第189話 ジオグラルドの野望 下


 解せぬ。

 なぜ僕は、未だに政庁の執務室に縛り付けられているんだ?


 いや、気軽に街中を歩いてはいけない立場とか、多忙すぎて執務室から抜け出せないとか、そういう意味なら分かるよ?

 でもこれ、椅子に座らせて腕一本も動かせないように縄で固定して、物理的に縛ってるよね?

 おかしいな、僕は一番偉いはずなんだけれどな?

 それになにより、護衛騎士であるはずの君が率先して僕を拘束するとは、一体どういうことだい、セレス?


 ……わかったよ、言うとおりにするよ。

 僕の方にいささかの説明不足があったことを認めることもやぶさかでは――え、さっさと話せ?

 別に剣で脅さなくっても、ちゃんと話すさ。

 けれどセレス、君も随分と遠慮がなくなったよね。もちろんいい意味で。

 最初の謁見、護衛騎士に選ばれて僕の前に立った君の初々しさと言ったらもう――あの、セレス?脅しというものは寸止めするから効果があるのであって、実際に僕の二の腕に突き刺したらもうそれは完全に危害を加えているんだよ?

 大丈夫、ちゃんと衣装で隠れるところを狙ったから?いや、そうじゃあなくって――治癒魔法で治る?傷つけられた僕の心までは癒えないよ?



 はあ……、縄をほどいてくれたことに感謝しながら、気を取り直して。


 ここで一つ、問いを発してみよう――ノービスとは何だと思う?


 うん、予想通りに答えに窮したようだね。

 無理もない。ノービスとは何なのか、この問いを認識している者自体、世界広しといえど数えるほどしかいないだろうからね。正確には、知らないんじゃあなくって、知られないように誘導されているのさ。

 誰にって?決まっているじゃあないか、四神教だよ。


 詳しい過程は今は省くけれど、数千年もの時をかけてノービスの力を徹底的に秘匿した四神教の総本山を擁する神聖帝国は、ジョブの恩恵を持つ者とそうでない者との格差を生み出し、それを以て己が権力の基盤とした。

 その是非を問う必要を、アドナイ王国第三王子の僕は感じなかった。

 それはそれで一つの政治だし、それなりに人族の営みを安定させてきたことは、歴史が証明している。


 けれど、ジオグラッド公国公王となった今の僕は、これまでの四神教のやり方を許容することはできない。

 いや、この言い方は正確じゃあないな。

 もしも、四神教の教えを国是とするこれまでの人族の方針を踏襲すれば、僕達人族は確実に滅亡する。

 これは、五千年後の人族をはるかに凌駕する先史文明が災厄に立ち向かい生き残るも、その力をほとんど失うまでの衰退に追い込まれたことからも明らかだ。


 ならばどうするべきか。


 一部の大貴族達は、魔物の群れの襲撃への対策をすでに始めているようだね。

 内需を活性化させて軍備を増強したり、中小の貴族を糾合したり、はたまたアドナイ王国の外に援助を求めたり。

 なぜ今なのかって?確かに、魔物の群れによる人族への襲撃自体は、かなり以前から起こっていた。

 けれど、貴族という生き物は、良くも悪くも王家の意向には逆らえない。

 独自に動いて逆心を疑われるのを避けたかったのと、王家の言いなりになっていればそれなりの支援が約束されていたのが、大きな理由だね。

 その王家が、崩壊した。


 いや、異論は認めるよ。

 王都を侵され、国王夫妻は死亡、極めつけに反逆の首謀者はよりにもよって第二王子。

 そんな絶望的な状況の中、王都を脱出した王太子エドルザルドがアドナイ貴族に大号令をかけて、王都奪還を図っている。

 その噂は僕の耳にも入っている。

 けれど、あの事なかれ主義の父の跡を継ぐために太平の世の君主の道を歩んできた長兄が、果たして乱世の英雄たる器まで持ち合わせているのか?

 王家の一員として見てきた僕としては、疑いを持たざるを得ないんだよ。


 まあ、それはそれとして。

 王太子エドルザルドの名のもとに王都を奪還し、来る災厄に対抗できる新たなアドナイ王国が打ち立てられるとしてもだ。サブプランとしてジオグラッド公国が独自の道を探っても罰は当たらない。

 本人はともかく、長兄の側近達が横槍を入れてくる恐れはあるけれど、そんなものは好き勝手に動き回っている大貴族をどうにかする方が先だろう、とでも言ってやるさ。


 四神教に関しては、今のところは特に問題にならないかな。

 彼らにとってはまずいことに、そして僕にとっては都合のいいことに、王都壊滅の主原因はアドナイ王国中央教会の筆頭司教ワーテイルだ。

 その負い目の元を始末しない限りは、被害者である僕に対して強い抗議は難しくなる。

 そうして、のらりくらりと追及をかわしながら時間稼ぎをしている間に、僕はノービス神を主神とした新たな国家を作り上げる。

 そのために必要なのが、四神教を介することなくノービス神の加護を得た、テイル、君なのさ。



 さて、ノービス神に至るための導き手であるテイルだけれど、そのためには神殿の場所を知っていなければならない。

 うん、どこかって?

 もちろん、ジュートノルだよ。僕が知っているのはその近郊のどこか、というところまでだけれどね。


 ジュートノルに来るまでの僕とセレスが、密かに王都を抜け出て王国史のフィールドワークに勤しんでいたことは、この場にいる誰もが知っているよね。

 ここまで話せば理解してくれていると思うけれど、この当てのない旅路には二つの目的があった。

 災厄の再来の確認と、その対抗策であるノービスの加護についての調査だ。


 前者に関しては、仮説を肉付ける文献や記録が割と見つかった。

 けれど、後者の方は全くと言っていいほど情報が集まらず、いくつかの辺境の集落に口伝として微かな影を認めるに留まった。

 両者の違いの理由は言うまでもない、四神教によって意図的に抹消されたものだと、僕は睨んでいる。


 いやいやロナルド、四神教自体は、そんな悪の巣窟のような組織ではないよ。

 実際、ノービスの加護に関する痕跡の抹消も、その土地に教会を立てたり墓地に変えたりと、極めて穏当なものだったと、僕が調べた限りでは記録されている。

 多分、歴史の抹消なんて恐ろしい所業を、当事者達は思ってもいなかったんじゃあないかな。

 下手をすれば、命じた者達ですら。


 ところがだ、このジュートノルに着いて早々、これまで見たこともないような規模のノービス神の支配下にある遺跡が見つかった。

 それこそが、テイルがかつての仲間達と共に侵入して痛い目を見た、あのダンジョンだ。

 残念ながら、テイルが参加したレイドパーティが脱出してすぐに、生まれたばかりだったダンジョンの入り口は再び地中へと崩落し、今も侵入不可能な状態だ。

 掘り返す手も考えないじゃあなかったけれど、それは最後の手段にしておきたかった。

 実際、一度埋没したダンジョンを発掘して再び侵入可能にした例もあるけれど、それには多くの人手と予算、それなりの工期が必要となる。そして、それだけの作業となれば、ジュートノルの外に漏れないように情報を統制するのはまず無理だ。

 当時代官だった先代のサツスキー子爵を含めて、他の貴族の横槍は是が非でも避けたかったし、現段階でもあまり大事にしたくない思いは変わらない。


 それなら、どうやってダンジョンの最奥、ノービス神の神殿に至るか。僕は考えた末に、一つの出来事に思い当たった。

 崩落したダンジョンに一人取り残されるも無事生還した、テイルのことさ。

 ――いや、皆まで言わなくてもいいんだ。どんな災いが降りかかるかと思って、あえて沈黙を守っていたんだろう?けれど、ここにいるのはテイルの味方ばかりで、さらにテイルが辿った脱出経路の情報を、今まさに僕が欲している。もちろん、後顧の憂いがないように僕の力の限りで秘密を守る。



 さあ!今こそノービス神の神殿に至るための道を――え、気が付いたら森の中にいたから、全然わからない?

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