第203話 ゴブリン討伐


 ゴブリンは人族の最大の脅威だ。

 そんな時代が、かつてあったらしい。


 やせ細った子供のような体に、ぎょろりとした黄色い目と緑の肌。

 人族と同じ二足歩行で、ぼろきれのような服を着て、主な武器はこん棒や木の槍といった木製。良くて石の武器。

 オーガと共通点も多く、まるで手下のように行動を共にすることもあるけど、捨て駒のように戦いの巻き添えに遭って死ぬことも多いらしい。

 この例からも分かる通り、体の大きさはそのまま自然界の序列に直結する。そしてもう一つの絶対的能力、四つ足と二足歩行を比べてどっちが逃げ足が速いのかは聞くまでもない。

 そんな、数ある魔物の中でも最弱の部類に入るだろうゴブリンがなぜ恐れられていたかというと、その繁殖力にある。


「隊長、上位種がいますね」


「ああ。ゴブリンアーチャーが二体に、ヒーラーが一体か。長期戦に持ち込みたくはないな」


「先にヒーラーを倒したいところですがけど、あっちも簡単にはやらせてくれないですよね」


 ミリアンレイクへ続く街道から少し外れた平原。

 小高い丘を占拠するように現れたのは、十体くらいのゴブリン。

 遮蔽物が一切ない場所で、俺達を見下ろしながらなにか喚いているから、敵意があるのは間違いない。


「幸いなことにゴブリンメイジの姿はない。飛び出し過ぎずにアーチャーにさえ気を付けていれば、リーチの差で負けることはない。慎重にかつ迅速に、一匹づつ仕留めていくぞ」


「「了解!!」」


 戦術を確認しあった後、隊長さんと二人の衛士はその場に背負っていた荷物を下ろして、手にしていた制式槍を構えた。

 じゃあ俺もと、邪魔にならないように投石で援護しようと一歩踏み出したところで、隊長さんが出した槍に前を塞がれてしまった。


「テイル、すまんが手出しはしないでくれるか?お前は見ていてくれるだけでいい」


「いやでも……」


「言っただろう、実戦訓練だと。衛士としての実力をつけるために外部の力を借りては本末転倒だ。こいつらを片付けた後で問題点を挙げてくれればそれでいい」


「……わかりました」


 俺の方を一顧だにせずにそう言い切った隊長さんは、そのまま二人の部下と穂先を揃えて、ゆっくりと前進を始めた。

 対する十体のゴブリンは、後衛のアーチャーとヒーラーがそのまま残り、残りの七体がてんでバラバラの速度で駆けながら、こっちに向かってきた。

 いざとなったら、隊長さんのことを無視してでも援護する。

 そう決めて、近くに落ちていた石を二、三個拾い、いつでも投げられるように身構えた。


 でも、まったくの杞憂だった。


「そっちに行ったぞ!」 「任せてください!」 「うりゃあ!」


 連携も何もないまま突出してきた一匹目のゴブリンを、苦も無く刺し貫いた隊長さん。

 左右の仲間に声をかける余裕を見せながら、目の前の敵へのけん制も忘れていない。

 部下の二人も、前に出過ぎず下がり過ぎず、隊長さんとの連携を守りながら、隙を見せたゴブリンを一匹一匹確実に仕留めていく。

 とそこへ、二本の矢が弓なりに飛んできて、うち一本が左の衛士の肩に突き立った。


「ぐっ!」


「動くな!『ファーストエイド』」


 それを目で追っていた隊長さんが大きく槍を振り回してゴブリン達を散らせると、部下の下に駆け寄って矢を引き抜き、すぐにファーストエイドをかけて傷を塞いだ。


「いけるか?」


「は、はい。陣形を維持するくらいなら」


「よし。確実にやれる時以外はそれでいい。絶対に無理はするな」


 そう部下に言い含めた隊長さんは元の位置に戻ると、さっきよりも素早い槍さばきで立て続けに二匹のゴブリンを仕留めた。

 その豹変ぶりに恐れをなしたのか、


 ギャギャギャ!!


 さっきまで後方で醜悪な笑みを浮かべていたゴブリンヒーラーが焦ったような声を上げると、残った三体の通常種が一斉に背を向けて逃げ出した。


 ゴブリン討伐は、冒険者に人気がない。

 出没する時はだいたいが集団で、しかも肉や骨が役に立たないので素材売却の旨味がないせいだ。

 だから、ゴブリンが撤退する時は追わずに放置する不届きな冒険者も少なくないそうだけど、人族の治安を守る衛兵にそんな理屈は存在しない。


「投石用意、始め!!」


 ノービスの遠距離攻撃である投石スキル。

 例え小石でも威力と命中率の補正のおかげで、貧弱な耐久力しかないゴブリンの急所に当たればそれだけで十分な殺傷力を得られる。

 実際、頭や胸に石が当たったゴブリンは、逃走の勢い余って派手に転んだまま起き上がる気配がない。

 一匹、二匹、三匹。

 さらに、はるか後方のゴブリンアーチャーの首の辺りに隊長さんが投げた大きめの石が命中した。

 だけど、


「くそっ、ここまでか」


 肩を負傷した一人を除いた衛士二人の投石が、残ったゴブリンアーチャーとゴブリンヒーラーのところまで届かなくなる。

 それを振り返って確認して、仲間と一緒に勝ち誇ったように顔を歪ませたゴブリンヒーラーの脳天に、俺の投げた石が命中した。


「テイル!?」


「もう勝ちは確定したんですから、追撃で俺が手を出しても問題はないですよ、ね!!」


 隊長さんに事後報告をしながらの、二投目。

 同じ投石でも、ジョブのクラスも経験値もまるで違う。

 最期の生き残りのゴブリンアーチャーを狙った俺の投石は、再び泡を食って逃げ出したその頭に寸分違わず衝突した。


「すみません。獲物を取るような真似をして」


「いや、深追いして街道から離れすぎるわけにもいかなかったから、正直助かった。ゴブリンは見つけ次第一匹残らず討伐しておかないと、後々厄介なことになるからな」


 と隊長さんがお礼を言ってきた。


 隊長さんの言う通り、俺があえて手を出したのは冒険者学校の教官伝いとはいえゴブリンの本当の恐ろしさを知っていたからだ。

 でも、人族と似た魔物を殺すのはざらついた気持ちが残ってしまう。この道を踏み外していそうな感覚は、オーガの群れと戦った時から何も変わっていなかった。


「とりあえず戻ろう。血止めはできているが、こいつの怪我を一刻でも早く本職の治癒術士に見せたいからな」


 と隊長さんの方針が決まったことで、予定を変更して一番近い町までの旅路を急ぐことになった。






「密使ということで、相部屋は我慢してくれ」


 それからは特にアクシデントもなく。

 ジュートノルから街道を進んで、今夜の宿泊予定の町に無事にたどり着いた。


「ここからは別行動だ。くれぐれも羽目を外さないようにな」


 と宿をとるなり注意を促した隊長さんが、怪我をした部下を医者に見せに行った。


「では、我々は備品の買い足しに」 「私達もちょっとお店を見て回りましょうよ」


 自然と同室同士で行動することになって、男の人二人、リーナと女性衛士の組にそれぞれ分かれて(衛士隊には紅一点がいる)、後に残されたのは、


「では、私達はどうしましょうか?」


「え?あ、まあ……、お任せします」


「では、まだ日も高いことですし、少し歩きましょうか」


 なぜか貴族の跡継ぎであるリーゼルさんと、成り行きに任せてしまった俺がいた。

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