第163話 脱出行 上
秘密通路を出た先は、確かに第三王子宮の外だった。
たぶん魔法によるものなんだろう、等間隔に薄暗く照らす石床が長く続いていた。
その、緩やかに上る通路の突き当りにあった壁を押してみるとゆっくりと外に向かって開き、外に出て振り返ってみると、見覚えのある第三王子宮を仕切る高い壁だった。
――向こう側は庭のはずなんだけど、どういう仕掛けなんだ?
まあ、いま考えることじゃないか。
そう、とりあえず自分を納得させて、周囲を見回す。
すぐ側に十字路があるけど、どこも貴族の屋敷の壁があるばかりで、人の気配も死人の気配も全くない。
アンデッドの気配も何もないのかもしれないけど、とにかく姿はない。
一見すると隠れる場所が一つもない危険地帯だけど、それが逆に警戒の必要性がないんだろうか。
そうしてひとまずの安全を確認して、抱き抱えていたティアを地面に降ろした。
「アレク、アレク……」
涙こそ止まっているけど、うわごとのようにアレクさんの名前を呟くティア。
できれば心が落ち着くまで悲しみに浸らせてやりたいけど、そうも言っていられない状況なのは頭の良いティアのことだからわかっているはずだ。
案の定、話を始めるためにその小さな両手に触れると、ティアはビクッと体を震わせて反応した。
「ティア、できればゆっくり休ませてやりたいところだけどそうもいかない。ジオのいる南門までたどり着かないと、本当に助かったことにならない」
「……そんなの、アレクを置き去りにして」
「そのアレクさんが望んだんだ、ティアに生きていてほしいって」
「っ!!」
「アレクさんの思いを受け取ったから、俺は絶対にティアを助ける。だけど、俺一人の力だけじゃアンデッドの大軍を突破できない。ティアの協力が必要なんだ」
「わたしは、何をすればいいの?」
さっきと変わらず、悲しみに満ちたティアの声。
だけどそこには、確かに生きようとする意志が感じられた。
そのことにほっと胸を撫で下ろししながら、「簡単なことだ」と前置きした上で言った。
「俺を信じてくれ」
信じるだけで何とかなるなら苦労はしない。
そう蔑む人は俺の周りに実際に結構いるし(元雇い主とか)、それもある意味で真実なんだろうと、実体験をもって俺も思う。
だけど、そんな甘い考えが通用するのは人族の中でだけだ。
魔物と遭遇した時。
ダンジョンの罠にかかって帰り路が分からなくなった時。
食糧が尽きてその場で調達しないとならなくなった時。
信じられるのは自分の知識と経験だけだ。
そして、それ以上に難しいのが、他人を信じるという行為だ。
「ん、ちょっときつい」
「ちょっとの間だけ我慢してくれ。これより緩いと、装甲に体が当たって怪我をしかねないんだ」
「わかった」
「いいか、何があっても絶対に手足を出すんじゃないぞ。ここから俺は、ティアがその姿勢でいることを当たり前のものとして、全力で動く。ティアが俺を信じて身を任せてくれるか次第で、生還の確率が変わってくる。頼んだぞ」
「わ、わかったわ」
緊張を漂わせながらも、俺の胸に体を密着させながら、ティアは小さく頷いた。
その幼い体は、俺が持参してきたロープでガチガチに固定されて、一人じゃ解けない状態になっている。
俺が散々かき乱したせいで一段と警戒が厳しくなっているだろう、南門へ通じる大通り。
土地勘のない王都で更なる遠回りという選択肢がない以上、どうしたって同じ道を復路として使うしかない。
となると、採れる手段はただ一つ、強行突破だ。
そのために無い知恵を絞って考えたのが、小さなティアを俺の体に固定して、文字通り一心同体で突き進むというものだった。
「でもテイル、こんな感じで動きづらくないの?せめてわたしを背負った方がまだマシなんじゃ」
「だめだ。それだと上からの攻撃に気づけなかった時にどうしようもない」
前か後ろか、それは俺も考えたけど、迷ったのは一瞬だった。
これが、移動に専念すればよかったりただの荷物だった場合はそれでもいい。
だけどここは戦場で、背中に飛んできたたった一本の矢が致命傷ともなりかねないとなると、消去法でティアを懐に抱える形でくくりつけるしかない。
もちろん、往路のような全力の動きは、はっきり言って無理だ。
スピードスタイルを生かした、前後左右上下に敵をかく乱する機動を使えばバランスを崩して派手にスッ転ぶだろうし、なによりティアの体が持たないだろう。
だけど、全力の動きができないことが、そのまま俺が全力を出せないということにはならない。
もう一度だけ体の動きをチェックしてから、歩き出す。
王宮の高い建物のお陰で今いる位置はなんとなくわかるし、距離もごくごく近い。
それほどかからずに大通りに出ることができた。
「テ、テイル……」
ティアが前を見ながら、ライトアーマーの隙間から服を掴んでくる。
その視線の先には、我が物顔で大通りを占拠している死霊騎士の一団。
奴らの体の向きが一斉にこっちに向いてくれば、ティアでなくても恐怖を感じるのは当然だ。
もちろん俺も――と言いたいところだけど、今は他にもっと考えるべき、イメージするべきことがある。
『使用者の魔力の限界を観測しました。ギガンティックシリーズ、マジックスタイルに移行します』
「えっ、テイル……?」
――そう言えば、ティアにマジックスタイルを見せたのは初めてだったっけ?
とりあえず、説明は後回しだ。もう脱出行は始まっている!
星空のとんがり帽子を目深にかぶり、夜の帳のマントをはためかせ、左手でティアを抱えて、右手一本で保持した漆黒のワンドに魔力を集める。
その力を向ける先は――
『対象、立ちふさがる全てのアンデッド。残存魔力を参照して補足次第フルオートで攻撃。最上位四元魔法ゼピュロス。発動可能。いつでもどうぞ』
「……四方の王の一角、北より奔りて極点で吹き荒べ、『ゼピュロス』!!」
フワッ
最初に起きたのは、春の陽気を運ぶようなそよかぜ。
だけど、渦を産みながら前進を始めたそれは、すぐに疾風と化し、やがて旋風となって塵を舞い上げ、さらに豪風が死霊騎士の一団に直撃し、巨大な竜巻となって両側の建物ごと大通りを蹂躙し始めた。
「行くぞティア」
「う、うん!」
俺の言うことを聞いて健気にも手足を折り畳んでいたティアがそう言って、さらに体を縮こませる。
それを確認してからもう一度スピードスタイルにチェンジ。
今や暴虐の限りを尽くす風の神の現身に遅れないように、巻き添えを食らわないように距離を保つことを心掛けて走り出した。
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