第185話 冒険者ギルドの調査任務 中
時はちょっとだけ進んで、ジュートノルと外との境界線である門の前。
「グ、グググ、グランもがっ……!?」
「しっ、声が大きいぞ」
「いやー、はっはっは。公的な場のほとんどは幹部とか秘書とかが代理で出てたから、意外と俺の顔と名前を知っている奴って少ないわけさ。というわけで、しばらくの間は黙っていてくれるとありがたいんだがな」
「は、はひ……」 「もちろんです」
衝撃の事実を告白したレナートさんにそう答えた後で、ジョルクさんと俺に目配せして先に行ってしまった、エルさんとケーネスさん。
さっきの態度を見る限りだとジョルクさんはすでに知っていたっぽいから、あの二人にも知らせておく必要があったんだろうけど、今頃は頭を抱えている姿が目に浮かんで、同情心しか沸いてこない。
「ほれ、他のパーティはもう出発しちまったんだ。お前らもさっさと行った行った」
「一応、なんでこんなところにいるのかだけ聞いてもいいですか?」
今回、俺は正式なパーティメンバーじゃなくて、食料を始めとした荷物を運ぶポーターだ。
だから、本来は何を置いてもエルさんとケーネスさんの後についていくべきなんだけど、それでも任務中ずっと悩むよりはと、思い切って質問してみる。
幸いなことに、ジョルクさんは沈黙を守りながら俺の横で待ってくれているから、どういう答えが返ってくるのか興味があるんだろう。
それを見たレナートさんは、面倒くさそうに左手で頭を掻いた後、
「特に深い理由はないのさ。ただ、公王陛下の御命令っていうだけでな」
「ジオの?」
「……お前、例え小声でもその呼び方は二度と外でするなよ。今はまだ公国発足前で多少のことは見逃されるが、本来だったら衛兵に聞かれた時点で即尋問室行きだぞ」
「き、気をつけます……」
「わかればいい。でだ、今回実施されている調査任務を仕切るには、今の冒険者ギルドじゃちと荷が勝ちすぎるから、政庁舎から人を寄こしてくれって泣きつかれて、休養中だった俺が引っ張り出されたってわけだ」
「レナートさん、冒険者ギルドの所属じゃないんですか。監察官なのに?」
確かついさっき特別監察官だと言っていたはずだ、と記憶のままに言ってみると、
「正確には、政庁舎所属の監察官だな。もちろん、冒険者ギルドにも同名の役職はあるが、あっちとは微妙に立場も役柄も違う。冒険者ギルドじゃ貴族辺りの派遣を期待してたんだろうが、生憎そっちは多忙でな。さっきギルドマスターに挨拶して来たら、ありがた迷惑な顔をされちまったよ」
――どっちかっていうと、そのよれよれの服を見て頼りなく思ったんじゃないかな?
そう考えるだけに留めたところで、ふと気が付いた。
ひょっとしたらレナートさんこそが、本来の冒険者ギルドジュートノル支部のギルドマスターに就任する人材だったんじゃないか?
ところが、どういうやり取りがあったのか、レナートさんが拒否して(本人の性格からしてたぶん間違いない)、代わりにフレッドさんがギルドマスターに就任した。
……あり得る。そして、ギルドマスター就任を面倒くさがったレナートさんが拒絶した光景まで簡単に想像できてしまった。
「なんだよ?」
「いえ、何でもありません」
どうやら必要以上にレナートさんを見てしまっていたらしい。
とっさに目を逸らすと、しばらく不審そうな目で見てきたけど、
「とにかく、今回は休養中の俺を引っ張り出す程度には、公王陛下肝いりの調査任務だ。ジュートノルの平和のためにも、お前達のためにも、しっかりと任務をこなしてくれよ」
レナートさんに追い立てられるようにジュートノルを出発した俺とジョルクさんは、すぐ近くで待っていたエルさんとケーネスさんに合流。
リーダーであるジョルクさんが調査任務の一番初めに行ったのは、俺達が辿ることになる調査ルートの確認だった。
「俺達が行くのは、以前起きたオーガの群れとの戦場跡を大きく迂回しながら、その先の森に入り、山岳地帯の麓で引き返すルートだ」
手ごろな平岩に地図を広げて、調査ルートを指でなぞるジョルクさん。
その説明が始まった頃から、エルさんとケーネスさんの表情が厳しくなり始めた。
「オーガ撃退のための砦も今は放棄し、冒険者や狩人も滅多に訪れない、危険な一帯だな。まあ、だからこそ俺達にお鉢が回ってきたとも言えるが……」
「それよりもジョルク、本当に山の麓まで行くの?そこまで行くと、完全にテリトリーに入っちゃうんじゃない?」
「ああ。だからこそ、本来は他の冒険者どもの尻を叩いて回る役割だったはずの俺達が、こうして調査に駆り出されたわけだ。少々厳しい旅程にはなるが、覚悟してくれ」
熱すぎず冷めすぎず、だけど一本芯の通ったトーンのジョルクさんに、エルさんとケーネスさんがゆっくりと頷く。
「ていうわけだから、期待してるわよ、テイル君!」
「お前の感知能力の高さは、ジョルクから常々聞いている。もちろん俺達も警戒を怠らないが、索敵は任せたぞ」
「え?そんなこと、全然聞いていないですけど……?そんなわけないですよね、ジョルクさん?」
なぜか俺のことを四人目の冒険者として認識しているらしい、エルさんとケーネスさん。
その誤解を解いてもらおうとジョルクさんに助けを求めてみたけど、
「本来なら補充人員を入れて四人で行動しなければならないところを、お前を入れることで何とかギルドに認めさせた経緯がある。その分の報酬は弾むから、周囲の警戒を怠るなよ」
との、冷たい返事が返ってきた。
その、確信犯的な言動、そしてやり口には覚えがあった。
まさかとは思いつつも、聞いてみないと何も分からないと思って、覚悟を決めて口にする。
「ジョルクさん、なんだかいつもよりも十割増しで人使いが荒いですけど、ひょっとして俺をポーターに指名した張本人って、公王陛下その人だったりしちゃいます?」
「……まあ、所詮は俺もしがない組織の犬だということだ」
弱気になったオーガのように、そっと視線を外してきたジョルクさんに、それ以上何も言えなくなってしまった。
それはそれとして、帰ったらジオの奴を一発しばこうと思う。絶対にだ。
出だしからハードルを上げられたせいもあって、命がけの調査任務になると覚悟して歩き出したわけだけど、結論から言うと、現時点では肩透かしを食らったような気分になっている。
その理由は、ジョルクさん達がとにかく優秀過ぎるからだ。
「ケーネス、そっち行ったわよ」
「任せろ!」
「先は長い。二人ともあまり飛ばし過ぎるなよ」
なんとエルさんとケーネスさんが、ジョルクさんに混じって近接戦闘をこなしているのだ。
二人の魔導士用のワンドと治癒術士用の杖は、直接攻撃できるように頑丈かつ殺傷力高めに作られていて、荒野の中で互いをカバーしながら、遭遇した野犬のような魔物に確実にダメージを与えていっている。
そして、刺突に優れたショートソードを両手に装備したジョルクさんが、魔物の動きが鈍くなったところに素早く止めを刺していく。
その一連の動きは、命を懸けた戦いというよりも、すでに完了までの手順が決められた流れ作業のようにすら見えてくる。
強者の凄味を見せるでもない淡々とした光景に、ジョルクさんから渡された大型のリュックを背負う体に寒気が走った。
やがて、形勢不利と見たのか、襲ってきた魔物の群れが俺達からじりじりと遠ざかると、一斉に逃走していった。
「ジョルク、追撃はかけなくていいのよね?」
「ああ。素材も回収する必要はない。できれば死骸は埋めるか火葬にしたいところだが、放っておくしかないか」
「今さらだろう。これだけの怨念が残っていれば、多少の餌など関係なく魔物が集まる」
そう言ったケーネスさんが見回したのは、ついこの間、ジュートノルの義勇軍とオーガの群れが激突した、戦場の跡だ。
あれからそれなりの月日が経っていて、折れた槍や何かの骨が落ちているくらいしか、戦いの凄惨さを物語る証拠が残っていない。
だけど、あまり長居したくない怨念のようなものがじっとりと肌に纏わりついて、ここからすぐに立ち去るように急かしている気がずっとしている。
「テイル、魔物の群れの早期の発見は助かった。エルとケーネスの武器を頼む」
「あ、はい、わかりました」
ジョルクさんの礼と指示に応じてから、二人の武器を受け取りに行く。
ちなみに、移動中の邪魔になるエルさんのワンドとケーネスさんの杖は、普段は俺が背負うリュックに固定できるようになっている。
「行くぞ。今日中に山の麓まで着くか、その目途は付けておきたい」
「はい」 「りょーかい」 「まずは森だな」
俺は、エルさんとケーネスさんからそれぞれの武器をリュックにしっかりと固定した後、三人の後を追った。
地形が大きく変わる森に入ってからも、俺達は順調に調査任務をこなしていた。
と思ったら、ふいにジョルクさんが立ち止まった。
「少し、ここで待て」
おもむろに俺達を置き去りにして、来た道を戻り始めたジョルクさん。
これまでの効率的な行程とは真逆の突然の奇行に、戸惑いを隠せないでいると、
「ねえ、ケーネス。そろそろテイル君に話しておいた方が良くない?」
「……そうだな。ジョルクも反対はしないだろう」
「何の話ですか?」
「テイル、落ち着いて聞いてくれ。おそらくジュートノルを出てからずっと、俺達は尾行されている。今、ジョルクが一人で動いているのは、そいつを始末するためだ」
「尾行!?だって、そんな気配は全然……。それに、仲間の冒険者って可能性はないんですか?」
「調査任務のルートは、他のパーティと重複しないように設定されているから、それはありえない。なにより、人里外れた場所で、しかもお前が感知できない手練れが気配を消して追ってきているなど、敵対的な相手だと断定するしかない」
「あ、……ひょっとして、アサシンですか?」
「どうやら似たような経験があるらしいな。少なくとも、相手がスカウトの上位ジョブであることは間違いない」
「相手も、相手の依頼主も、後ろ暗い真似をしてることはわかってるだろうから、ここで殺されても文句は言わないでしょ」
「こ、殺すんですか!?」
ここまでさんざん魔物が死ぬ光景を見ておきながら、って思わないでもないけど、やっぱり同じ人族に対して使うとなると、殺すって言葉に動揺が隠せない。
「生け捕りにしてジュートノルに連れ帰る余裕はないからな。それに、相手が他領の貴族が放った刺客である可能性が高い以上、命を奪う以外に選択肢はない」
「他領の、貴族?」
「調査任務のメンバーの中に怪しい奴がいないのは、アタシ達で確認済みだからね。そうなると他の勢力の仕業、それも上位ジョブの刺客を雇えるコネと資金力を持つ貴族が依頼主って結論に落ち着くのよ」
「なるほど……」
その時、エルさんとケーネスさんとの話が意外と長かったのか、それとも向こうが早く終わったのか、ガサガサと草木を分ける音がしたかと思うと、血に濡れたショートソード二本を手に提げたジョルクさんが姿を現した。
「終わった。これ以上の尾行者はいないはずだ」
「ご苦労様。なにか情報はとれた?」
「いや、良い腕をしたハイスカウトだった。手加減する余裕はなかった。手がかりになるような持ち物も一切なかった」
「そうか。これ以上の追跡がないことを良しとしないとな」
「ああ。すまんが、少しだけ息を整えさせてくれ」
ジョルクさんは近くの岩に腰を下ろすと、ショートソードについた血を拭い始めた。
その息がわずかに乱れていて、疲労を見せるジョルクさんなんて、思えば初めて目撃したことに気づいた。
「ジョルクさん、水を」
「ああ、悪いな」
果たして、水筒を差し出した俺の気遣いは的を射ていたらしく、ジョルクさんは殺伐とした空気を少し和らげて、血がついたままの手で受け取った。
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