第193話 ノービスの英雄 上


 話始めとしては、やっぱり先史文明からなんだろうけれど、残念ながら、非常に残念なことながら!!僕が知っていることはほとんどない。

 もちろん、理由というか推測はある。いくら文献や遺跡を調べても、その痕跡を見つける機会が不自然に少ないんだけれど、まあここまでのやり取りを思い出してもらえれば、元凶は分かるよね。


 とにかく、謎だらけの先史文明だけれど、分かってることもある。

 政治、軍事、経済。あらゆる分野において、今の時代をはるかに凌ぐ力を有していたこと。

 そして、その原動力となったのが、すべての人々がジョブの恩恵を得ていたことだ。


 信じられないかい?

 その気持ちはわかるよ。もし今、ジョブの恩恵がこの世に溢れていれば、どんな混沌の世界が広がっていたか想像もつかない。いや、訂正しよう、まず間違いなく自滅の道を辿るね。

 逆に言えば、それだけ当時の人々の倫理観が高く、高度な社会を形成していたことになるわけだ。


 考えてごらん?

 強靭な肉体を誇り、武技を修め、知覚範囲が桁違いで、魔法を操り、自ら治癒も行える。

 そんな者達ばかりが普通の人族を。そして彼らが生み出す労働力を。

 想像に絶するとはこのことだね。先史文明の片鱗を感じるには十分とも言える。

 ところが、そんな先史文明の栄華に終止符を打つ時が来た。


 言うまでもない、災厄だ。


 残念なことに、災厄の一部始終を記した書物は、中央教会の図書館にも王家所蔵の書庫にも見つからなかった。

 四神教が廃棄したのか、それとも初めから存在しなかったのかは分からないけれどね。

 まあ、その程度で諦める僕じゃあなかったことは、周知の通りだ。

 文献、遺跡、伝承などを総合した結果、少なくともアドナイ王国領内全土に亘った、まさに人族の生き残りをかけた壮絶な戦いが繰り広げられたことだけは間違いない。


 先史文明の人族はよく戦ったようだよ。

 遺跡から子供用らしき武器の欠片が見つかったことがあるし、ドワーフやエルフと協力し合った形跡もあった。

 使える手は何でも使った。それでも一歩及ばず、先史文明は災厄の前に滅びの時を迎えようとした。

 その時だった、一人の英雄が現れたのは。


 最初は、英雄は英雄という自覚がなかった。

 考えてみれば当然の話さ。生まれながらにして加護を得ている赤子などいない。すべての人族は神の許しを得てジョブの恩恵を受けるのだからね。

 少なくとも、戦場で大人たちの補佐ができる年頃から、英雄の非凡さが顕在化し始めたんだろう。

 それがどれほどの力だったのか、僕の調べが十分に行き届かなかったことが無念でならない。

 けれど、崩壊寸前の先史文明を再び結集させ、災厄に立ち向かう力を生み出したことだけは間違いない。

 英雄自らが先頭に立つことによってね。


 そうして、再び災厄と戦う覚悟を決めた人族だけれど、世の中そう甘くはない。

 精々、これまで劣勢一色だった戦況が、英雄が精鋭を率いて戦うことによって反撃の手段を得たに過ぎない。

 相手が千の力を持ち、こちらが十の力しか残っていなかったら、今さら一や十の力を増やしたところで大勢は変わらないということだ。


 そこで、一部の人族は考えた。

 英雄そのものとはいかなくとも、その力を幾人かで分担し、疑似的に第二第三の英雄を作り出そうという計画を。


 いや、これに関しては、確たる証拠は何も残っていない。すべて僕の妄想だ。

 けれど、見ればおおよその想像はつくだろう?いいや、過去じゃあないよ。今さ。

 四神教が崇める、戦士、スカウト、魔導士、治癒術士の隆盛ぶりを見れば一目瞭然さ。

 そう、四神教の始まりとは神が与えたもうた奇跡なんかじゃあない。ノービスの英雄の模倣の試みこそが出発点だったんだ。


 その試みに、どのような紆余曲折があったのかはともかく、一部の人族の目論見は功を奏し、ノービスから派生した四つのジョブが生まれた。

 そこからは、本当の意味で人族の巻き返しが始まったと思われる。

 少しづつ災厄を押し返し、四つのジョブを日夜研究し、やがて効率のいい連携を模索し、ついには災厄そのものを退けることに成功した。


 いやはや、まったくもって頭が下がる思いだよ。

 災厄の規模と先史文明の破壊具合からいって今世よりも魔物が弱かったとは考えにくいし、ジョブの恩恵を加味しても断然過酷な時代だったと推測できる。

 そんな中で、人族の命運を一身に背負った、ノービスの英雄の苦難の道とはどんなものだったんだろうね。


 親は、兄弟は、子は、友は、愛する人は、それらをひっくるめて守りたい人達は。

 彼は守り切れたんだろうか?それとも悲劇の別れをその身に刻んだんだろうか?

 尊敬の念に堪えないよ。僕には無理だ。


 けれど、そんな彼にも、災厄を凌いだ先にも残ったものがあった。

 親を、兄弟を、子を、友を、愛する人を失ったかもしれない英雄には、しかし仲間が共に在った。

 戦士、スカウト、魔導士、治癒術士。

 彼らが英雄の側にいたことだけは間違いない。


 英雄の手が届かなければ、代わりに行って戦い。

 英雄の力が足りなければ、その横に並んで戦い。


 災厄を乗り切った日の夜は、共に火を囲んで祝い。

 災厄に散った人を弔う時は、共に涙を分かち合い。


 どんな強敵が立ちはだかろうとも。

 どんな絶望が襲い掛かってきても。


 英雄が決して折れなかったのは、信じる仲間がいたからだ。

 全てを失ったとしてもそれでも前を向けたのは、仲間と共に作る未来が見えていたからだ。


 ところで、知っているかな?

 かつて神々と天上の覇権を争った、巨人族という種族がいた。

 彼らが鍛え上げた武具は極めて強力で、神々の力を以てしても破壊できなかったとか。

 天上から巨人族を駆逐した後、彼らの武具の破壊を諦めた神々は、封印という手段で世から消し去ったそうだけど、見つけ損ねた数点がわずかに地上に残っているとも言われる。


 なぜ突然こんな話をするかって?


 確かに、ノービスの英雄に関する痕跡は見事に抹消されている。

 けれど、傍証と思える情報は各地に点在していて、その中で最も多いのが、巨人のごとき力を振るう英雄の存在だ。もちろん僕は、これがノービスの英雄の変名だと考えている。

 巨人族の武具。君には思い当たるところがあるんじゃあないかな?


 話を戻そう。

 災厄を乗り切った直後、アドナイ王国の祖先が秘蔵していたと言われる武具一式が、とある人物に進呈されたと、王家最古の記録に残っていた。

 時期的に見て、進呈の名目は災厄での功績だろうし、送り主の素性もまず僕達の想像の通りだろうね。

 なんでも、先史文明の魔導の粋を集めた最高の逸品ということらしいけれど、その性能が巨人族の武具に勝るということはなかったはずだ。


 英雄に着用させる名分は何だったのだろうね?戦勝パレードの正装用とでもしたのかな?

 まあ、あの黒の装備は少々見栄えに欠けているからね。納得したのも分からないじゃあない。


 タイミング的には、大々的に人族の存続を祝う式典の直前だったんじゃあないかな。

 そうでないと、記録の抹消が極めて面倒な作業になってしまう。

 口封じの数も、桁が二つ三つ違ったはずだ。


 だから、直前。


 試着とでも言いくるめて装着させた感じかな?

 試着させて、四人で褒めたたえて、煽て上げて。

 そうして、先頭を行かせたノービスの英雄が背を向けたところで、


 兜の上から後頭部を斬り割った。

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