第206話 ミリアンレイク城の主


 ミリアンレイクという名前から想像はしていたけど、マクシミリアン公爵のお膝元は大きな湖に面した都市だった。

 青い水面が美しい楕円形の湖に、まるで欠けている円を補うように建物が林立し、その中心に公爵が住むミリアンレイク城がそびえ立っている。

 まあ、これは一通りの説明をしてくれたリーナの受け売りなんだけど、ジュートノルよりもレベルの高い石畳や街の清潔さを見れば、ミリアンレイクという街のことが分かろうというものだ。

 ただし、道幅のある通りに人が少なく、代わりに物々しい雰囲気の騎士や衛兵がせわしなく行き交う街並みじゃなかったら、もっと魅力的に見えていたんだろう。


「私、こういう権力の使い方が嫌だから、家を出たんだけれどね」


「まあまあリーナ様。どんなものでも使い方ひとつで悪にも善にも染まるものですよ。今回は急を要する役目のために、警備の厳重になった公爵への道を切り開くためにリーナ様の御力を使うのです。悪いことのはずがありません」


「今思い出したわ。幼いころの私は、貴方のジオ様にちょっと似ているところが苦手だったのよ」


「これは光栄の至り」


「誉めていないわよ?」


 そんな会話を繰り広げながる二人を追いながら、ミリアンレイクの街並みを衛士隊と歩く。

 よく言えば考えうる限りの最短で、悪く言えば観光どころか見物する暇もないままにミリアンレイク城の正門に辿り着いた。


「止まれ!!ここより先は許しのない者以外は……、ま、まさか、貴方様は、アンジェリーナ姫様!?」


「あら、私の顔を覚えているのね。だったら都合がいいわ。お兄様――マクシミリアン公爵に実の妹が会いに来たと伝えてくれる?」


「か、かか、畏まりましたー!!」


 と泡を食って城の中にすっ飛んでいく門番を見ながら、リーゼルさんが晴れ晴れとした笑顔を、憮然としているリーナに向けた。


「いやはや、さすがはアンジェリーナ様。門番にも慕われるご人徳に感服するばかりです」


「やめてちょうだい、リーゼル殿。あの門番が従ったのはマクシミリアン公爵家にであって、私にじゃあないわ」


 そんな会話を繰り広げながら、厳めしい正門をを堂々と通過していくリーナとリーゼルさん。

 その後ろを俺と五人の衛士隊は、これが貴族の権力のなせる業かと戦慄すると同時に、平民は門番に止められやしないかビクビクしながら城の中へと足を踏み入れたのだった。






 貴族、それも公爵の本拠地だから、さぞ金銀宝石の散りばめられた豪奢な調度品の数々がずらりと並んでいるんだろうな、と反射光で目がやられないようにそれなりの覚悟をしてミリアンレイク城の中に入ったけど、結論から言って肩透かしもいいところだった。


「なんというか……、衛兵隊の本部とそう変わりがないのだな」


「隊長もそう思いますか?自分も、あの正門をくぐっていなければ、貴族の城とはとても……」


 衛士隊のひそひそ声の通り、ミリアンレイク城の内部は良く言えば質実剛健といった風情で、とても普段は豪華な衣装に身を包んでいる貴族の住む場所とは思えない無機質な廊下が延々と続いていた。

 正直、かつての白のたてがみ亭の方が、よっぽど貴族らしい金をかけた内装になっていたと思ってしまった。


「御館様にアンジェリーナ様のご帰還を伝えたところ、用が片付き次第会われるとのことですので、こちらでお待ちください」


 玄関から案内してくれた騎士に通されたのは、応接間らしき一室。

 それなりの広さはあっても、やっぱり調度品は必要最低限といった風で、こんなものかとちょっと拍子抜けしながら見まわしていると、リーナが笑いながらこっちを見ていた。


「天下のマクシミリアン公爵の城が、思ったよりも貧乏くさくてびっくりした?」


「い、いや、そんなことは全然思っていないって。ゴードンの成金主義丸出しの白のたてがみ亭よりも、こっちのほうが俺は好きだと思っただけだ」


「そう?まあ、誉め言葉と受け取っておくわ」


「テイル殿。アンジェリーナ様を擁護するわけではありませんが、ミリアンレイク城の質素な造りは先々代によって改められた家訓によるものなのですよ」


「先々代?」


 っていうと三代前……、いや違う、俺が知っているマクシミリアン公爵は亡くなって、お兄さんが現当主のはずだから、リーナのお爺さんのことを言っているんだ。


「初代の頃、アドナイ王国草創期はどの貴族も似たり寄ったりだったらしいけれど、時代が下るにつれて見栄を張るようになって、あらゆるものに金をかけるようになったらしいわ。けれど、数十年前にお爺様が当主に就くなり、実用的なもの以外はほとんど売り払ってしまわれたのよ」


「当時の貴族の間ではマクシミリアン家は狂ったかと噂されたそうですが、先々代は売却した金を元手に領内の改革に力を注ぎ、騎士の尊敬を集めていったのだと、我が祖父が口にしていたのを覚えています」


「リーゼル殿の話は少し大げさだけれど、それ以来、マクシミリアン公爵家では過度な装飾は控えて、浮いた予算を軍備に回すようになったのよ」


「そうそう!誤解なきように付け加えますが、マクシミリアン公爵家が吝嗇という意味では決してありませんよ。実際に、多くの客人を迎える王都の屋敷は家格にふさわしい体裁が整っていますから」


 リーナに一睨みされて、リーゼルさんが慌ててお世辞を並べ立てたところで、


「アンジェリーナはどこかぁ!!」


 一度聞いただけの、だけど二度と忘れようのない大声が、扉越しの廊下から聞こえてきた。






「それで、今日は愛しのアンジェリーナを誘拐したその不届き者の首を差し出しに、私の元へと連れてまいったのかな、リーゼル?」


「はっはっは、それでアルベルト様が交渉に乗っていただけるのなら、それも一興ですね」


 当人である俺の頭を飛び交うように、貴族同士の不穏な応酬が続く応接間。


 廊下でこそ前回のような傍若無人さ全開だったお兄さんだけど、側近を引き連れて応接間に入ってリーゼルさんの姿を認めるなり、威厳のある態度に豹変した。

 ――ただし、俺への憎悪は相変わらずだったけど。


「アルベルト様。冗談はこのくらいにいたしましょう。私はもとより、アルベルト様の方でもあまり遊んでいる余裕などないと、ミリアンレイクまでの道中でお見受けしました」


「ふん、まあ、愚かにも私の懐に飛び込んできた平民など、いつなりともどうとでもできるか」


 と、この人本気で俺のことを殺そうとしている?と思わせたお兄さんは、側近の一人に目配せして人払いをさせた。

 残ったのは、お兄さん、リーゼルさん、リーナに、俺の四人だけだ。


 ……俺?


「では、ジオグラッド公国ジオグラルド公王陛下からの書状を――」


「その前に」


 早速とばかりに本題を切り出したリーゼルさんを、お兄さんが軽く上げた手で制した。


「誠に残念だが、今のマクシミリアン公爵家に重大な外交をなす余裕は微塵もない。話は、目下の難題が片付いてからにしてもらおう」



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