第195話 ノービスの英雄 下


 結論から言うと、僕は死んだが滅びなかった。

 だってそうだろう?後ろから兜ごと頭を斬り割られ即死状態の僕を、全幅の信頼を寄せていた四人の仲間達が無表情に見下ろしている姿を、俯瞰の景色としてこの目で見ていたのだから。


 動揺はしていたさ。動揺しないわけがない。

 しばらくの間は、僕の身に何が起きたのか理解することができなかった。


 どれほど経っただろうか、やがて魔物の仕業を疑うようになった。

 上層部は決して認めようとしないが、魔物の中には道具を駆使したり戦術を理解したりと、知能の高い種族もいた。中には意思疎通が可能な個体もいたというが、僕が遭遇したことはない。人族と遭遇してどうなったのかも知らない。

 でもそれは、僕の思い過ごしだった。そう思い込みたかっただけだった。


 ノックする音が控室に響いた後、数人の男達が入ってきた。僕たちに色々と命令していた、上層部の人間だ。

 最初は、大変な騒ぎになると思った。次にほんの少しだけ、仲間達の行く末を心配した。

 結果、どちらも杞憂だった。



「ご苦労だったな」


「いや、完全に油断していたから、大したことはなかった。俺一人でも十分だったくらいだ」


「最大の問題は、いかにしてあの黒の装備を外させるかという点だったんだが、意外と上手くいったな」


「当然だ。こいつを信用させるために、どれだけ過酷な精神負荷訓練をクリアしてきたか、お前達が一番よく知っているはずだ」


「これは愚問だったな。最高幹部の子弟である貴殿らだからこそ、これほどの重要な任務もこなせると最高議会で承認されたのだった」


「それよりも、分かっているだろうな?」


「心配しなくとも、パレード直後の準備は万全だ。演説にて災厄撃退の四英雄を聖人に指定し、国家間を跨ぐ一大宗教を立ち上げる」


「そして、俺達四人の聖人が荒廃した世界に新たな国を打ち立て、新時代の支配者となる」


「ここまでの功績を立てられれば、我らも貴殿らに協力せざるを得ない。もっとも、予想をはるかに超える被害で、そうせざるを得ない状況になったというだけなのだがな」


「……まるで、俺達が被害が拡大するように仕向けた、とでも言いたげだな」


「違うのかね?」


「そんな余裕が、あの頃の俺達にあったと思うか?」


「全力だったと?この道化を演じた英雄もどきに背中を預けきっていたのかね?」


「言っただろう、過酷な訓練を経た上で、俺達が今ここにいるのだと」


「……遺体の処分は任せたまえ。戦いの最中に行方不明になったと、完璧に偽装して見せよう」



 僕は、その一部始終をずっと見ていた。いや、見させられていたというべきか。

 目をそむけたくなるような事実に、何度この場を逃げ出そうと思ったことか。

 だが、それは叶わない。

 僕の魂を現世に近い空間に押しとどめ、最悪の裏切りの瞬間を余すところなく見せつけた超常の存在が在ったからだ。

 そんな心当たりは、この空虚な人生にたった一つしかなかった。


 僕にノービスの加護を与えた、至高の神だ。



 今の僕自身も含めて、神に性別があるのかどうかは知らないが、少なくともその一柱の容姿はどう見ても女性だったから、そのつもりで話す。


 彼女は自身のことを『生命神』と名乗った。

 現世を生きるすべての存在を見守る役目を負っているそうだが、実際にその加護が与えられることは滅多にない。

 あるとすれば、生命のバランスが崩れた時のみ、だそうだ。


 彼女曰く、最初に均衡を崩したのは、人族だったそうだ。

 森を拓き、川をせき止め、山を崩し、三界に住む生き物を区別なく殺した。

 時には、効率的な発展を求めて同族すら殺した。

 そうして野放図に増えていった人族は、とうとう生命神を含めた神々の怒りを買った。

 その結果はすでに知っているだろう、災厄だ。


 だが、神々もやり過ぎた。

 神々がそれぞれの理由で、それぞれの力を際限なく現世に及ぼしたものだから、収拾がつかなくなってしまった。

 すでに人族によって破壊されたバランスだが、だからといっていきなり人族を根絶やしにしては、今度は人族という重しが取れた、世界そのものに生命が脅かされる事態となってしまう。

 そこで、生命神は一人の人族に直接加護を与えることにした。

 災厄が人族の横暴へのカウンターなら、生命神の加護はアンチカウンターというべきか。

 それが僕だという。


 彼女の話を信じるか信じないか。それは問題じゃない。

 一つ訂正しておこう。

 最高神による意思疎通は、言語を用いない。簡単に言えば、言葉にせずとも伝わるということだ。

 その感覚を言語化するのは不可能に近い。

 あえて言うなら、頭の中に直接声が届くと言えば近いのか。いや、やはり遠いかもしれない。

 そして、彼女の言うことに嘘偽りはあり得ない。

 なぜか?言うまでもない、「神の言葉は絶対」だからだ。


 彼女はその意思を予め伝えたというんだが、僕の記憶にはなかった。

 何しろ、膨大な情報量と強力な加護を一度に、しかも瞬間的にこの体に受けたことで気絶してしまっていたからだ。意識がなければ記憶に残るはずもない。


 かくして、かつての僕は神の加護を得ておきながら、その意思を知ることもなく無軌道に動き始めた。

 だが、生命神は再び僕の前に降臨する必要を感じなかったそうだ。

 魔物を殺したい僕と、生命のバランスを取りたい彼女。人族と神の思惑は違っても、目的は一致していた。

 だから、彼女は僕を放置し続けたし、僕は神の手の上で踊らされているとも知らずに戦い続けた。

 そうして災厄が沈静化したところで再び降臨し、緩やかな軌道修正を加えるつもりだったようだ。


 ところが、僕は死んだ。

 しかも、ただ死んだわけではなく、僕を邪魔に思う人族によって殺されてしまった。


 この時点で、生命神は現世への興味をなくしてしまったらしい。

 らしい、というのは、彼女自身は何も語らなかったからだ。

 問いただす余裕がなく、できるはずもなく。魂だけとなった僕は神の意志を粛々と受け入れるしかなかった。

 つまり、生命神の眷属となり、人族を見守る役目を押し付けられるだけの神となったのだ。



 神が現世に影響を及ぼすためには、ご神体や偶像、ジョブやスキルなどが必要だが、僕にその手段がなかったことは周知の事実だ。

 遺体は肉片ひとつ残らず消し去られ、人族全体への加護であるノービスのジョブは四神教によって完全に管理され、新参の神が介入する余地がなくなってしまった。

 何かをしようにも身動きがつかず、永久の監獄に閉じ込められたかのような意識になりかけた、その時だった。


 裏切り者の一人であるはずの治癒術士が僕の骨を一欠けらだけ持ち出し、僕の故郷近くの森に密かに祭ったのは。



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