第199話 白のたてがみ亭の最後


「この間依頼された例の件だがな、どうやら標的は街を出たようだぞ」


「え?ゴードンの消息が掴めたんですか?」


 小麦問屋から出た足でそのままジョルクさんのたまり場の店に直行、生憎本人は不在だったから店の人から紙と筆有料で借りて手紙を書き(そのくらいの小遣いはターシャさんからもらっているけど従業員に財布の紐を握られている店の主とは?と思わないでもない)、渡してくれるように頼んだ。

 まあ十日後くらいには何かしらの手掛かりが分かればいいかなとのんきに構えていたら、翌々日にはジョルクさんから呼び出しがかかった。

 果たして、要望以上の情報をいきなり聞けて思わず座ったばかりの椅子から立ち上がると、ジョルクさんから湿度多めの一睨みをされてしまった。


「……お前な、なんで俺がわざわざ名前を伏せているのか、少しは頭を使え。お前が標的についての情報を握っていると知られれば、借金取りが白いうさぎ亭に押し掛ける事態もあり得るんだぞ。この店はそれなりの防諜対策を施してはいるが、その手のプロにかかれば盗み聞きされる心配がないとは言えん」


 俺がいつもこの店に呼び出されていたのは盗み聞きを防止するためだったからなのか、と今さらながらに頭によぎりながら、それ以上に気になることをジョルクさんに聞く。


「いやだって、ゴード(ギロリ)……こほん、今の俺は標的とは何の関係もありませんよ。白いうさぎ亭だって、正当な報酬としてもらったわけですし」


「その理屈が通用するような相手が、失踪した標的をしつこく捜すと思うか?おそらく、今の段階で動いているのは、債権者達に雇われた借金取りだ。言い方を変えれば、人族同士の揉め事専門の冒険者や、裏社会の下っ端だな。標的が債権者に完済できるほどの資産を持っているはずがないから、奴らも必死だ。金を搾り取れると思ったら誰彼構わず見境なく噛み付いてくるぞ」


「そ、そんな、まさか」


「標的が関わっていたのは上流階級だけではなく、そういうやばい相手も多かったってことだ。いずれにしろ、お前が気にする必要のないことだ。分かったならこれ以上調べようとするな」


「じゃ、じゃあ、最後に一つだけ。標的はどうやって外に出たんですか?街の門には厳しい監視が付いていたって聞いたんですけど……」


 好奇心は猫を殺す、って誰かが言ったけど。

 これ以上ゴードンのことに関して踏み込まない方がいいというジョルクさんの忠告はまったくもってその通りだし、俺も忠実に守ろうとは思うけど、気になっていることを放置するのはどうしても気持ちが悪い。

 それに、ゴードンがジュートノルを出ていなかったと仮定した時に、あちこちを逃げ回った挙句に俺達の前に現れる可能性は決して小さくない。

 できるかぎりゴードンの現在地点はっきりさせておくのも、俺にとっては大事なことだ。


「……俺も詳しく知っているわけじゃないぞ」


 そんな俺の思いが通じたのか、ジョルクさんはため息交じりで話してくれた。


「政庁地下にある牢屋から出された標的は、自分の店に戻るなり残された金をかき集めそのまま逃亡。借金取りを恐れてねぐらを転々としていたらしく詳しい足取りは掴めなかったが、どうやら街のあちこちに分散させていた隠し資産を回収してまわっていたらしいな。その後、とある裏社会の大物の下に、客人待遇で数日間匿われていたことからも、その時点でがまとまった金を持っていたと裏付けられる」


「じゃあ、標的はその大物の仲介で街の外に?」


「概ねその通りだが、少し違うな。標的がその大物に街からの脱出を依頼したのはほぼ間違いないが、その対価として隠し財産の半分を要求されたそうだ」


「それって、真っ当な相場なんですか?」


「まさか、だな。自分の命の値段など、およそ金では推し量れんと相場が決まっている。拒否すればその場で殺され全て奪われるかもしれない時点で、標的に選択肢がなかったのは事実だ」


「それで街の外に……」


「大物としても、いつまでも借金取りに追われるような男を置いておくわけにもいかない。もし、そのまま匿ったり殺したりして過剰な金を所持していれば、借金取りとその背後にいる依頼者達を敵に回す羽目に陥ることになる。万が一、抗争に発展するようなことになれば、赤字どころでは済まんだろうからな。裏社会で幅を利かせる奴ほど、意外とその辺の一線は越えないものだ」


「……わかりました、ありがとうございました、ジョルクさん」


 事の顛末、というには中途半端な気がしないでもないけど、ゴードンによる白いうさぎ亭襲撃という、差し当たっての心配がなくなったのは大きい。

 とりあえずこのことは頭の隅に追いやることにして、ジョルクさんにお礼を言うと、


「礼などではパン一つも買えはせん。それよりも報酬を寄越せ」


「は?だって、この間の調査任務の貸しがあるじゃないですか」


「あれはあれ、これはこれだ。そもそも、Aランク冒険者にギルドを通さず依頼ができただけでもどれだけ法外なことか、ちゃんとわかっているのか?ありがたく思って報酬を払え」


「うぐううう……、い、いくらですか?」


 結局、交渉事でジョルクさんに勝てるはずもないと早々に白旗を上げた後で、金貨一枚から始まった報酬の引き下げに全力を注いでなんとか銀貨五枚で決着させ、当面の俺の小遣いが吹き飛ぶだけで済んだことにほっと胸をなでおろして、ゴードンの件はひとまず幕を閉じたのだった。






 ただまあ、個人の興味は断ち切れても人の噂を止める手段はないわけで。

 悪徳商人ゴードンの転落劇が巷の話題にならないはずがなく、特に取り締まる側として多少の内部情報が入ってくる衛兵達の雑談が毎日聞こえてくる店を営業している以上、いつまで経っても忘れられなかったりする。

 そんなことが数日続いたある日、


「テイル、この後少し付き合わないか?」


 相変わらずあちこちに傷をつくった隊長さんがひさしぶりに顔を見せたと思ったら、厨房にいた俺のところまでやってくると耳打ちしてきた。

 こっちの意志を確認する体は取っているけど、どう見ても有無を言わさない表情だったので、その場で頷いた。

 幸い、ダンさんが一部始終を見ていたので、「常連の要望だし、夜の営業までに戻ってくればいい」との許しをもらって、ランチの後に指定された場所へ。


 場所を聞いた時から予想はしていたけど、目的地はなぜか遠巻きに人が集まっている、主がいなくなってもぬけの殻になった白のたてがみ亭だった。

 とりあえず人込みをかき分けて前に進むと、そこには建物を囲むように衛兵達がロープで規制線を張って、誰も入り込めないように周囲を警戒していた。

 そして、玄関近くに立っている隊長さんが俺に気づいて軽く頷いたかと思うと、見物人に向かって声を張り上げた。


「それでは、これより旧白のたてがみ亭の解体作業を始める!!見物は許すが、決して規制線の中に入らぬように!!」


「解体作業だってよ」 「これであのゴードンも本当に終わったな」 「にしては、解体業者がいないぜ?」


 野次馬の声が乱雑に聞こえてくる中、確かに業者の人影が見当たらないことに気づく。

 その理由はすぐにわかった。


 隊長さんの合図で、建物の中に突入していったのは、四人の衛兵。

 その顔の全部に見覚えがあった。ジオを護衛して一緒に森に入った衛兵達だ。

 だけど、何が起きているのかまでは分からないまま、時が過ぎるのをただ待っていると、


「お、おい、上!!」


 誰かがそう叫んで見物人達と一緒に建物の最上階を見上げると、


「壁がないわよ!」 「いつのまに!?」 「次々と消えていくぞ!!」


 まるで手品でも見ているかのように、壁が、柱が、窓が消えていく――その様子を見て気づいた。


 手品じゃない、魔法だ。

 初級土魔法のクレイワークを使って、四人の衛兵達だけで解体しているんだ。

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