第208話 幕間 裏の会談


 ゴブリン対策の実証ということで、応接間を足早に出ていったテイルとリーナ。

 後に残ったのは、この部屋を含めたミリアンレイク城の主であるアルベルト=フラム=マクシミリアンと、ジオグラッド公国公王ジオグラルドの使者であるリーゼル=キアベルの二人だった。


「さて、邪魔者もいなくなったところで、交渉を始めるとしようか」


「おや、この場にいたのはいずれもアルベルト様に縁のある者ばかり。邪魔者などいなかったはずですが?」


「さっきまでは、我が愛しのアンジェリーナとの再会を味わっていたのと、あの盗人の品定めをしていただけだ。腹黒い裏の交渉など聞かせられるわけがなかろう」


「私一人となっても、まだテイル殿のことを盗人と呼ぶのですか。さりながら、それほど憎むような相手なら、遠ざけるか処断してしまえば済むことです。ということは、アルベルト様の宝であるリーナ様を奪っていくという意味で、盗人と表現していらっしゃるのでは?」


「……相変わらず、余計なことには聡いな」


「どうせ他に打ち明けられる相手などいらっしゃらないでしょう?ここはひとつ、思いの丈を吐き出されてはいかがですか?もちろん、ここでの話は墓の中まで持っていきますとも」


「……茶を淹れ直させるか」


 話に夢中ですっかり冷めてしまったお茶をメイドに下げさせて新しいものを持ってこさせたアルベルトは、少し喉を潤わせてから語り出した。


「王都が失陥して以降、ガルドラ公爵家がやけに強気でな」


「初代以来、軍拡を旨としてきたガルドラ公爵家が強気なのは、今さらでは?」


「それが、微妙に立場を異にする王家という枷をなくしたことと、ドラゴンバスターを養子に迎えたことで、ますます野心に歯止めがかからなくなったようでな。最近では、婚約の契りを交わしたアンジェリーナを寄こせばゴブリン討伐に快く応じると矢の催促だ」


「……それはまた、まるで自分が王になったかのような物言いですね」


「実際、王都奪還の旗頭のつもりではあるのだろう。ガルドラ公爵家がアドナイ貴族随一の軍容を誇ることは認めるが、私にも公爵として、父上からアンジェリーナを託された庇護者としての矜持がある」


「それならば、なぜリーナ様をお手元に置かないのですか?冒険者としてジュートノルに残すのは危険なのでは?」


「残すからこそ安全なのだ。アンジェリーナを狙っているのはガルドラだけではない。仮にアンジェリーナがこのままミリアンレイクに留まったとすると、ガルドラ公爵家次期当主のレオンと叛逆の王子ルイヴラルドの二人から狙われることになる。最悪の場合、ガルドラ公爵家軍と不死神軍がこのミリアンレイクで激突する大義名分を与えかねん」


「そこまでの危惧が?まさか」


「少なくとも、ガルドラ公爵からの文ではそれほどの意思を感じ取れた。その点、アンジェリーナを外に出しておけば、不死神軍はジュートノルに向かうであろうが、ガルドラ公爵家軍はこちらで引き受けることができる」


「……アルベルト様。その御言葉がどのような意味を持つのかお分かりですか?」


「それこそが、お前がの本来の役目だろう。いいから、さっさと公王陛下からの書状を寄こせ。この場で読む」


 先ほどとは真逆のことを言うアルベルトに面くらいながら、しかしリーゼルに書状を渡さない選択肢などない。

 ジオグラルドからの書状を差し出されたアルベルトはひったくるように手に取ると、本当にこの場で目を通した。

 そして、とても全文読み通したとは思えない早さで顔を上げると、


「ふん、やはり同盟の打診だったか」


「あ、何を!?」


 そのまま立ち上がってつかつかと手近なランプの元まで歩み寄ると、アルベルトはガラス戸を開けてろうそくに差し入れ、書状に火を点けてしまった。


「アルベルト様!!」


「密使の件はなかったことにしておけ。今はな」


「今は?」


「おそらくこの会談も、ガルドラの息のかかった者に察知されているだろう。ゆえに、貴様達は我が愛しのアンジェリーナの帰省の護衛として同行した、という建前で押し通す。リーゼルもそのように心得ろ」


「お返事がそれだけとおっしゃるのなら、到底承服いたしかねるのですが……」


「馬鹿を言うな。本題はここからだ。リーゼル、書状の中身は承知しているのか?」


「いえ。状況からして同盟に関する内容とだけしか」


「ならば、ジオグラッド公国の統治権を私に譲るという条件は知らぬのだな?」


「っ!?」


「……返事はしなくていい。貴様のその表情が何よりの証だ」


「公王陛下は、まことにそのような文言を?」


「貴様と二人して私を謀っているのでなければな。だが、公王陛下はその引き換えにある権利を要求してきた」


「その権利とは?」


 それに応じたアルベルトは、ジオグラルドが統治権を引き換えに手に入れようとしているある権利を告げ、聞いたリーゼルは目を見開いた。


「まさか、そのようなことを……」


「本当に知らされていなかったようだな」


「それほどの秘事です。私のごとき若輩者に託すのは頼りないと思われても致し方ありません」


「そうではなかろう」


「と、おっしゃいますと?」


「公王陛下は試していらっしゃるのだ。貴様も、私もな」


「家臣を信じぬ孤高の王だと?」


「それも違う。公王陛下は他の誰よりも、ご自身の全てをかけて、己が野望を叶える博打をしておられるのだ」


「まるで、我らが泥船に乗せられようとしているかのような物言いですが」


「泥船は泥船でも、ノービスの力で頑丈に補強された泥船だ。そして、旧態依然とした慣習に囚われたアドナイ貴族よりはよほど希望を見出せる。少なくとも、ゴブリンのコロニーごときに手こずっている私に道を妨げる資格はなかろう」


「では……!」


「そう結論を急ぐな。その判断をするのは、目下の成り行きを見定めてからでも遅くはないはずだ」


「目下の?」


「いるではないか、ジオグラルド公王陛下の成果である、ノービスの力を宿した衛士隊が」


「なるほど。彼らの働きを見て、同盟の是非を図るということですね」


「そういうことだ。見事ゴブリンの進行を阻止できるか、見せてもらおうではないか」


 そう締めくくったアルベルトは、リーゼルと自身の会談の労をねぎらうため、茶を下げさせる代わりに酒を出すようにメイドに命じた。

もちろん、これほどの重大事の是非がかかっているということを、当の本人達は知る由もない。

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