第174話 SS 公王の初仕事 下



 側仕えの案内でやってきた二人は、先ほどの謁見者達とは一線を画した気品が滲み出ていた。

 その衣装と立ち振る舞いから、貴族であることは一目瞭然。

 しかし、貴族の中では若手に分類される二人の表情には全くと言っていいほど余裕はなく、より使命と責任を重くとらえていることは明白だった。


「よく来てくれたね、キアベル子爵、サツスキー男爵。長話になりそうだし、まずは座ってくれないか」


「「はっ」」


 ジオグラルドの勧めに対して、期せずして声が揃ってしまったのは、同じアドナイ貴族の血が流れているゆえだろうか。

 ソファに座り、側仕えが出したジュートノル産の茶をひとしきり楽しんだ後、セレスを従えたジオグラルドが切り出した。


「まずはサツスキー男爵。王都避難民のジュートノル側の受け入れ態勢の確保と指揮、よくやってくれた」


「ありがとうございます。しかし、陛下が御自らの伝手を私に紹介していただいてこその成果ですので、手柄と呼べるほどのものではございません」


「なあに、僕が築いたコネなんて大したものじゃあないよ。それに、元を辿れば先代サツスキー子爵の遺産を利用したに過ぎないからね」


「父の、でございますか……」


 ジオグラルドよりも若干年上程度のサツスキー男爵。

 父の跡を継ぐべく、王都で貴族の何たるかを学んでいたところにジュートノルから舞い込んできたのは、目を覆いたくなるような事実の数々だった。

 賄賂や横領だけならまだしも、貴族とあろう者が人身売買にまで携わっていたと知らされては、心穏やかにはいられるはずもない。

 だが、サツスキー子爵本人が一切の責任を取って自害し、男爵降格の憂き目に遭うもなんとか家名だけは守れたとあっては、王都で大人しくしているしか方法はなかった。

 そこへ、第三王子ジオグラルドからの声がかかり、母と弟達を連れて居心地の悪い王都からジュートノルへ移り、公国樹立のために奔走することとなった時には、このために生かされていたのかと納得もした。


「しかし陛下、今さらではございますが、本当に私のような者を取り立てて頂いてよろしいのでしょうか?」


「まあ、ジオグラッドの公王は自らの手で首を落とした貴族の息子を重用するのか?くらいの噂は立つだろうね」


「でしたら、陛下の汚点とならない内に、私を切り捨てて頂いて構いません」


 正直、ジュートノルに入るまでのサツスキー男爵は、半信半疑の心持ちだった。

 貴族社会に謀略と欺瞞はつきもの。

 父の悪行も実はすべて間違いで、何者かに陥れられた可能性はあると考えていた。

 最悪、ジュートノルに落ち着いた頃に一族郎党皆殺しもあり得ると、警戒していた時期もあった。

 それが、ただの妄想に過ぎないと判明したのは、王都避難民受け入れのために、ジュートノルの情報を精査し始めたころからだ。


 地方行政を司る代官には、任地において強力な権限を与えられる。

 いわば、王家からの委任状を得たようなものだが、その信頼を、まるで支配者になったかのように錯覚する不届き者の貴族もやはり存在する。

 金の流れもいい加減なら、不正を隠した形跡もまるで見当たらないことから、自分の父親が悪徳貴族の典型例だと気づくのに、そう時はかからなかった。


 だが、どれほどの悪行を犯したとしても、貴族を裁けるのは国王ただ一人。

 その絶対の法を第三王子は歪め、私刑としか言いようのない方法で父に責を負わせた。


 本来なら、一時の辛酸を舐めようとも必ず父の仇を討つ。それがアドナイ貴族の矜持というものだろう。

 だが、過去に王都で勢力争いに敗北し、今回また貴族にあるまじき失態を犯してサツスキー家を窮地に追い込んだ父に対して、憐れみこそあれ、ジオグラルド公王に反逆する気概を持つことはできなかった。

 父を死に追い込んだのがジオグラルドなら、家名存続の温情をかけたのもジオグラルドなのだ。


 それだけに、新たな公王の足手まといにだけは成りたくない一心での辞退だったが、ジオグラルドは鼻で笑い飛ばした。


「あいにく、僕には仕事ができる貴族を選り好みしている余裕はないんだよ。有象無象のやっかみは、男爵自身の働きで吹き飛ばしてくれ」


「……は、有難き御言葉にございます」


 吹っ切れたかのようなサツスキー男爵の返答に、満足気な笑みを浮かべたジオグラルドは、隣にいるもう一人の貴族に目を向けた。


「そして、キアベル子爵。人材確保を主とした王都での調整、ご苦労だったね」


「は。私としては陛下への顔繫ぎと、王都とジュートノルの間の橋渡しが役目だと思っていたのですが、まさか自ら公都に赴くことになるとは夢想だにしていませんでした。ははは……」


 そう、力なく項垂れる、中年と呼ぶには少々早い顔つきからは、住む家を失った哀愁が漂っている。

 キアベル子爵は領地を持たず、王宮からの俸禄で暮らしと体面を保っている、いわゆる王都貴族だ。

 そのため、屋敷も財産も役目も王都にしか存在せず、不死神軍の侵攻時に持ち出せたわずかな家財以外のほぼ全てを失っている。

 それでも、王都の外に全く何の伝手もない貴族とは天と地ほどの差があるのだが、そこまで思い至る余裕がないのは、疲れ切った表情からも明らかだ。

 しかし、これから主と呼ぶべきジオグラルドの前で取り繕うこともしないキアベル子爵を許せない者が一人、この場にいた。


「キアベル子爵、一つよろしいでしょうか」


「な、なにかな、サツスキー男爵?」


「私も貴殿も、立場は違えど、公王陛下に身を救っていただいた恩義があることには変わりがありません。そのよしみで言わせていただくが、陛下の護衛騎士に妹御がおられるとはいえ、少々無礼が過ぎるのではないですか?」


「あ、いや、その……」


 爵位も年齢も下のサツスキー男爵に諭されて、思わず視線をさ迷わせるキアベル子爵。

 その先に、ジオグラルドの背後に立つセレスの、サツスキー男爵以上の極寒の眼を見て、さらに体を縮こまらせた。

そこへ助け舟を出したのは、ジオグラルドだった。


「そのくらいにしておいてやってくれ、サツスキー男爵」


「しかし陛下、子爵の言葉遣いは、陛下への敬意に欠けております。これを許せば、公国の秩序が保たれません」


「いや、これでいいんだよ。先代マクシミリアン公爵の死後、第三王子時代の僕にとって唯一の味方と呼べる貴族が、キアベル子爵だった。そのこと自体に疑いの余地はないし、公的な場での礼儀さえ重んじてくれれば、子爵への特別扱いを変える気はないよ」


「は、陛下がそこまでおっしゃるのでしたら、私に異存はございません」


 護衛騎士を務める妹に味方した、といえば聞こえはいいが、貴族社会におけるキアベル子爵の評価は、どこの派閥からもお呼びがかからない凡愚、というものでしかなかった。

 要は、第三王子派瓦解の際に、まともに立ち回ることができずに時勢から取り残された結果、ジオグラルドに忠義を捧げているという体裁をとり続けることしかできなかったのだ。

しかし、そんな優柔不断のキアベル子爵に、思わぬ幸運が舞い込もうとしていた。


「僕とセレスの関係を知る者なら、キアベル子爵の重要度に気づかないはずがないからね。この先、子爵の元には王都から逃れた貴族や商人から、僕への取次ぎを依頼する使者や書状が次々とやってくることだろう」


「……確かに、罪を問われて男爵に降格となったサツスキー家よりは、どの勢力とも確執のないキアベル子爵の方が話を持ち掛けやすいのは理解できます」


「それに、子爵の第一夫人は社交上手で知られていて、キアベル子爵家は内助の功で持っていると評判なほどだ。是非とも、夫人の助けを借りつつ、公国の外交を引き受けてほしい」


「そういえば、ともに避難してきた子爵の嫡子殿も、噂になるほどの俊英だったと聞いております。なるほど、陛下のお考えには感服するばかりでございます」


「いやはや、真に妻には苦労を掛けておりまして、よくもジュートノルまでついてきてくれたと感謝するばかりです、はい」


 主であるジオグラルドと格下のサツスキー男爵に暗に貶されたにもかかわらず、気にした風がないばかりか、夫人を称賛されてまんざらでもない様子の、キアベル子爵。

 その能天気さに毒気を抜かれたサツスキー男爵をニヤニヤと眺めているジオグラルド。

 しかしその表情は、「さてと」と前置きした直後に、真剣そのものに一変していた。


「二卿の働きによって、公国にとって害になる主だった者達を捕縛したわけだけれど、ここからが本番だということは理解しているはずだ」


 主に倣って畏まったキアベル子爵とサツスキー男爵にも、厳しい表情が浮かぶ。

 貴族にとっては木っ端に等しい平民でも、このジュートノルでは紛れもない有力者たちだ。

 扱いを一つ間違えれば、この後のジオグラルドの治政に支障が出るのは間違いない。


「二卿に命じる。必ずや捕縛者全員の罪を明らかにし、一人残らず処刑台に送り込め」


ジオグラッド公国公王ジオグラルドの初めての命が、非情にも下った。

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