第188話 ジオグラルドの野望 上


 さあ、ついに僕の野望を明かす時が来た!!


 ……え?あいさつ?いやいやロナルド、ここにいるのは親しい者ばかりで……。


 え?駄目?絶対?わかったわかった、……ふう、せっかく堅苦しくない平民を秘書に選んだというのに、これじゃあ王都と変わらないな。いや、王都より厳しいかな?まあいいや。


 よく帰ってきたね、ジョルク、テイル。

 密使の役目、ご苦労だった。

 別に、しかるべき人物を正使として派遣しても良かったんだけれど、今はまだ動きを悟られるのは最小限にした方がいいとの、側近達の判断だ。その分、ジョルク達には負担を強いてしまったけれど、こうして僕直々に感謝を示したということで許してほしい。


 さてジョルク、グラシアナ氏族からの返書をもらおうか。――うん、ありがとう。

 すまないが、ざっと返書を読むまでの間、このまま少し待っていてほしい。なに、そう時はかけないさ。



 お待たせ。概要は把握した。返書の中身は、概ね僕の予想通りのものだった。

 あ、その前にお茶を失礼。ちょっと長い話になるからね。



 さてと、どこから話したものだろうか。やっぱり時系列順が適当だろうね。


 言わずもがなだけれど、これからする話は他言無用だ。なに、公国樹立の式典までで構わないから。

 破れば、そこに控えているセレスが君達を始末する。テイル、今さら聞かなかったふりは手遅れだよ。


 僕の趣味が人族の歴史の研究にあることは周知の事実だと思うけれど、その過程で五千年前の再来と言える災厄が、人族に迫っていると推測した。

 この確信に近い仮説を立てた時、僕はこれをセレス以外に明かすことをしないと決めた。

 なぜか、なんて言うまでもない。

 仮説は所詮仮説、証明されなければ狂人のたわ言と変わらず、いたずらに不安を煽っても誰も得をしないのさ。

 特に僕の場合は、第三王子が妄想に憑りつかれることを快く思わない誰かに口を封じられないとも限らない。もちろん、物理的にね。


 けれど、あろうことか僕の仮説が証明される事態が起きた。それも同時多発的に。

 ソルジャーアント。オーガ。王都を占拠する不死神軍。その他にアドナイ王国に限っても数知れず。

 王宮や中央教会を驚かせた各地の魔物の群れの襲撃だけれど、しかし五千年前の災厄と重ね合わせて危機感を持つ者は皆無だった。少なくとも権力者の中には。


 まあ、それはそれで仕方がない。

 なにより、誰も災厄の再来に気づかずに備えようとしない状況は、僕にとって都合がよかった。



 うん、災厄の再来が本当に起きたとしても今現在の人族の総力を結集すれば何とかなるだろうって、ジョルクは言うのかい?

 なるほど、熟練の冒険者ならではの箴言だね。


 残念ながら、ジョルクの問いに対する明確な答えを、僕は持ち合わせていない。

 というよりも、現有戦力で災厄に対抗しうるかという答えを導き出せる者は、人族の中には未来永劫現れないと思う。

 僕がはっきりと言えるのは、今のままではとても五千年前の人族には遠く及ばないということだけだ。



 まあまあ、そんな馬鹿なと思う気持ちも分からないじゃあないけれど。

 少なくとも、アドナイ王国の各地に今も残る遺跡や文献、口伝などを繋ぎ合わせると、五千年前に存在していた先史文明は、今よりもはるかに優れていたと思われるんだ。

 技術、魔法、軍、政治、経済、外交。

 その中でも特筆すべきは、とある英雄に関する記述なんだけれど……、この話はよそう。

 いや、出し渋っているわけじゃあないんだ。ただ、語るべきは僕ごときではないと、己の分を弁えているだけさ。その理由はじきにわかる。


 話を戻そう。

 これまでの経緯で薄々気づいている者もいると思うけれど、僕が目指しているのは、かつて先史文明時代に存在した、とある力を復活させることだ。

 そのために、辺境の一都市に過ぎないジュートノルに肩入れしたし、王都であれこれと交渉してジオグラッド公国樹立のお膳立てをした。


 そうだよテイル、王都に帰った目的はそのためだった。

 いやいや、ただ王国史を研究して一生を過ごしたいのなら、普通に関係各所に謝り倒して何事もなかったかのように中央教会に戻ればいいだけのことだ。公国樹立なんて、責任ばかり圧し掛かって面倒な手は使わない。

 不死神軍の出現と僕の華麗な脱出劇なんて、ただの偶然だよ。いやあ、危なかったよね。テイルに出会わなかったら、僕は今頃中央教会で確実に死んでいた。いや、魂と肉体を不死神に支配されたアンデッドになって、王都を彷徨っていたかな?


 公国樹立の理由は、今さら言う必要もないかもしれないけれど、まあ一応。こういうのは言葉にしておくべきだと思うからね。

 なんとしても、僕の野望の鍵となるジュートノルを、名実共に手中に収めておきたかった。

 そのための地ならしと根回しは、今も全力で行っている最中だ。心配しなくても平民にとばっちりは行かないから。多分ね。

 けれど、返す返すも口惜しいのは、王都で正式な公国樹立の宣言ができなかったことに尽きる。

 時には紙切れ一枚よりも薄っぺらいもの――それが大義名分だけれど、僕が王都で奔走した理由はまさにその大義名分を得るためだった。だから、次兄に対する僕の恨みはみんなが思っているよりもずっと深いよ。


 あの愚か者、四方八方を敵に囲まれて泣き叫んだところを全身串刺しにされて死なないかな?


 ――言ってみただけだよ。言うだけならタダ、という言葉が平民の中にあるんだろう?

 貴族の間では、雄弁は銀沈黙は金、とよく言われている。余計なことは喋るな、という意味だ。

 まあ、不備があろうがなかろうが、王都陥落の時点ですでに後戻りできない地点まで計画は進んでしまっていたから、今さら泣き言を言っても仕方がないのさ。


 ちなみに、ジョルクとテイル達への秘密の依頼も、その一環だ。

 公国樹立自体は、僕がジュートノルの民の前で宣言してしまえばそれで終わりと言える。

 けれど、それだけでは、国興しという一大事業を完遂したとはとても言えない。そのためには、周辺勢力の承認が必要不可欠なんだ。


 ……本来なら、周辺勢力のの承認の担保として、最大にして唯一の後ろ盾がアドナイ王国のはずだった。

 その目論見が一日にして瓦解してしまったのは、今さら言うまでもないよね。


 ――え?正当な王位継承者である王太子は健在じゃないかって?

 半分正解で、半分外れだと言っておこうか。

 確かに、親愛なる長兄は、アドナイ王国王位継承権第一位の資格を持つ、非の打ち所のない王太子だ。

 けれど、王都から逃げ出した汚点によって、次期国王という地位は揺らぎつつある。

 ここで一つ、貴族達ですら忘れがちな、王国の法が生み出した盲点がある。

 それは、『王位継承権は王家の責務を果たす者に優先的に与えられる』という条文の存在だ。

 今の長兄は、果たしてどうだろうね?

 実質的に王都を預かる身でありながら大量のアンデッドの侵攻を許し、両親たる国王夫妻を目の前で討たれ、まだ民が残る中でとある公爵を人身御供にして王都から逃げ出した。

 僕が言っているんじゃあないよ、民の噂だ。その民の噂が、権力者を打ち倒す原動力になることはままある。

 そんな埒もない噂を長兄が跳ね除け、見事王都を奪還できれば、僕としても言うことなしだ。

 まあ、上手くいけばね。


 そんなわけで、公国の体裁を整えるのに四苦八苦している僕は、予備の計画を同時に走らせる必要に駆られることになった。

 すなわち、大義名分が今一つ不足気味の公国の承認を渋る周辺勢力が出てきた時のために、担保を用意しようというわけだ。



 そういうわけで、じゃあ行こうか。


 なにがって?


 ノービス神の神殿に決まっているじゃあないか。

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