第183話 日常という聖域の死守


 看板娘が三人に増えた、新体制の白いウサギ亭。

 もともと人手不足だったこともあって、ティアとリーナはターシャさんとダンさんにあっさりと受け入れられ、慌ただしくも住み込みのための荷物の移動や、制服などの買い物を何とか一日で済ませ(臨時休業したのはこのためだ)、レクチャーもそこそこにほとんどぶっつけ本番みたいな形でのランチタイムでのお披露目になった。


「いらっしゃいませ。三名様ですね」


 意外だったのは、リーナの接客ぶりが板についていたことだ。


「リーナがまともに客の相手をしている……」


「あのねえ、これでも小さい頃は、どこに出しても恥ずかしくない一通りの礼儀を家庭教師に叩き込まれたのよ。ちょっと応用を利かせる必要はあったけれど、これくらい大したことはないわよ」


 ちょっと自信過剰な気がしないでもないけど、客あしらいをそつなくこなすリーナの手際には非の打ち所がない。


「なんだったら、空き時間に雑用の手伝いをしてもいいけれど?」


「それは全力でお断りする」


「なんでよ!?」


 都合の悪い記憶を忘却しているリーナには悪いけど、薪割りで薪を木っ端微塵に切り刻んで台無しにした大惨事は今もしっかりと覚えている。

 何より、ダンさんの出禁は今も生きているから、リーナの厨房への立ち入りは絶対に無しだ。


 まあ、元からリーナに関しては冒険者としての経験もあるから、適応力の高さはよくよく考えてみたら納得なんだけど、もう一人の新人であるティアの頑張りは本当に予想外だった。


「い、いらっしゃいませ、ペドロさん!」


「おう、ティアちゃん。今日も可愛いな」


「ええっと、いつものBランチとエールでいいですか?」


「嬉しいねえ、俺の定番を覚えてくれてるなんざ。それで頼むぜ!」


「かしこまりました!」


 最初は、接客業の右も左も分からなかったティアだけど、すぐにコツを掴んだのか、ターシャさんが助け舟を出さなくても注文取りくらいは一人でこなせるようになってきた。

 今は、常連の顔と定番メニューを覚えようとしているらしく、見知った客には名前で呼ぶように心がけているみたいだ。

 とはいっても、時々間違えて顔を赤くすることもあるんだけど、その度に温かい目で見守っている常連(ほぼじゃなく全員だ)のご機嫌な様子を見ていると、なかなか注意もしづらいし、このままでいいかなという気になってくる。

 また、これまでは表を一人で回していたターシャさんも全体を見る余裕が出てきたようで、ますます客あしらいや配膳の手際が良くなって、席の回転率が向上してきた。


 ある日、そのターシャさんが手が空いた合間に、俺をお茶に誘ってきて、


「リーナさんもティアちゃんも、ひとまずお店の雰囲気に慣れてくれたみたいよね。特にティアちゃんは、これまで全然平民の暮らしを知らなかったんでしょう?それなのに物覚えが良くて、ちょっとびっくりしちゃった」


「自分でさせてもらえる機会がなかった上に、魔法の才能に優れていたから、自分でもどれくらいできるのか知らなかった、というのが正しいと思うわ――あ、このお茶おいしい」


「ああ、なるほど」


「お嬢様だとそういうの難しいわよね」


 ご相伴に預かっているリーナからの情報提供で、ターシャさんと納得する。

 ちなみに、当のティアは健全な成長のためのお昼寝中だから、この会話が聞かれる心配はない。


「でもティアも、初めて会った頃から随分と雰囲気が変わったよ。なんていうか、素直になった感じがする」


「あのねえテイル、あの日のことは、ティア様なりに自分の立場を考えての態度だったの。初対面の、しかも平民相手に今みたいな接し方なんて、本人が許しても周囲が許さないわよ」


「そ、そんなもんなのか?」


「テイル君が貴族様への礼儀作法を知らないのは仕方ないけど、ティアちゃんの苦労も知らない言い方はどうかと思うわよ?」


「気をつけます……」


 ターシャさんとリーナの両方から怒られてしまった。

 もちろん、俺が悪かったわけだけど、それ以上にこの二人から同時に責められるとまるで勝てる気がしない。


 ――ところで、この二人っていつの間に仲良くなったんだ?


「「テイル(君)には内緒」」


 姉妹のように身を寄せ合って笑うターシャさんとリーナがまぶしく見えた。






 常連客も含めて急激ににぎやかになってきた白いウサギ亭をいつまでも見守っていたいんだけど、そう世の中うまくいかないらしい。

 三人の美少女が立ち回る光景を厨房越しに眺めて目の保養をしているせいか、すっかり忘れがちになっているんだけど、今のアドナイ王国は乱世と呼ぶにふさわしい情勢だ。

 とはいえ、俺が自発的に動くのはあくまで自分や周囲に危険が迫った時だけだ。

 そして、なにかが起きる時は外からの知らせだと、どうやら相場が決まっているものらしい。


「よし、これで報告書も一段落だな。こいつは冒険者ギルドに提出した後、匿名の情報提供者からということで各所にも回されることになる。構わんよな?」


「まあ、匿名っていうことなら」


 ――そういえば、ターシャさんやリーナもそうだけど、俺が拒否権を持っている相手って周りにいたかな?

 そんな、半ば現実逃避気味にジョルクさんに答えたのがいけなかった。


「ああそれと、三日後から冒険者ギルド主導で大規模な調査任務が実施される。お前にも参加してもらう」


「まあ、匿名っていうことなら、――今なんて言いました?」


「王都の混乱で変化した、魔物の分布を再調査する任務だ。高い危険度が想定されるから、少しでも戦力を増やしておきたい。もちろん、公王陛下の内諾は取っている」


「いや、ちょっ」


「今のままでは大規模な魔物の襲撃があったとしても、事前の察知が難しい。ジュートノルを守るためにも、この任務から逃げることは許さん」


「せ、せめて、ターシャさんとダンさんに相談してからに……」


「ほう、俺が白いウサギ亭に乗り込んでもいいというんだな?」


「……いえ、参加します」


 白いウサギ亭という、俺の心の聖域はできるだけ死守したい。

 そこにジョルクさんが入ってくることで日常が壊れるのを恐れた結果、こんな返答にするしか得なかった。

なかったんだ……。

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