第190話 異例尽くしの密行
ジオとは結構な付き合いだ。決して長い付き合いというわけじゃないのが趣深いところだ。
ジュートノルで出会った頃は謎の御曹司で、王都に行ってから第三王子と判明して、またジュートノルに戻ってきたら今度は公王という地位に就いたらしい。
まるで十年くらい経ったんじゃないかというくらいの転身ぶりだけど、どれだけ足し引きしてみても、半年も過ぎていないという答えしか出ないのだ。
それでも、ジオと出会ってからの半年が濃密だったことだけは間違いなく、それだけに護衛騎士のセレスさんも含めた為人は、一通り知っているつもりでいる。
自由奔放な言動の中には常に気品があって、ふざけることは多々あってもその頭は常に先々のことを考えている、はずだった。
「神殿の、行き、方を、知らない……?」
そのジオが、まるでこれまでの全ての記憶をなくしたかのように、呆けた顔でここではないどこかを眺めながら時を止めていた。
もちろん、初めて見る表情だ。
「ジオ様、お気を確かに」
そこへ、今まで一切口を出してこなかったセレスさんがジオに声をかけながら近寄った。
俺としては、またいつものジオの悪ふざけだとツッコミの一つも入れてほしかったんだけど、セレスさんの顔がいつもよりも引き締まっているのに気づいて、事態は深刻なんだと分かった。
と、そこへ、
「テイル、ちょっと来い」
俺の首にいきなり腕を回したジョルクさんが、執務室の隅っこへと無理やり引っ張った。
「公王陛下に申し上げる前に俺に説明しろ。どういうことだ?」
「俺だってわからないんですよ。いきなり体が光に包まれたと思ったら、いつの間にかに森の中に居たってだけで……」
「本当にそれだけか?例えば、神殿から森に移動する前、最中、もしくは後に、違和感は一つもなかったのか?」
「ああ、そういえば――」
いつもよりもドスの利いた声でジョルクさんに問い詰められて、思わずあらいざらい答えてしまった。
エンシェントノービス関連はジオとの約束で本当は秘密なんだけど、一応は同じ部屋に当の本人がいるわけだから、何とか許してもらいたいと思う。
すると、一度だけ深いため息をついたジョルクさんは俺の首から腕を外すと、セレスさんのところに行って耳打ちをした。
「……それは本当のことですか?」
「本人の言を信じるなら、嘘ではないでしょう」
何の話を聞いたのか、軽く目を見張りながらジョルクさんに念を押したセレスさんが、今度は自分がアホ丸出しの顔のままのジオの耳に口元を寄せた。
「テイル!!それは本当かい!?」
――あれ?
今さっきまで、俺の目は確かにセレスさんのひそひそ声を聞いているジオの姿を捉えていたはずだ。
だけど次の瞬間には、スピードスタイルもかくやという速度で俺の襟をつかんできたジオの叫ぶような声が鼓膜を叩いていた。
「ジオ様、主語が抜けています。それではテイルに伝わりません」
「テイル!!戻ってきた直後に森の中で祠を見たというのは本当かい!?」
どうやら俺は、肝心なことをジオに伝え忘れていたらしい。
あの日、俺の全てがひっくり返った日。
何度も死ぬ目に遭いながらも(死にそうなじゃなくて)地下深くのダンジョンから地上へと帰還をなんとか果たした上に、ジュートノルに帰ってみればソルジャーアントの群れの襲撃。
正直、俺の記憶の中では、森の中でのことなんてほんの些細な出来事になってしまっていたのは否めない。
それでも、直後のツノウサギとウォーベアとの連続エンカウントを思い出すことはあっても、小さな祠の存在なんて、それこそ記憶を振り絞らないと出てくるものじゃない。
「はー、これが本物の森というものなんだねえ。確かに、王家が所有していた狩猟場のような、人の手が入った庭園のような紛い物とは、生命の力強さがまるで違うね」
まるでおのぼりさんのようなセリフを吐きながら、獣道を進むジオ。
その周りを最大限の緊張感と警戒心を漲らせた五人の衛兵が囲み、先頭を行く俺が記憶を頼りに森の中を進んでいる。
合計七人での森の探索行。
ジオ達がちゃんとついてきているか、ちらりと後ろを確認しながら、違和感だらけの即席パーティの結成の一幕を改めて振り返る。
俺の一言でテンションが最下限まで下がりまくって、これまた俺の一言でテンション爆上がり状態になったジオが、なんやかんやあってひとまず興奮状態から立ち直った後、頃合いを見計らったかのように執務室のドアをノックする音が響いた。
「し、失礼いたします!!ジュートノル衛兵隊選抜部隊五人、お呼びにてまかり越しました!!」
入ってくるなり裏返り気味な声でそう叫んだのは、ピカピカに磨き上げた軽鎧を着込んだ五人の衛兵。
その中の一人に見覚えがあった。
――あれ、白いうさぎ亭の常連の部隊長さんじゃ?
「この度は公王陛下の密行の護衛という栄誉ある任を授けてくださり、光栄の極みであります!!」
(ほぼじゃない)毎日昼頃にターシャさんを眺めながらランチを食べている顔が、五人の真ん中に立って額に冷や汗をかきながら声を張り上げていた。
「彼らは、各所の意見を参考にして、最も忠誠心が高くかつ実力も折り紙付きと、厳しい基準をクリアした精鋭達で――どうかしたかい、テイル?」
「いや、なんでもない。金輪際変なことなんて起きていない」
変なことは起きていなくても変な顔をしていることを自覚しながらジオに答えていると、ふと部隊長さんと目が合った。
――ここは変に知り合い面をしない方がいい。
そんな気持ちが通じ合ったように、同時に目をそらした。
「本当は、お忍びで街の外に出るということで、護衛はテイルも含めて三人までにしたかったんだけれど、五人一小隊が最大限の譲歩だと言ってきかなくてね」
そう、ジオを諫めた人物は、後ろを振り返る当人の視線を追ったらすぐにわかった。
「……今回のジオ様の決断に、まだ納得したわけではありません」
「そう言わないでほしいな、セレス。総勢七人という、森の魔物を刺激するリスクを負ってまで、君の考えを尊重したんだからさ」
「ですが……」
「この程度のリスクは、計画を始めた時からわかっていたことだ。頼むから、僕の無事を祈りながら見送ってほしい」
「……かしこまりました。無事のご帰還をお祈りしています。護衛部隊の者達、そしてテイル、ジオ様を頼みましたよ」
なぜ、ジオとは一心同体といえるセレスさんが、今回護衛から外されたのか。
この時は、その理由をまだ分かっていなかったけど、真摯に頭を下げる彼女を見た時点で、頷く以外の選択肢はなかった。
「誰が聞いているかわからない街の中では、ちょっと言いにくくてね」
と、その理由をジオが説明し始めたのは、みんなが寝静まった頃合いに政庁をひそかに抜け出し、危険な夜の森に入ってからだった。
「さきほど、四神教は長い年月をかけてノービスの英雄の痕跡を丁寧に消していったと話したけれど、そこには単に己が権力を確立したかったというだけではなく、ある種の恐怖心が介在していたのではと、僕は睨んでいる」
「恐怖心?」
俺が前を行っているにもかかわらず、すぐ横にいるかのように遠慮なしに話しかけてくるジオ。
じゃあ五人の衛兵はというと、俺たちの声には一切反応せずに、護衛としての任務に徹している。
セレスさんと同様に、護衛中に聞いた話はその場で忘れるということなんだろう。
「ノービスの英雄を認めているが故の反動とでもいうのかな、まるで完全に息の根を止めておかないとやられるのは自分たちの方だ、と言わんばかりの狂気を、フィールドワークの旅の最中に見て回った痕跡の数々から何度も感じたんだよ」
「例えば、他人の功績を横取りしてしまった罪悪感みたいなものか?」
「そう!まさにノービスの英雄への罪悪感こそが、今日の四神教の原動力かもしれないわけだよ!うん、この説は一考に値する。状況が落ち着いたら、王都から持ち込んだ資料をその視点でもう一度調べ直してみるのは実に意義深いものになりそうだ!」
「ジオ、話がずれているぞ」
今回はストッパー役のセレスさんがいないので、俺が代わりに指摘すると、
「おっと、失敬失敬。つまりだ、神殿に祭られているノービス神は、四神教を憎んでいる可能性があるんだ。それは取りも直さず、四神教の加護を得ている冒険者や騎士にも同じことが言えるかもしれない」
「要は、いつものようにセレスさんがついてきたら、神殿へ行くことができないってことか?」
「あるいはセレスだけが行くことができないか、だね。それならそれで、セレスには僕の不在中に動いてもらいたい案件もある。途中までついてこられても迷惑なだけなんだよ」
「……お前それ、セレスさんに直接言ったわけじゃないよな?」
「セレスに対してだけは、一切迂遠な物言いはしないと決めている」
「お前、鬼だな」
「ああ。僕は自分の野望のためなら、鬼にでも悪魔にでもなるのさ。でなければ、神を冒涜し別の神に乗り換えるなんて所業に出られるものか」
そう傲慢にも言い放ちながら、闇に閉ざされた森を一切恐れることなく、ジオは俺の後ろを進み続けた。
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