爵領との境から少し離れた地点に設置することになり、そこまでは徒歩で行くことになった。

 もちろん、リーナと二人の騎士は手ぶら。荷物持ちは俺と衛士隊の担当だ。

 身分の違いが主な理由だけど、何でもできるノービスとしての能力を確認するためでもあったりする。

 ちなみに、騎馬じゃなかった理由は二つ。

 騎馬はどうしても土埃が舞って目立ってしまうので、今の段階では秘密にしておきたい壁の建設には不向きだったこと。

 もう一つが、単に俺だけが馬に乗れなかったからだ。


「いやまあ、確かに衛兵隊は身分的にも馬に乗れないが、俺達は外での任務もあるだろうからと、公王陛下の命令で騎乗の訓練も一通りこなしたんだ」


 仲間だと思っていた隊長さんのまさかの裏切りに遭ってちょっと落ち込んでいると、リーナが慰めの言葉をくれた。


「馬に乗れなくったっていいじゃない。貴族にとって、馬は乗るものじゃあなくって馬車を曳かせるものなのだから」


「……いや、俺、平民だし」


 そんな、何の参考にもならないお言葉を頂戴しながら、夜明け前から歩くこと半日。


「ここだ。この辺りより内部は、ゴブリンの侵攻が確認されていない」


 たどり着いたのは、建物どころか目印になりそうなものは一つもない、だだっ広い荒野。

 予想はしていたけど、普通なら来ようとも思わない場所だ。


「御館様から、この辺りならどのようにしても構わないとの許しを頂いている。ガルドラ公爵領からも離れているから、そちらの心配もいらぬそうだ」


「わかりました。じゃあ、始めましょうか」


 予めリーナのお兄さんから許可を取っていたんだろう、騎士の言葉で衛士隊の五人とアイコンタクトしてから、体内の魔力の流れを加速させる。


『使用者の魔力の高まりを観測しました。ギガンティックシリーズ、マジックスタイルに移行します』


『クレイワーク』


「な、なんだと!?」 「大地が、うねっていく……!?」


 すっかり慣れたマジックスタイルへの移行をスムーズに済ませて、間髪入れずにクレイワークを手近な地面に行使する。

 と言っても、オーガの群れに対抗するための砦をつくった時のような大げさな詠唱は口にしない。

 あれが、規模的にも強度的にも明らかにやりすぎだったことは学習済みだし、今回の俺の役割は地面を掘り起こして一定のサイズで次々と土を山積みにするところまで。主役は彼らの方だ。


「『クレイワーク』!!」


 衛士隊五人の一斉詠唱が荒野に響き渡る。

 俺が小分けにした土の小山に手を触れて魔力を流し、巨大なレンガの形に成形していく。


「くう……!!」


 もちろん簡単なことじゃない。

 ただ四角く形を整えればいいだけじゃなくて、ゴブリンが乗り越えられないだけの高さまで壁を積み上げられるだけの強度が必要だ。もし地面に近い部分が崩れれば、そこからゴブリンが入り込んでくるし、その時に上に人がいれば命にかかわる。

 かといって、硬すぎてもいけない。

 他と比べて突出して堅い部分があるとする。同じ土でできていることを考えれば、それだけ圧縮しすぎて重くなっているということになる。

 もし、そんなものを上の方に積んでしまえばどうなるか、素人でもわかることだ。


 それでも、やっていることはただ土を固めながら直方体に整えているだけ。

 隊長さん達もノービスの恩恵を得てから初級魔法の訓練はしていたみたいで、徐々にスピードが上がって魔力で固めた土レンガが並べられていく。


「な、なんと……」 「魔法を使えばここまで早いものなのか」


「あら、思ったよりも進んでいないわね」


 拠点となる天幕を張りに行っていた二人の騎士とリーナが、真逆の感想を言いながら戻ってきた。

 俺達が土レンガをつくり始めて間もなく、「じゃあ天幕を張りに行きましょうか」と言い始めたのを二人の騎士が「そのような雑事をアンジェリーナ様にさせられませぬ」と押し問答しながら離れていったのを魔法で地面を掘り起こしながら目撃していたからだ。

労働の代償か、三人ともに額に汗をにじませているところを見ると、屈強な騎士も公爵の妹の命令には逆らえなかったみたいだ。


「テイルは地面を掘っているだけなの?最後までやった方が効率がいいじゃない」


「それだとジオの手柄にならない、らしいぞ」


「手柄?テイルじゃ駄目っていうこと?」


「まあ、駄目っていうか……」


「リーナ殿、我らから頼んだのです」


 俺が答えに窮していると、リーナのことをこの旅の間はあくまで冒険者として扱うことにしたらしい隊長さんがやってきて説明し始めた。


「この旅の目的の一つは、我らの鍛錬にあります。様々な実践的訓練を行いながらノービスの力を使いこなせるようになることこそが、公王陛下が我らに望まれたことです」


「けれど、マクシミリアン公爵家軍の方にも色々と都合があるんじゃあないの?ただでさえゴブリン対処の手が回っていないのだから、一日でも早く壁ができることに越したことはないもの」


「お言葉ですがアンジェリーナ様、我らの方でも突然のことで、壁建設の準備が整っていないのです。少なくとも、道具を携えた工夫が仕事にかかるまで、早くとも三日はかかるかと」


「何より、御館様のお声がかりとはいえ、協力を要請しているのは我らの方なのです。工期に遅れさえ出なければ、訓練を兼ねた作業に口を出すことはありません」


「まあ、いざとなったら俺もレンガ造りに加わるさ。それでいいだろう?」


「まあ、全員が納得しているのならいいんじゃあない」


 そんなリーナの一言で土レンガ造りは再開されたわけだけど、彼女が騎士、衛士、平民の身分を超えた意志の統一を図るためにあえて憎まれ役を買って出たんだと気づくのは、少し後のことになる。






 そんなわけで、何もない荒野の地面を領境に添って俺が掘り起こして山積みにして、衛士隊がそれを固めて土のレンガをつくるという単調な作業が延々と続いた。

 その間のリーナと二人の騎士はというと、作業に集中している俺達の代わりに天幕を移動させてくれていたけど、それでも暇な時間が生まれるので出来上がった土レンガを等間隔に集めたりもしていた。

 もちろん、これには二人の騎士が自分達だけでやると聞かなかったんだけど、


「ただの冒険者を特別扱いするなんて、それでもマクシミリアンの栄えある騎士なのかしら?」


 なんて煙に巻いたリーナが鼻歌交じりにレンガを運んでいた。


 ここまで順調に進み過ぎると、ひょっとしたら何事もなく壁の資材造りは終わるんじゃないかとちょっと期待を持ってみたりもしたけど、やっぱり人生そう上手くはいかない。

 

 作業開始から三日目の午前中。

 そもそもの壁建設の目的というか、むしろここまで一度も現れなかったのが不思議なくらいだったという集団が、ガルドラ公爵領の方角から蜃気楼に紛れながら近づいてきた。


 ゴブリンの大部隊だ。

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