第205話 危険な旅路
それからの旅路は、少なくとも俺の目からは順調に進んだ。
本隊であるリーゼルさんはリーナや護衛と一緒に街道を進み、俺はというとローテーションで回している衛士隊の実戦訓練に付き合って平原や森を踏破し、宿泊予定の町や村で合流するという毎日だった。
強いて挙げるとすれば、
「あ、あの、リーナさん?ちょっと近すぎやしませんか?」
「あら、テイルは私と腕を組んだらやましい気持ちになるの?」
「いや、ここ魔物が出るし、人の目があるところでやられると、っていうか……」
「大丈夫よ、あの人達が魔物を追い払ってくれるし。それと、人に見られたくないっていうなら、リーゼル殿に部屋を交換してもらってテイルと相部屋になってもいいけれど?」
旅に出て妙に積極的になったリーナが、衛士達の目も気にしていない風にいちゃついて来たり、
「テイル殿は貴族の養子になる気はありませんか?」
「な、なんですか、藪から棒に」
「いえ、リーナ様と添い遂げるのなら体裁だけでも整えておけば、何かと小うるさい連中を黙らせることができると思いまして。もしよろしければ、キアベル子爵家で引き受けることもやぶさかではないのですが」
「そ、そんないきなり……!?」
「私には、父が外で産ませた子を除けば兄弟がおりませんので、この機会にテイル殿のような弟ができればよいなと思っただけですよ。すでに母上の了解を取っておりますので、その気になったら気軽に声をかけてください」
どう考えても気軽には程遠い重大な話を持ち掛けてきて、リーゼルさんが距離を縮めてこようとしたり。
まあ、個人的な問題は置いておいて。
最初に気づいたのは、隊長さんだったかリーナだったか。
少なくとも、一番広い知覚範囲を持つ俺じゃなかったことだけは確かだ。恥ずかしながら。
「追撃はどうします、隊長?」
「……いや、いい。こっちの疲労も限界だ。それよりも、リーナ殿、少しよろしいか?」
「……ええ」
ミリアンレイクへの旅程も半ばをかなり過ぎた、ある日のこと。
いつもの通りに街道を外れて、前衛の衛士隊三人に後詰の俺とリーナが付いていくという実戦訓練の最中。
現れたゴブリンの
――厳密には、聴覚を強化すれば二人の話を拾えないこともなかったけど、あえて聞かないくらいの最低限の配慮は俺にもある。
やがて、話を終えた二人がやや深刻そうな顔で俺のところまで来て、
「テイル、少し大事な話がある」
「なんですか――って言いたいところですけど、何を言いたいのかはなんとなく分かります」
「察しがいいな――と返したいところだが、この有様では言わずもがな、か」
そう嘆息した隊長さんの視線の先には、二十匹前後のゴブリンの死体が散乱していた。
その種類も様々で、大きな石斧と革の鎧のゴブリンウォーリアがあおむけに転がっているかと思えば、投石で喉を潰されて杖も叩き折られたゴブリンメイジが遠くに見える。
逃げ出した個体も含めれば、もはや魔物の集団というよりは組織的な戦闘が可能なレイドパーティといった様相だった。
「テイルとリーナ殿の助けがなければ、全滅していてもおかしくなかった規模のゴブリンだ。正直、この先の道中が心配になってきた」
衛兵という職業がらか、暗にミリアンレイクの無事を疑う言葉を口にした隊長さん。
その体は部下二人と同じように傷だらけで、ジョブの恩恵をもってしても楽な戦いじゃなかったことは一目瞭然だ。
俺とリーナに前衛を譲らずにゴブリンを撃退できたのはすごいとしか言いようがないけど、それだけに危機感を肌身で感じているようだった。
「それでリーナ殿にも相談したんだが、この規模の戦いとなるともはや訓練の域を大きく逸脱しているのは明らかだ。これではリーゼル様の護衛任務に支障が出てしまう」
「そもそも、この辺りはこんなに大量のゴブリンが出没するような危険地帯じゃなかったはずなのよ。とりえあず、次の町で情報を集めるまでは訓練を中止した方がいいわ」
すでに、隊長さんはリーナの正体に薄々感づいているはずだけど、あくまで一冒険者として遇していて、リーナもそれを受け入れている。
そんな二人が身分差を超えて真剣に検討して出した結論なら、俺に否やがあるはずがない。
「わかりました。すぐに街道に戻りましょう」
そんなわけで、さらに魔物が寄ってこないようにクレイワークを使って手早くゴブリンを埋葬した後、リーゼルさん達と合流するために平原を後にした。
そんな急な予定変更の是非が判明したのは、その日の夕方のことだった。
「次の宿場町は、ミリアンレイクの大商会の支店が数軒あるので、情報を集めるにはうってつけの場所ですよ」
とリーゼルさんのお墨付きがあったわけだけど、幸か不幸か町に入る前におおよその事態が判明してしまった。
「止まれ!!この先へ行く者は全て改める!!全員手形を出してもらおうか!!」
隊長さん達と同じような装備――マクシミリアン公爵家の衛兵が居丈高に叫んできた。
その後ろには騎士までいて、通常の警戒じゃないことが一目でわかる。
一行を代表して、隊長さんが手形を見せている間にリーゼルさんの方を見てみると首をすくめてきたので、烈火騎士団の騎士じゃないことは明らかだ。
だとすると――
「失礼ながら。その剣の柄の意匠、烈火騎士団の方ではありませんか?」
「ええ。お役目、ご苦労様です」
その時、衛兵と隊長さんのやり取りを見ていた騎士がこっちを見るなり近づいてきて、リーゼルさんに声をかけた。
ちなみに、公爵の妹の顔は知らない程度の身分なのか、リーナを気にした風はない。
「お見受けしたところ極秘の任務の途中のようですが、申し訳ない、どのような身分の方でも必ず改めるようにとの騎士団長直々の命でして……」
「いえいえ、こちらも非公式の立場ですから、無理を通す気はありませんよ。その代わりと言ってはなんですが」
「承知しております、検問の理由ですな。すでにお聞きかもしれませんが、最近領内にゴブリンが大量に流入しておりまして。検問をして何が変わるというわけでもないのですが、万が一を考慮して警戒を厳にしているのです」
「それは大変ですね。ですが、住人や旅人に安心を与えるためにも、騎士自らが警戒に当たっているとアピールするのはとても重要なことです。さすがはマクシミリアン騎士団。うわさに聞く通りの迅速ぶりですね」
「栄えある烈火騎士団の方にそう言っていただけると光栄ですな。おい!改めはもうよかろう!!通して差し上げろ!!」
早くなったのかどうかはともかく、リーゼルさんとの会話ですっかり機嫌が良くなった騎士が衛兵に声をかけたことで、すんなりと町に入ることができた。
「……さて、ミリアンレイクにて、鬼が出るか蛇が出るか」
検問から離れた直後、囁くように独り言ちたリーゼルさんの言葉が、しばらく耳から離れなかった。
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