第177話 SS 冒険者ギルドジュートノル支部での会話


「はあぁ、なんで俺がギルド長に……。ついこの間、幹部の末席に加わったばかりだぞ?」


「仕方ないだろう、フレッド。何を言ったところで、貴族の命令を覆せるわけもない」


 ここは、冒険者ギルドジュートノル支部の奥まった一室。

 そこで愚痴をこぼしているのは、やや装飾過多なギルドの私服に大きな体を窮屈そうに押し込んだ感じの男。

 それに相槌を返すのは、いかにも熟練冒険者といった感じの、使い込んだ装備が馴染む戦士風の男。

 どちらもナイスミドルの雰囲気を漂わせているが、フレッドと呼ばれた方は哀愁たっぷりのやさぐれた様子を隠そうともしない。


「お前はいいだろ、ジョルク。変化といえばAランクに昇級したことくらいで、俺のように馬鹿みたいな量の責任が圧し掛かってきたわけじゃないんだからな」


「それこそ馬鹿を言うな。Aランクといえば、ジュートノルでは今のところゼロ、王都でも数えるほどしかいない高位だぞ。せっかく、面倒の少ないCランクに留めておいたのに、このさき常に背中を刺されんように気を付ける必要が出てきたのが楽だと、本気で言ってるのか?」


「それは……、いや、止めよう。いくら言っても不毛なだけだ。お互いにな」


「……そうだな。ジオグラルド殿下――公王陛下の命を覆すことなど、どうあってもできないんだからな」


 いい年をした中年男二人が盛大にため息を吐きながら、すっかり冷めてしまったお茶で乾いた喉を潤す。

 本来なら、冷めたお茶を飲ませるなど持て成しの礼儀としてあってはならないところなのだが、フレッドはその手間を惜しんだ。

 ジョルクとは気の置けない関係ということもあるが、これからする話を余人に聞かせるわけにはいかなかったからだ。


「それでだ。妬みや嫉みを心配する地位に就いたんだ、公王陛下から他にもあったんじゃないか?」


「……一応、口外無用と言われてるんだがな」


「そんなもの、俺とお前の間では今更だろう。それに公王陛下なら、このくらいの意見のすり合わせは見越した上で、特命を下していると思わないか?」


「確かにな。で、何が聞きたい?」


「ずばり、特命の中身だ」


 フレッドによる、前置きなしの正面突破の質問に、思案顔になるジョルク。

 しかし、再び口を開くのにそれほど時はかからなかった。


「一言で言うと、ジュートノルの冒険者の内偵だな」


「具体的には?」


「依頼達成度が低く、危険な冒険者の洗い出しだな。ギルドの命令に従うか、いざという時にジュートノルのために動けるか、逆にどさくさ紛れに略奪行為に走るか、とかだな」


「……Aランクに昇級させたのは、各所から必要な情報を引き出しやすくさせるためか」


「他にも、Aランク以上の特権として、王族へのお目見えの権利が与えられるからな。あの方のことだ、大方、側近を通しての報告ではまどろっこしいとでも思ったんだろう」


「あのジオグラルド様ならありうるな」


「とにかく、こうしてお前にに呼び出された俺以外の仲間は、今もリストの作成のために奔走しているってわけだ」


 そこでジョルクは言葉を切り、次はお前の番だと言わんばかりにフレッドを睨む。


「……ならやはり、お前の方が楽だな。俺の方は、ギルドも含めて近日中に鍋をひっくり返したような騒ぎになるだろうからな」


「どういうことだ?」


「来期、冒険者学校を一時閉鎖することになった」


「なんだと?」


 ガタリと椅子を引く音。

 信じられないという目をしたジョルクを手を上げることで制しつつ、秘書を呼び出してお茶のお代わりを頼んだフレッド。

 お茶が入れ直される間は終始無言だったジョルクだが、この間に気を落ち着かせろという、フレッドの配慮に気づく程度の理性は残っていた。

 そして、暖かな湯気が立ち上るお茶が供され、秘書が部屋を立ち去った後、


「ずいぶんと若い娘だな?確か、前ギルドマスターの秘書は若い男だったはずだ。お前の趣味か?」


「そんなわけがないだろう……。この間の粛清に連座する形で一気に職員が辞めたからな。人手不足なだけだ。それに、『趣味』というなら前ギルドマスターの方がそうだぞ。私的に愛人手当を出していたのはお前も知っているだろ?」


「そう言えばそんな噂もあったな。奴はそういう趣味だったわけか。……まあいい、続きを話せ」


 自分から始めた、しかも口にしたくもない話題を一方的に切られて顔をしかめたフレッドだったが、注意するのも今更だと思い直して話し始めた。


「続きも何も、公王陛下直々の命というだけで、俺もまだ詳しくは知らんのが実情だ」


「ギルドマスターのお前が知らんでは、周囲への体面に関わるだろう。よくそれで引き下がったな」


「考えてもみろ。職員の激減に、王都の壊滅。その状態で、ジュートノルに流入してくる冒険者の受け入れに、魔物の勢力図の変化にも対応せんといかんのだぞ?正直、今は冒険者志望の世話なんぞやってられん」


「……なるほど。偶然かどうかはともかく、利害が一致したわけだな」


「だが、お前の話を聞いて、少し様相が変わってきたと思っている」


「どういうことだ?」


 ジョルクの問いかけに、フレッドは沈黙する。

 その姿は、ギルドの内情について黙秘を貫こうというものではなく、慎重に言葉を選んでいる最中なのだと、ジョルクには映った。

 やがて、ジョルクを見たフレッドは、


「本来なら、強力な魔物の襲来に備えて、冒険者を一人でも多く確保し、ギルドへの負荷は二の次になってしかるべきだ。だが俺には、わざと冒険者の数を絞って浮いた人的資源を、何か別のことに使おうとしているような気がしている」


「……それを言ったのが他ならない冒険者ギルドマスターでなければ、何を馬鹿なと笑い飛ばすところなんだがな」


「公王陛下の為人に関しては、お前の方がはるかに詳しい。俺の考えを否定しないということは、お前も同意見なんじゃないのか?害になる冒険者を洗い出していることといい、冒険者の総数を減らそうとしていることといい、俺には、公王陛下が冒険者への締め付けを厳しくしようとしているようにも見える」


「さて、どうだかな」


「やけにはぐらかすじゃないか」


「単に、俺も公王陛下の御意思を測りかねているだけだ。すでに、俺の知っていたジオグラルド第三王子殿下は存在しないんだからな」


「立場が変われば考え方も変わる。全てはあの御方のみ知る、ということか」


「そういうことだ」


 この一言で、フレッドとの会話を終わらせたジョルク。

 だが、本心は少し異なる。

 これまでのジオグラルドの命の数々、共通の知人、そして例の少年のことを総合して考察するに、もしかしたらという漠然とした未来が、ジョルクにはかすかに見えていた。

 しかし、いくら古馴染みのフレッド相手といえども、それを口にするには物証がないし、何よりジオグラルドがそこまでやるのかという疑念もあった。


 この時、ジョルクが己の妄想をフレッドに告げていたらどうなっていたか。

 それを知ることは誰にもできないし、知る意味もない。

 だがこの時、ジオグラルドの野望に図らずも肉薄していたことを、後にジョルクは知ることになる。

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