第161話 辿り着いた書庫
第三王子宮は広大だ。
どれくらい広大かっていうと、それなりの日数を過ごしたはずの俺が、足を踏み入れた区画が未だに半分以下ってくらいに広大だ。
だから、宮殿の外にも届くくらいの音の発生源もはっきりとは分からず、とりあえず適当に走り回って探し出す必要があった。本来なら。
でも、そんな理屈は吹き飛んでいた。
一番近い通用口の錠を剣で壊して入った時には、一直線に目当ての場所へと走り出していた。
仮にも冒険者学校で学んだんだ、魔物の領域での迂闊な行動がどういう結果を招くのか、分からないわけじゃない。
それでも、今だけは直感に従うことにした。
その結果――
ドオォン! ドオォン!
見つけたのは、本館の長い長い通路の突き当りの一つ、そこにある書庫の扉に、どこから持ってきたのか丸太を破城槌代わりにして打ち付けている、四体の死霊騎士。
そしてその場所は、ティアのお気に入りの書庫。
――確定だ、ティアは書庫に立て籠もっている……!!
ティア救出の二つの難題。
王都を我が物顔で歩く無数のアンデッドとの戦いと、ティアの居所の特定。
だけど、その二つが同時に襲い掛かってくる状況なんて想定していなかった……くそっ!
最優先は、四体の死霊騎士の排除。
だけど、この間合いで一番効率が良くて、かつ安全に攻撃できるマジックスタイルは使えない。
万が一俺の魔法が死霊騎士に弾かれたら、そして死霊騎士の侵入を阻んでいる、外気を遮断するための頑丈な書庫の扉の前にもしティアがいたりしたら。
未だに未熟の域を出ない俺の魔法の腕じゃ、どうしてもこの不安をぬぐえない。
――だったら!!
先手必勝。
通路の床が軋むほどに踏み込んで、一気にスピードスタイルのトップスピードまで急加速。
その勢いのまま――
『パワースタイルに移行します』
右腰だめに構えていた巨大化した黒の剣を旋回、壁に食い込むのもかまわずに力任せに引き回す。
元は人族とはいえ、手加減はしないしできない。
ここで討ち漏らせば扉の向こうのティアの身に危険が及ぶことになるし、なにより援軍を呼ばれたら万事休すだ。
心の片隅にわずかに残る躊躇もまとめて粉砕する勢いで、黒の大剣を振り抜く。
あとは右手前の死霊騎士の重厚そうな鎧に届くのを見届けるだけ。
だけど、最速の攻撃を繰り出したつもりの俺は、やっぱり甘かった。
それは死霊騎士の強さを低く見積もっていたというよりは、素体となった騎士の生前の実力を真剣に考えていなかったと言うべきかもしれない。
気づいた時には、とっくの昔に丸太から手を離していた死霊騎士は腰の剣を引き抜き、俺の斬撃に合わせようとしていた。
相手に対応された時点で失敗。
その考えが頭に浮かんではいても、いまさらやめるわけにもいかない。
そんなわけがないのに、この数瞬で全身から汗が噴き出すような感覚に襲われながら、必死で両腕を前に伸ばした。
ガガガガガガシャアアアン!!
一閃。
寸毫の差で死霊騎士の体に到達した黒の大剣は勢いを落とすことなく他の三体の死霊騎士を巻き込み、耳障りな音楽を奏でながら左の壁に激突した。
さらに、受け身も取らずに床に落下した死霊騎士達に向けて上段に構え直した大剣を躊躇なく振り下ろし、それぞれの頭を守っている兜ごとひしゃげさせた。
――危なかった。
ほんの少しでも動きを鈍らせていたら、こうなっていたのは俺の方だったかもしれない。
正直、最初の横薙ぎの斬撃で十分に倒せると、最初は思っていた。
それが、確実に仕留めたと言い切れるくらいのとどめを刺したのは、死んでいるのに動いているというアンデッドの恐ろしさを、本当の意味で肌で感じたからかもしれない。
特に、直接大剣をぶち込んだ死霊騎士が、壁に激突してからも剣を落とさなかった光景をこの目で確認したら最後、もう体が止まらなかった。
臆病だからこそ残酷なことができてしまった、と言ってもいい。少なくとも、素体となった騎士への敬意なんて欠片も持っていなかったのは確かだ。
見も知らぬ相手だけど、生前はきっとひとかどの人物として、それぞれが惜しまれながら埋葬されたに違いない。
そんな彼らを死後とはいえ、無残な姿にしてしまったことに罪悪感を覚えないわけがない。
本当なら、せめてファーストエイドで消滅させて、騎士としての最低限の尊厳を守るべきなんだろう。
それでも、四体の死霊騎士のなれの果てを放置して、俺は行く。
ここで憐憫をかけることが生死の境目になったら目も当てられないし、それで死ぬことになったらそれこそ非情になった意味がない。
先へ進む。
目的地は、すぐそこだ。
死霊騎士が手を焼くほどに頑丈な書庫の扉。
その鍵の在り処に心当たりがないわけじゃなかったけど、管理していただろう執事の部屋まで行く手間が惜しい。
これ以上時間をかけたくないというのもあるけど、他にも死霊騎士が入り込んでいる可能性が何より恐ろしい。
もしかしたらさっきの戦闘音を聞いて、今まさにここに駆けつけている最中だと思えば、強硬策しか思いつかない。
ボォン
できるだけ音を響かせないように、それでいて扉の錠を破壊するのに十分な威力の着火魔法。
王都までの旅に出るまでは誇張なく毎日使っていた魔法だ。力の加減は本職にも劣らない自信がある。
不安は錠の強度だったわけだけど杞憂だったらしく、爆発と一緒に何かが外れるような金属音がした。
一応警戒して、そして扉の向こうに余計な警戒をさせないように、ゆっくりと扉を開ける。
度重なる攻撃で大きく傷ついてた扉だけど、それでもしっかりと役割を果たして中の様子を晒していく。
――どうやら問答無用で攻撃されるという、同士討ちは避けられたみたいだ。
とりあえず安心して小さく息を吐き、同じ分だけ吸い込んで気合を入れ直す。
とそこへ、視覚に遅れる形で書庫の中の匂いが鼻についた。
たくさんの古い紙が醸す独特の匂いと、そして普段は滅多にない、だけど今の王都だと一番嗅ぎ馴れてしまった錆にも似た――
焦りが理性を上回って、思わず駆け出す。
最悪の事態が頭を離れず、足音に気を遣っている余裕も無い。
「ティア!どこだっ!?」
書庫の中にも死霊騎士がいる可能性は分かっている。
それでも声を出す愚かさを無視して叫ぶ。
果たして、幸運にも判断は正しかった。
「テイル!!」
俺を呼ぶその一言で、居場所を書庫のさらに奥の司書室と確認。
足を動かすのももどかしく思いながら、本棚に体をぶつけない程度に急いで、司書室のドアノブに手をかける。
幸いにも鍵がかかっていなかった司書室を開けると、腹の辺りを真っ赤に染めたアレクさんと、顔をくしゃくしゃにして泣き腫らしているティアの二人の姿があった。
「テイル!アレクの傷を治して!」
「姫様、私はもう……」
再会の喜びを分かち合う間もなく、泣き叫ぶティアと語気が弱々しいアレクさん。
状況はよく分からないけど、たぶんティアを庇ったアレクさんが深手を負ったんだろう。
とにかく、治療が先だ。
無言のままにティに頷き返して、唯一使える治癒魔法を行使する。
『ファーストエイド』
患部と思える服の裂け目に手を当てて、治癒の光を注ぐ。
やがて傷から流れていた血が止まると、痛みが治まったらしいアレクさんが小さく息を吐いた。
だけど……
「アレク!ほんとうによかった!」
喜ぶティアに対して、アレクさんは顔面蒼白のまま。
そしてこの場には他にいない以上、真実を告げられるのは俺しかいない。
「ティア」
その小さな肩に手を置いて、語り掛ける。
笑顔のまま振り返ったティアだったけど、俺を見てその顔を曇らせる。
――できれば言いたくはなかった。
だけど、ティアは王女に相応しいほどに賢くて、なにより現実は無情に迫ってくる。
その前に誰かが教えることが、少しでも痛みを和らげると信じるしかない。
「アレクさんは手遅れだ。間に合わなくてごめん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます