第202話 旅の始まりと二つの目的
一口に門といっても、ジュートノルに限らず多くの都市では毎日たくさんの人が行き交いする正門の脇に、いわゆる通用門が存在する。
その用途は様々だけど、主に正門を経ずに目立つことなく迅速に通過したい時にしかるべき許可を得て使用する、と冒険者学校で習った。
ジオの使者であり、この一行の主でもあるリーゼルさんが俺達に話し始めたのは、そんな通用門を顔パス一つで通り抜けた直後のことだった。
「さて、天気も良く、やや暑さは感じますが吹き抜ける風がちょうどよく体を冷ましてくれる、そんな旅日和に出発できて何よりなところで、改めて旅の目的を確認しておきたいと思います」
護衛対象であり、貴族の子息の突然の発言に全員の足が止まる。もちろん俺もだ。
「まず、私のことを護衛対象として扱うのは控えてください。もちろん、貴族に対する待遇もなしです」
「あの、直答を許していただいてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。ああ、その類いの気遣いも今後は無しでお願いしますよ」
「は、はあ。……では、なぜそのようなことを?」
衛兵隊改め衛士隊を代表して聞いている隊長さんも、リーゼルさんへの戸惑いを隠せない様子だ。
でも、貴族の御曹司というよりは、自己紹介の通りに旅装の騎士のいで立ちがよく似合っているリーゼルさんからは、身分の差をあまり感じない。
「一つには、私の生い立ちです。少し前までのキアベル子爵家はお世辞にも順風満帆とは言い難いどころか、時代の波に取り残された貴族の面汚しと蔑まれる始末だったのです。そこで、先行きを案じた母上から何があってもよいようにと、幼少のころより騎士の教育を受けさせられていたのですよ。ですから、今さら貴族として扱われても困るというわけです」
「確かに、貴族との応対ができる騎士は希少な存在だものね」
リーナの相槌に頷いたリーゼルさんはさらに、
「そしてもう一つ。こちらの方が重要なのですが、この道中、いかにも使者を護衛しているという体を取ることで衆目を集めて目立ちたくはないのです」
「それは、リーゼルさ――リーゼル殿が貴族の出自と騎士の身分を併せ持つから、ということでしょうか?」
「それもあります。ただ、公王陛下が私を選んだ理由を考える時、マクシミリアン公爵への使者を遣わしたことを、他の勢力にできうる限り知られたくないのでは、と推測されるのです」
「どういうことでしょうか?」
「まだ、私の素性はあまり知られていないということですよ」
リーゼルさんの頭の回転が早すぎるのか、それとも俺の理解が追いついていないのか。
そこへ、未だに呑み込めていない俺達を気遣って、リーナが助け舟を出してくれた。
「樹立を宣言して間もないジオグラッド公国は、今やアドナイ貴族の注目の的。王都が失陥して寄る辺をなくした彼らは、王家の代わりに庇護してくれるかもしれないジオ様に目を向けているのよ。同時に、それを邪魔して自分の陣営に引き入れようとする大貴族もね」
「ですが、さすがに何の伝手もなく公王陛下への謁見が叶うはずもない。そこで、側近であるわが父、キアベル子爵とよしみを通じようと、各地から使者や書状が殺到しているのです。これでは、マクシミリアン公爵への使者の任など受けられるはずもありません」
「その点、リーゼル殿はうってつけなのよね。キアベル子爵の嫡子だからジオ様と会うのも難しくないし、社交にはほとんど出ずに騎士になったから、貴族社会では知る人ぞ知る存在なのよ」
「エドルザルド王太子が即位した暁には、キアベル子爵家は断絶だともっぱらの噂でしたから、いち早く烈火騎士団に避難しただけのことですよ。アンジェリーナ様に褒められるほどのことではありません」
――ん?今ちょっと違和感が……。
できれば本人に質したいところだけど、徐々に任務の重要性を認識して緊迫感が増している衛士達を見ていると、とても私情を挟めそうにない。
「そんなわけで、私への気遣いは最小限に願います。幸い、馬車や馬の助けがなくとも、皆さんについていけるだけの足と体力を持っているつもりですので」
そうリーゼルさんに宣言されて、実は密かに抱えていた疑問が一つ氷解する。
貴族の嫡男だというのに、馬車に乗らずに徒歩で移動しているのだ。
「馬車や馬ですとどうしても目立ちますし、護衛の手間も大変なものになります。それに、もう一つの目的に添うのが難しくなってしまいますから」
「もう一つの目的ですか?」
予想外の話の流れに思わず口を挟むと、リーゼルさんはにこやかな笑顔でこっちを見て、
「テイルさん、あなたに衛士隊の実地訓練をお願いするという目的ですよ」
と、寝耳に水の話をされてしまった。
「すまんなテイル。まさか話が通ってなかったとは思いもしなかった」
「いえ、気にしてませんから」
街道をずいぶんとはずれた平原を、俺、隊長さん、そして部下の二人が固まって歩く。
そんな中で謝罪の言葉を口にする隊長さんだけど、俺も別に非があるなんて考えてはいない。
むしろ、ジオに振り回された似た者同士のような気分になって、ついつい同情してしまう。
「では、初めから説明するぞ」
と切り出した隊長さんによると、経緯はこうだ。
ジオと俺と一緒に、森から無事に帰還した直後。
隊長さんを含めた五人の衛兵はジオを護衛しながら政庁の公王執務室に戻ると、その場でクラスチェンジの儀式を受けさせられたらしい。
といっても、ノービスになること自体は隊長さん達もちゃんと了承していたので滞りなく行われたそうだけど、問題はその後、急激に強化された肉体を普通に動かせるようになるまでが大変だったらしい。
何しろ、冒険者学校だと数十日から百日かけて徐々に体と感覚を慣らしていくところを、隊長さん達は一刻も早い復帰をと約十分の一の期間しか与えられなかったそうだ。
隊長さんが森からの帰還を境に白いうさぎ亭に来る頻度が少なくなったのと、絶えず生傷をつくるようになっていたのは、この習熟訓練の名誉の負傷であり、苦労の証だったというわけだ。
「そんなわけで、何とか槍が振るえるくらいにはノービスの加護にも慣れたんだがな、そこで時間切れになってしまった」
「そこで、この旅の間にノービスのスキルの扱いを一通り覚えたい、というわけですね」
「これまでの訓練は秘密が保てる室内でもできたんだがな、魔法を含めた戦闘訓練ともなるとジュートノルでやるには狭すぎる。それで、使者殿の護衛を兼ねた実践的な訓練を行おう、と上の方で決定したようだ」
まるで他人事のように話す隊長さんだけど、さすがに周囲への警戒は忘れていない。
――だけど、確かにノービスの五感を生かし切れていないな。まだまだ遠くまで知覚できていないのが視線で丸わかりだ。
さっそく課題を一つ見つけながら、隊長さんに実戦訓練を命じた相手、ジオの意図を考える。
隊長さん達の訓練に付き合えとほのめかしておきながら、俺に直接言ってこない回りくどさ。
直接手を出すかどうか、俺の判断に任せるってことなのか?
と考えている中で、俺の聴覚に引っかかるいくつかの存在があった。
とりあえずジオの考え通りにしてみるかとあえて気づかないふりをしていると、
「た、隊長、あれは……」
「落ち着け。普通にやれば勝てる相手だ」
なだらかな丘の向こうからそいつらが現れて、視覚に頼りっきりの隊長さんと二人の部下にも見えるようになった。
俺にとっては初見の、だけど噂だけは数えきれないほど聞いたことがある有名な魔物。
ゴブリンだ。
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