第168話 断たれた境界線
「で、その橋をどう落としたもんかと悩んでいる内に大量のアンデッドに追い付かれて、現在絶賛迎撃中ってわけか。お前とセレスさんにしては珍しくしくじったみたいだな」
「いやあ、面目ない。いや、本当にね……」
ティアを助け出せて、無事に王都も脱出できて、あとはジュートノルに帰るだけ。
目覚めたばかりの頭で何となくそう思っていたところに、困り顔のジオから思いもよらないアクシデントを聞かされてしまった。
状況的にあまりのんびりしていられないみたいだけど、事情を知らないまま動くわけにもいかなさそうだ。
「現在、部隊を二つに分けて、一方は橋の前に布陣してアンデッドの迎撃中、もう一方は非戦闘員に最低限の護衛をつけてジュートノルに向かわせているよ。ちなみに、セレス、リーナ、ティアの三人はジュートノル組の方だ」
「三人とも?」
「ああ、皆まで言わなくても、テイルの疑問は分かっているよ。ティアはともかく、十二分に戦力になるセレスとリーナがこっちに残っていないのが納得いかないんだろう?」
「それを言うなら、ジオもいっしょにジュートノルに直行していた方が違和感がなかったんだけどな」
「それは無理な話だよ。いくら名目だけとはいえ、総大将の役目を負っている僕が我先に逃げ出すことは許されないよ。それは、今アンデッドと命がけで戦っている者達への裏切りに他ならない」
「そんなものか」
「そんなものだよ」
そう言われてしまえば納得するしかない。
それに、この話を深堀りするよりも先に聞くべきことがある。
はたしてジオは、俺の期待通りに話題を変えてくれた。
「で、セレスなんだけれど、端的に言うと、僕の名代としてジュートノルに向かってもらったんだ」
「名代?」
「ほら、あれじゃあないか。ジュートノルの政治機構だと、僕がいないといろいろと遅れるというか、責任のたらいまわしで全然事が進まないというか」
「ああ、そういう奴らの尻を叩くために、セレスさんと別行動になったってわけか。……でも、よくあのセレスさんが許したな?」
俺のイメージだと、ジオが土下座で頼み込んでも首を縦に振らないセレスさんしか思い浮かばない。
「テイル、そこはせめて従ったとか命令に復したとか言ってくれないかな?僕にも体面ってものがあるんだよ」
「いや、そんなもの初めからないっていうか……、おい、さっきからなにかごまかしてないか?」
「さ、さあ、何のことなのかな?全く身に覚えがないのだけれど」
「その不自然なセリフが身に覚えがある何よりの証拠だろ」
「……はあ、気づかれた上に言質を取られては話さないわけにもいかないか」
あのセレスさんがジオと完全な別行動をとっているってだけでも大事件だ。
つまり、リーナとティアに関しては、それ以上に話しにくい話題ってことになる。
「といっても、ティアの方はそれほど心配する必要はないんだ。テイルが身を挺して庇ってくれたおかげでかすり傷程度で済んでいるし、一応受け答えもできているから心の傷も深刻ではないと思う。問題は、リーナの方だ」
「リーナが?」
「うん。滅多なことは言えないけれど、心の傷という意味ではティアよりもリーナの方が深いようなんだ」
「冗談だろ?」
そう声に出そうとして、直前で止めた。
茶化して無理やり空気を明るくするには、ジオの表情が真剣すぎたからだ。
「実際に親交を温める期間は短かったとはいえ、一応は元婚約者だ。それなりにリーナを理解している自負があったけれど、見事に思い込みを打ち砕かれた思いだよ。正直、リーナの身近な者への愛情があれほど深いとは思いもしなかった」
「そこまで、なのか?」
「錯乱こそしなかったけれど、ひとしきり涙に暮れた後はひたすら放心状態でね。食事も受け付けずに何とか水分だけを摂らせている有様だよ。これがもう数日続くようなら、本格的な治療を講じる必要が出てくるだろうね」
「ち、治療って……」
「ああ、これはあくまでもリーナを診察した治癒術士の意見でね、僕としては、しばらくの間誰かさんが寄り添って励ましてあげれば、日常生活を送れる程度にはすぐに復調すると見ているけれどね」
「……わかったよ。落ち着き次第「可及的速やかに頼むよ」できるだけ早く会いに行くよ」
さすがに、この期に及んで、ジオの言うところの「誰かさん」に関して、思い違いをすることはなかった。
そもそも、リーナに会いに行かないって選択肢があり得ないしな。
――まあ、会って何を言えばいいのか、っていう難題は今は置いておくとして。
「なんか、ずいぶんと話が逸れている気がするんだけど、本題が別にあったんじゃないのか?」
「うん、そうなんだけれどね。こうして雑談をしながら、テイルの体調を確認していたのさ。この分なら支障はなさそうだ」
「……本当か?」
「半分は本当さ」
「半分は嘘なのかよ」
話の流れからして、どうやらジオは俺にもうひと働きしてもらいたいらしい。
確かに、今は治癒魔法で治してもらっているとはいえ、満身創痍の状態で帰ってきたわけだし、半分だけだとしてもその気遣いはありがたい。
「テイルがリーナとティアの安否を知りたいだろうと思ってね。それに、アンデッドの追撃を受けてはいても今は散発的な程度だ。レナートが先頭に立って撃退しているから、多少の余裕はあるんだよ」
「さすがは王子様。現場の苦労を知らない傲慢発言だな」
その王子様にタメ口をきいている俺はどうなんだと思わなくもないけど、それはそれ、これはこれだ。
そして、神は傲慢な人族に等しく罰を与えるものらしいと、すぐに身をもって知ることになった。
コンコン
「殿下」
「……うん、うん、わかった」
窓を叩いたのは、馬車の護衛をしている烈火騎士団の騎士。
その騎士から窓越しに報告を聞いたジオは、嫌味なほどにさわやかな笑顔でこう告げた。
「いやあ、口は禍の元だね。物見の報告で、不死神軍の本格的な追撃部隊がこっちに向かってきているそうだよ。すぐに向かうとしようか」
もはや一刻の猶予もないとのことで、護衛ごと馬車でドワーフの橋に向かった俺達。
それほど時をかけず橋のこっち側に到着すると、騎士と冒険者の集団に混じって、前かがみで死にそうなほどに息を切らしているレナートさんの姿を発見した。
「やあやあレナート、時間稼ぎの任、ご苦労だったね」
「ハア、ハア、ご、御命令通り、できる限りの悪あがきをやって見せましたよ、で、殿下。逃げ際に大技をぶっ放してきたんで、しばらくは大丈夫なはずです」
「重畳重畳。ジュートノルに帰った後の褒美は、期待してくれてもいいよ」
「そ、それで、そっちは大丈夫なんでしょうね?」
「うーん、たぶん?」
「た、たぶんって!?」
「仕方がないじゃあないか。セレスならともかく、僕にはテイルの復調具合を見抜く才能なんてはないのだから」
「そりゃあそうでしょうけどね!!」
「というわけで、頼むよテイル」
「マジで頼むぞ!!」
「まあ、やるだけやってみるよ」
どうやらいつもの余裕が戻ってきたらしいジオにそう応じて(鬼気迫るレナートさんはスルーした)、再び装備した腰の剣を抜く。
『使用者の確固たる意志を観測しました。パワースタイル移行、ギガライゼーション第一展開』
「いいかい、テイル。この地を追われたドワーフ族が残していった技術、その一つを流用して作られた橋は、あらゆる魔力の干渉を受け付けない。要は、魔導士には橋の破壊は不可能なんだ。おまけに、一定ダメージに対する自動修復機能のおかげで、チマチマとした破壊工作ではイタチごっこにしかならない」
さっきまでいた場所からここに来るまでのわずかな間にされた、ジオからの説明を反芻する。
「残された方法は一つ。圧倒的な物理攻撃で橋の構造体を一撃粉砕するんだ」
「ふ、粉砕って。万全の状態でも、そんなことができるか自信はないぞ」
「大丈夫。もしテイルが駄目でもレナートが後に控えているから、大船に乗った気持ちでやってくれればいい」
「それなら、最初からレナートさんにやらせた方が良くないか?」
「それじゃあ駄目なんだよ。レナートには無くて、テイルには有るもの、何だと思う?」
「それ、逆だったらほぼ全部って言えるんだけどな」
「あるんだよ。レナートが気が狂いそうになるほど欲していて、結局は到達できなかったものが。そしてそれを多くの者に知らしめるためには、実際に見せるのが一番なのさ」
橋の手前に立って、重装甲を犠牲にする代わりに手にした、エンシェントノービスの力の象徴たる黒の大剣を、天に向かって掲げる。
背後では何人もの同様のざわめきが起きているけど、すべて無視してただ一撃に集中する。
「やれ。やってしまうんだテイル。全てが壊れる世界でさらに壊して、そして人族の生きる道を切り拓くんだ!!」
谷の底から強風が吹き荒れて鼓膜を打ち続けている中、聞こえるはずのないジオの声が頭の中で響く。
その、何もかもを呪うような、それでいてありもしない希望にすがるような声に押されて、パワースタイル唯一無二のスキルを発動、人族とアンデッドとの境界線を斬り割った。
「『スラッシュ』!!」
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