第200話 ノービスの加護
まさに見物人を歓喜と興奮の渦に巻き込んだ、衛兵隊による解体ショーが終わって、遅れて登場した本職の解体業者によって一階に降ろされた廃材が次々と運び出され始めた頃。
俺は白のたてがみ亭の跡地(というしかない状態になった)を、次々と往来に戻っていく人々の波に紛れながら、もう一つの目的地に向かっていた。
実は、白いうさぎ亭で隊長さんから二つ目の場所を指定されていた時点で、誰の差し金かは予想できていた。
一方で、一つわからなかったのは、なんで二つ目の場所の前にわざわざ白のたてがみ亭に寄り道させたのか、という点だったけど、あの解体ショーを見て納得した。
ジオは、ノービス神から与えられた加護を使ったんだ。
「やあテイル、久しぶりだね。彼らの仕事ぶりはどうだったかな?」
「お前な、こんな分かりにくいところに呼び出すなら、もう一回くらい案内人を寄こすのが筋だろう?」
「それについては申し訳ない。けれど、森から帰還して以降ずっと多忙を極めていたんだよ。それこそ、テイルに迎えを寄こす手間を惜しむくらいにね。僕と君の仲じゃあないか」
前代官から接収したという一度案内されただけの小洒落た別邸までの道順を、あっちへふらふらこっちへふらふらとしながらなんとか思い出して、見覚えのある屋根の家の呼び鈴を失礼を覚悟しながら鳴らして、ようやくたどり着いた公王陛下の御前。
もはや王と民という絶対的な身分差があるのにタメ口で悪態をつく俺ってどうかしているんじゃないか?と思うも、やめ時を間違えたかとちょっと後悔していると、
「おっと、今さら僕に敬語を使おうなんて許さないよ。今僕は、公的な場でもテイルに普段通りの言葉遣いをさせようと、粉骨砕身これ努めているところなのだからね!」
「いや、普通逆だろう。そんな努力はどぶに捨ててしまえ。――それよりも、早く用件を言ってくれよ。夕方までには戻るって、ダンさんと約束しているんだ」
「ジオ様、常々申していますが、長すぎる前置きは相手に嫌われる要因となります。公王となられましたからには、時と場合を考えて手短に」
「わかっているよ、セレス。相手がテイルだから、気の置けない話し方ができるんじゃあないか」
ジオに機先を制された上に、話し相手がセレスさんに移ったことで言うきっかけをなくしてしまった。
相変わらず、と言いたいところだけど、いつも以上にテンションが高いジオ。
その目元に疲れの証拠であるクマがくっきりと表れているせいなのかもと想像したら、いまさら口調一つに文句もつけづらいと思っていると、
「セレスからも注意されたことだし、本題に入ろうか。それで、率直に言ってどうだった?」
「どうもこうも……、衛兵って、ジョブの恩恵を受けて大丈夫なのか?」
人族の階級は、大きく分けて三つある。
一つ目が平民。
ジョブの恩恵を持たない、いわゆる一般人だ。
二つ目がジョブ持ち。
神が与える恩恵を授かり、平民とは隔絶した力を振るう者達だ。騎士や冒険者がこれに当たる。
三つ目が権力者。
平民にジョブの恩恵を与える権利を持ち、神の代行者として崇められる存在だ。
王様や貴族、教会とかのことだ。
この三つの階級の中で衛兵がどれに当たるかというと、実は平民だったりする。
いつもは上からの命令に従って治安を守る役目を負っているけど、権力者の目から見れば違いはない、らしい。
この知識を教えてくれた冒険者学校の教官が言うには、「平民に平民を監視させる、まさに毒を以て毒を制すだな」なんて酷い例えをしていたけど、当時の俺がそう外れていないなと思ってしまったのも事実だ。
「元来衛兵とは、自分たちの街を平民自ら守らせるために存在しているものなんだ。自衛する兵士だから衛兵なわけだ。それが、長い歴史を経て権力者との距離が近くなり、いつの間にかに貴族の走狗と見做されるようになってしまった。平民から賄賂をもらったり、略奪まがいの押収をやってのける愚か者がしばしば出てくるのは、このあたりの勘違いが原因の一つだね」
「だから、これまで衛兵にはジョブの恩恵が与えられなかった、ってことか?」
平民を取り締まらせたかったら、ノービスの恩恵を与えた方が、費用も人員も少なくて済むはずだ。
だけどジオは、俺の考えを否定するように、
「そう結論を急がないでほしいな。平民同士の諍いなんて貴族が気にするわけがないじゃあないか。理由は単純明快、自分達の立場を脅かされないようにするためさ」
「どういうことだ?」
「反乱ですよ。というより、平民に対して王侯貴族が唯一恐れるものです」
ジオの説明にピンと来ていない俺に、セレスさんが助け舟を出してくれた。
「ノービスの加護そのものは、至って低水準なものだ。その上の基本ジョブ――例えば戦士ならわけもなく制圧できる。けれど、王国中の衛兵に恩恵を与えようとすれば、その数は全ての冒険者に匹敵するものになるだろう。もしも、それだけの数のノービスが王国に反旗を翻し、さらにどこかの大貴族がそれに加担したら、それはもはや内乱だ」
「な、内乱?それは大げさすぎるだろう」
「テイルの言う通り、確かに大げさですが、為政者としてわずかな可能性も無視できない事柄でもあります」
「それに、四神教の教典にはっきりと書かれているんだよ。『汝、神の恩恵をみだりに与える事勿れ』ってね。少なくとも、今のアドナイ国教会がノービスの加護の付与に関して、非常に厳しい制限を設けているのは事実さ」
「なるほど……。いや、ちょっと待った、だとしたら――」
「まあ、その決まりを僕は破ったんだけれどね」
その弁舌に納得しかけた寸前、とんでもない事実に気づいた俺の機先を制して、ジオがセレスさんに目配せして側仕えに扉を開けさせた。
すると、さっきまで白のたてがみ亭の解体工事に従事していたはずの五人の衛兵が部屋の中に入ってきて、一列に並んで敬礼した。
「ジオグラルド公王陛下直属第一衛士隊五名、お召しにより参上仕りました!!」
五人の真ん中に立っている隊長さんの声が部屋の中に響き渡り、それを聞いたジオが満足そうに頷くと、
「というわけでテイル、彼らが教会に反旗を翻してまで僕に忠誠を誓ってくれた、ノービスの加護を持つ衛士の面々さ。長い付き合いになると思うからよろしく頼むよ」
「われら一同!公王陛下の御為、ジオグラッド公国に住まう人々の安寧を守るためにこの身を捧げることを改めて誓います!テイル殿、よろしくお願いいたします!!」
「ちょ、ま」
反論する間もなく、隊長さんの口上が終わって四人の部下と一緒に深く頭を下げてくる。
もちろん、こっちの困り顔なんて見てもいない。
「いやあ、試しに彼らにノービスの加護を与えてみたら、思いのほか上手くいってね。むしろ、クラスチェンジ後の体の動かし方を覚える習熟訓練に時を費やしたくらいさ。まさか、教会と密接に繋がっている冒険者ギルドん頼むわけにもいかないしね!」
「だから!どういうことかちゃんと説明を――」
「で、本題なんだけれど。テイルには彼らを率いて、使者の護衛をしてもらいたいんだ。行先は――」
マクシミリアン公爵領領都、ミリアンレイク。
反論、文句、愚痴。
一切を聞き入れるつもりがなかったと思えるジオの命令は、俺の口を封じるのに十分な威力を秘めていた。
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