第184話 冒険者ギルドの調査任務 上


 実は、魔物の分布の調査というのは、冒険者ギルドで最も多い「依頼」らしい。


 魔物の痕跡を辿って生息地を探し、人里との距離を測り、必要なら追い払ったり駆除したりする。もちろん実力行使でだ。

 基本報酬こそ安いけど、魔物の討伐数でボーナスも出るし、素材は一定の税を払えば冒険者のものになるから、ノウハウさえ分かればそれなりに旨味がある。

 そんなわけで、駆け出しから上級者に至るまでお世話になる、人族の安全を守る上でも大事な依頼なわけだけど、今回は置いておく。

 今日、いつもの黒の装備で固めた俺がダンさんの命令で同行するのは、調査「任務」だからだ。


「よく来たな、テイル。三日前はああ言ったが、本当に来るかどうかは半信半疑だったんでな、直接白いウサギ亭に迎えに行ってやろうかと何度も迷ったくらいだ」


「むしろ、来られていたら逆に全力で抵抗していたでしょうけどね」


 ジョルクさんのウィットに富んだジョーク(だと信じたい)に反撃しながら、待ち合わせ場所になっている門前広場を見回してみる。

 そこには、ちょっと見ない数の冒険者が、調査任務の開始前の最後の点検をしていたり、同業者との情報交換に余念がなかったりで、戦の前の緊迫した空気を広場に行き渡らせていた。

 と、ちょうど背中を向けていた方向から、


「あれ?ホントにテイル君だ。ねえケーネス、テイル君だよ!」


「聞こえているから声を落とせ。――それにしても本当に来るとは。最初はジョルクの笑えんジョークだと思っていたんだがな」


「あ、お久しぶりです。エルさん、ケーネスさん」


 声をかけてきたのは、ジョルクさんのパーティメンバーである魔導士のエルさんと、治癒術士のケーネスさん。

 ソルジャーアントの襲撃以来の再会だけど、あれから季節一つ分くらいしか過ぎていないというのがちょっと信じられない。


「ごめんねー。なんかうちらに付き合わせちゃう形になっちゃって」


「仕方がないだろう。他のパーティの生存率を上げるために、腕のいいポーターは他所へ回すとジョルクが言って聞かなかったんだからな」


「いえ、他ならないジョルクさんのご指名ですから。それに、こっちの方が勉強させてもらう立場なんで、よろしくお願いします」


「んー!可愛い後輩ね!よし、お姉さんが手取り足取り、冒険者のイロハをじっくりと教えてあ・げ・る」


「盛り上がっているところを悪いが、エルからだけはやめておけ。いつも俺やジョルクの後をついてくるだけだから、気配の察知や罠の感知に関してはまるで素人だ」


「ちょっ、ケーネス!?なんでパーティ組んで早々にバラすかな!ファイアボールで丸焼きにされたいの!?」


 再会して早くも、温かく迎え入れてくれたエルさんとケーネスさんの掛け合いを、思わず苦笑を漏らしながら見ていると、


「お前ら!!拒否すれば重いペナルティが待っている強制任務とはいえ、よく集まってくれた!!」


 いつの間にかに俺達の側から離れていたジョルクさんが、門を背にして予め設けられていた台の上に立ち、一段高いところから広場中に聞こえる大声で語りかけていた。


「すでに聞いていると思うが、今回は魔物分布の調査だ!ジュートノルを起点として、こちらが指定した地点まで各パーティに進んでもらい、その間にある村々での聞き取り、森や池などのポイントで魔物の有無、種類、規模を調べてもらう予定だ!期間は二日!それまでにこの門前広場に帰還しないパーティや、緊急事態を知らせる狼煙を上げたパーティが出た場合、ギルドの特別救援部隊が急行することになっている!それから!この調査任務に際して三つ、絶対に守ってもらうルールがある!」


 そこで一旦言葉を切ったジョルクさんは、広場に集まっている冒険者達を睨むように見回すと、


「一つ目は帰還期限の遵守!二つ目は立ち寄った村々での乱暴狼藉の禁止!三つ目はやむを得ない場合を除く魔物との戦闘の禁止だ!」


 ジョルクさんによる三つ目のルールが発表されたとたん、それまではそこそこ大人しかった冒険者達が一斉に騒ぎ始めた。

「馬鹿野郎」とか「命令すんな」とかはまだマシな方で、エルさんが嫌そうな顔をするくらいのセクハラ確定の罵詈雑言がジョルクさんに向かって降りかかる。

 それもそのはず、魔物と戦うなっていうことは、貴重な収入源である素材も手に入らないっていうことだ。いくら冒険者ギルドの命令とはいえ、自分達の稼ぎを少なくしろと言われたら、そりゃあ文句の一つも出る。

 そんな雑音の数々を黙って聞き流したジョルクさんは、騒ぎが小さくなるのを待ってから、これまでより幾分か抑えた声で言った続けた。


「もちろん、魔物を討伐できない分の補償はギルドから支払われる。さすがに満額とはいかんがな。それから、今回の任務のルールを破ったパーティがいた場合、特別救援部隊がそのまま懲罰部隊へとその名を変える。それでは、その部隊長を紹介しよう」


 そう言ったジョルクさんの視線の先、壇上に上がった人物に注目が集まる。

 冒険者とは思えない上等な服だけど、台無しになるくらいによれよれな状態で着ている。

 腰には、これまた高そうな鞘と柄の剣と水筒らしき革袋を提げている。

 細身ということもあって、一見すると身を持ち崩した没落貴族のようないで立ち。だけど、その外見に騙されたらものすごく痛い目を見ることを、俺は知っている。

 ていうか、間違いなく知り合いだ。


「あー、諸君、俺の名はレナート。元は王都の総本部に所属していたんだが、わけあって特別監察官の任を受諾することになった。俺に余計な手間を取らせるボケナスは容赦なく――」


「へっ、誰だか知らねえがてめえのいうことなん――へばしっ!?」


「――と、このようにしばくので、よろしく」


 真っ先に茶々を入れようとした男がいきなりのけぞって倒れ、波紋が伝わるように冒険者達がざわつく中、


「……え、今、何があったの?」


「腰の水筒に入った水を魔法で操って、目にも留まらぬ速さであの冒険者の顎を叩いたんですよ」


「ええっ!?テイル君には見えたの?ていうか、なんで魔法ってわかるの?」


「見えてはいないですよ。知っているだけです」


「なんで?なんでテイル君は知ってるの?あのダサいおじさん、誰なの?」


「……黙秘します」


 矢継ぎ早に聞いてくるエルさんには悪いけど、お互いの精神上の健康を守るために、レナートさんの正体がアドナイ王国の全ての冒険者のトップであるグランドマスターだなんて、口が裂けても言えない。


「エル、それ以上はよしておけ。テイルが困っているし、この類の話は聞くのが遅ければ遅いほどいいものだ」


「えー、だって気になるじゃない」


 すでに何かを察したのか、ケーネスさんがエルさんを止めてくれたのを見て、心の中だけで一息つく。

 そうして目を逸らしたところで、たまたまレナートさんと目が合うと、向こうから「よっ」という声と一緒に手を上げてきた。


 ――俺まで他の冒険者に目をつけられるから、こんな目立つところで止めてくれないかな?

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