第194話 ノービスの英雄 中
……まったく、神の過去を散々掘り返した挙句、傲岸不遜にも憶測を交えるとは。神話を創作しているつもりなのか?
まあいい。まずは不足分を補う方が先だ。
まずは家族構成から話そうか。
八人兄妹の十人家族。上が兄と姉が二人づつで、下が弟一人と妹二人。僕が生まれた時には祖父母はすでに他界していた。
物心ついたころには、兄と姉と弟が一人づつ、この世の人ではなかった。
そう、僕が生まれたころにはすでに、災厄は始まっていた。
両親との思い出といえば、「家族の命を奪った魔物を一匹でも多く殺せるようになるのだ」と、言い聞かされた記憶しかない。
今振り返っても、兄姉とはいえ見ず知らずの相手のために命を投げ出せとは、なんて無茶を言う親なんだと思わざるを得ない。
災厄が始まった原因についても、「とびぬけて優秀な人族があ栄華を誇っているのに対して、他の種族が嫉妬し、神々に罰を下すように願ったのだ」と、言って憚らなかった。
そんな両親も、最期はあっけなかった。
襲撃自体はそれほどの規模じゃなかったんだが、攻め込まれた区画がちょうど家のある辺りでね。運が悪かったというやつだ。
僕の目の前で、父は十体ほどのゴブリンになぶり殺しにされ、母は気絶させられてそのままさらわれた。
僕を含めた兄弟がみんな無事だったのは、その直後に味方の反撃が始まって魔物を退けたからだ。
そして、両親をいっぺんに失った僕らは、都市が運営する兵士育成機関に引き取られ、そこで養育されることになった。
当時の人族は、国民皆兵を旨とする国がほとんどだった。
もちろんそれは建前で、人族が暮らしていくには農民や商人、職人の存在が欠かせない。それなりに職業選択の自由はあった。いくら文明が進んでいたとはいえそれは変わらない。
だが、普通の人族の営みから外れた孤児に、残された道は一つしかない。また、僕自身もそれを不満に思うことはなかった。
それはそうだ。いくら思想が偏っていたとは言えど、魔物が両親を殺した事実は変えようがない。災厄に対して、人並み以上に復讐の炎が燃え上がっていたのは間違いない。
だから、この頃の僕には、一日でも早く一人前の兵士になって、一匹でも多くの魔物を殺し、肉片になるまで戦い抜いて死ぬ、程度の考えしか頭になかった。
異変は、ジョブ取得の儀式の時に起きた。
事前に多少の違和感があるだけだと聞いて臨んだ儀式で、ジョブの恩恵の源となる光が神官によってこの体に注がれた瞬間、凄まじい激痛に襲われて気絶した。
目覚めた後、説明した内容に機関の幹部が驚いた顔と言ったらなかった。腰を抜かして化け物を見るような目で見られたことは、今でもよく覚えているよ。
どうやら僕は、通常ノービスの加護を与えている神よりも、はるかに位階の高い一柱に見初められてしまったらしい。
その効果はすぐに表れた。
身体能力、スタミナ、武技、投石、初級魔法、治癒魔法。
全てにおいて、僕のそれは同期を上回った。
それだけなら、僕が英雄と祭り上げられることはなかっただろうが、基礎能力など問題にならないほど、僕の成長速度は常軌を逸していた。
一年後には、同期の十倍の労働力を見せ、丸一日働いても疲れを覚えず、武技は大地を割り、投石で大岩を投げ、初級魔法は天変地異、治癒魔法は神の奇跡と呼ばれた。
当然、力が増大するにつれて、僕の戦場は次第に様変わりしていった。
後方支援の予備兵に始まり、周辺の偵察任務、遠距離からの投石部隊。
三月経つ頃には、同期からは完全に引き離され、最前線の戦闘要員として魔物と戦っていた。
やがて、近くの都市からの救援に向かうようになり、生まれた街にいることの方が少なくなっていった。
当時、それに関してはあまり不安には思っていなかった。
この手で魔物を殺せることに生きがいを感じていたし、僕が危険な戦いに行けば行くほど兄弟達はいい暮らしができた。
その一方で、こんな戦い方をいつまでも続けていれば、近い内に魔物に殺されるだろうなとも思っていた。
何しろ、災厄に対して抵抗を続ける人族の中で、僕の力は突出していた。突出しすぎていた。
この頃には、僕の戦いに他のノービスがついてくることはできなくなっていたし、僕が出現すればそれに呼応して強力な魔物が大挙して押し寄せるようになっていたから、下手に援護すれば足手まといどころか全滅する恐れがあった。
僕のことをエンシェントノービスと呼ぶ者が現れ始めたのも、この頃だ。
なんでも、神話の時代に似たような御業を振るった聖人がいたというが、呼び名なんてどうでもいいことだったから調べたことはない。
そんなこんなで、激戦続きの僕が死んだ後の兄妹達の処遇を心配し始めた頃、これまでは命令するだけの無能集団だと思っていた上層部が、初めてまともな援軍を寄こしてきた。
それが、新たなジョブを得た、戦士、スカウト、魔導士、治癒術士の、四人の仲間だ。
ああ、ちなみに性別は、男女男女の順だ。
彼らは僕の補佐役として付けられたわけだが、最初の頃はそれはもう頼りなかった。
もちろん、彼らは彼らで僕と合流する前にできる限りの訓練を積んで最前線までやってきたわけだが、圧倒的に勝機とか生命の危機とか、戦いの綾というものに鈍感だった。
その分、余計な仕事が増えて苦労したが、それでも僕自身の危険はだいぶん減った。
敵の注意が他に逸れるというだけで、十分すぎるほど彼らは役に立った。
それからは、まるで魔王を倒しに行く勇者一行のような、冒険譚の中に迷い込んだような時が過ぎていった。
ドワーフの戦士と真っ向から打ち合い、友誼を結んだ。
エルフの里の水不足を僕の魔法で救った。
オーガの族長と死闘を演じて退けた。
巨人族の生き残りの試練に打ち勝って秘蔵の武具を譲り受けた。
そのどれもが、五千年という時を経ても燦然と輝いて色褪せない、僕の大切な思い出だ。
そして、最後にして最大の災厄が人族を襲った。
多くの仲間が死に、街が落ち、文明は崩壊した。
その過程を、ここで話すつもりはない。
あれは先史文明の総力を結集して辛うじて凌げたものだったから、打ち明けたところでヒントどころか害悪にしかならないからだ。
あの時代ですらギリギリだったのだから、今世では無理だと生きる希望を失うことになりかねない。
ともかく、人族は命脈を保つことに成功した。
先史文明の基幹技術は喪失し、近い将来に原始に近い生活水準にまで落ち、厳しい時代がやってくると分かっていても、人々の目に暗さはなかった。
僕も、全てを失った。
故郷は魔物による大海嘯で地下シェルターごと崩壊し、そこにいたはずの兄妹達の死体は判別できないほど損壊して、結局行方不明として処理された。
涙が枯れるほどに泣いた。絶望とはこういうものかと実感した。
それでも再び立ち上がれたのは、虚無を彷徨う僕の手を取り、肩を貸してくれた、かけがえのない仲間達が側にいてくれたからだ。
少し気持ちが落ち着いた頃、ふと魔導士が戦勝パレードをしようと言い出した。
僕としてはまだそんな気にはなれなかったが、他の仲間達が一も二もなく笑顔で賛成する姿を見て、思い直した。
悲しみも喜びもみんなで分かち合えば、きっとその時には同じ景色が見られる。
スカウトのその言葉がすとんと胸に落ちた。
一つくらい、多くの人の前に出るための正装があってもいいだろう。
そう助言してきた戦士が、英雄にふさわしいと実家の秘蔵の武具をあっさりと貸してくれた。
そんな戦士を、治癒術士が優しい目で見守っていた。
二人は近々結婚する予定で、僕としても何かの形で祝福してやりたくて、パレードの見世物になることを了承した。
唯一不安があるとすれば、巨人族の装備を外すことで、これまで持っていた力の半分も発揮できなくなることだったが、そこは仲間達が万全の警備を敷いて災厄の残党の対処に当たってくれるということで、安心してパレードに臨んだ。
そして、当日。
全ての準備が整い、後は主役の僕達が登場すればパレードが始まる。
その時を今か今かと待ち望み、係りの者が呼びに来て控えの部屋を出ようと歩き出した時、兜越しの視界が暗転した。
こうして、僕は死んだ。自覚すらないままの即死だった。
悲しみも怒りも恨みも、その理由すら知ることなく。
それで、全ては終わるはずだった。
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