第160話 当たってほしくない予感


 スピードスタイルはまさに移動するための姿ではあるけど、どんな時でも使っていい力じゃない。

 進む先に無数の敵が待ち構えていると分かっている場合は、特に。


 高速移動の最大の欠点は、障害物の回避に意識の多くを注がないとならないところだ。

 小石一個に躓いただけで、大事故になりかねない。

 ましてや、今はできるだけ敵に見つからないで進みたい状況。

 その判断が間違っていなかったことを、潜む柱の向こうを行進する死霊騎士の一団が放つ強者のオーラに冷や汗を掻きながら実感していた。


 死霊騎士。


 一応はアンデッドの上位種と言われているけど、その起源は通常種と全く同じ、死体に死霊術をかけているだけに過ぎない。

 違いがあるとすれば、生前の強さを受け継いでいることと、主である死霊術師の命令に忠実だってことくらいか。

 それに死霊騎士の場合、生前の功績を称えるために、愛用していた武器鎧を身につけさせたまま埋葬されることが多く、下手な魔物よりも数倍恐ろしいと言われる原因になっている。

 もちろんそうならないように、墓地は厳重に管理されているし、死霊術除けの魔法的対策も十分にされているそうだ。

 その信頼を第二王子やワ―テイルに逆に利用されてしまった――というところまでが、ジオやセレスさんからの受け売りだ。


 とはいっても、死霊騎士自体はそこまで苦戦する相手じゃない(俺が言っているんじゃない、セレスさんやレナートさんの言葉だ)。

 単体で見ればアンデッド化して身体能力の落ちた騎士でしかなく、聖術という明確な弱点が増えた、いわゆる倒しやすい敵となるのだそうだ。

 まあ、ここまで分かれば俺でも勘付く。

 騎士の一番厄介なところは、集団戦闘のエキスパートだって点だ。


 ザッザッザッザッザッザッ――


 死の足音が空気に溶けていったことを確認して、オーガの群れと同じくらいの緊張感を解いて、前後左右に気を配りながら慎重に進む。


 速さだけを求めていた今までに加えて、この先はいかに敵の目を掻い潜って進めるかがカギだ。

 理由は二つ。


 一つは、単純に死霊騎士と戦ってはいけないからだ。

 ついさっきここを通っていった数は、足音からしてたぶん十二体。

 決して調子に乗ったつもりはないけど、そのくらいなら多少の時間をかければ倒せると思う。

 問題は、「多少の時間」がかかってしまうところだ。

 どういうわけか知らないけど死霊騎士は、通常のアンデッドにはない自我と知能を持っているらしい。

 でなければ、あれだけの規律正しい行進ができるわけがない。

 そしてそれは纏まった行動ができる証拠で、もっと言えばレベルの高い集団戦闘ができるってことだ。


『白陽宮正門でのことは忘れなさい。あの時の死霊騎士は数も少なく、相手が正門の封鎖に徹していたから虚をつけたに過ぎません。仮に私達の殲滅を優先していたら即援軍を呼ばれ、無傷では済まなかったでしょう』


 セレスさんからの忠告を胸に、あくまでも戦いを避けながら進む――さっきまでいた白陽宮の近くまで戻る。


 十なら倒そう。二十なら渡り合おう。

 だけど百なら?二百なら?千なら?

 考えても無駄だろうし、そうなった時点で終わりだと思った方がいいんだろう。


 ――こんなことになるとわかっていたら、レナートさんに潜入術も教えてもらえばよかった。






 ティアを助けに行くに当たって、手助けをしてくれたレナートさんは、もう一つ手がかりをくれた。

 というより、いつの間にかに襟元に差し込まれていた紙片に気づいて広げてみると、いくつかの目印が付いた簡単な地図が描かれていた。

 冒険者学校で学んだ地図の見方を思い出しながら考えるに、この目印はティアがいそうな場所の目星ということなんだろう。

 目印と一緒に書かれていた内の一つに、ティアの宮殿の名前があったから、多分間違いない。

 当然、ティアがいる可能性が一番高いのはその宮殿っていうことになる。


 そこまで思い当って向かったところ、深刻な問題が起きた。






 ――駄目だ、辿り着くどころか近づける気さえしない……!!


 進んでいる途中から、予感はしていた。


 いわゆる貴族区画に入ってから現れ出した死霊騎士。

 その数――密度は進むにつれて高くなって、とうとう王宮の外周部に至って、アリの這い出る隙間もないほどの大軍が闊歩する、まさに死の都と化してしまっていた。

 念のため、他の方角から何とか侵入できないものかと、時間経過の焦りを抑えながらあちこちから窺ってみたけど、結局は徒労に終わった。


 ――どうする?イチかバチか突撃してみるか?


 浮かんだ考えを、理性が即座に却下する。

 言うまでもないけど、目的はティアの救出だ。

 ここで俺が単独で特攻して死霊騎士の大軍相手に大立ち回りを演じて、それでティアが助けられるんなら、いくらでも暴れる覚悟はある。

 だけど、それじゃなにも事態は好転しないし、普通に包囲されて無意味に死ぬだけだろう。

 だけど、このまま何もしないというわけにもいかないし、そもそもそんな考えがちょっとでもあれば、俺は今ここにいない。


 とりあえず物陰じゃ心許ないと思って手近の貴族の屋敷の物置らしき建物に入ってどうしたものかと無い頭を捻っていた時、一つ見落としをしていたことに気づいた。


 言い訳をするわけじゃないけど、これは完全に俺のミスだ。

 少なくとも、レナートさんからもらった地図にはしっかりと目印が刻まれていたし、俺もこの目で確認していた。

 有体に言ってしまえば、単に俺が最初から意識することをやめてしまっていたせいだ。


 誰が想像するだろう?

 そこは避難が完了していてとっくの昔に主の姿はなく、それはティアも絶対に知っているはずだ。

 もともと警備の数も少なく、死霊騎士で溢れた王宮付近で立て籠もるには構造的にも適していない。

 なにより、宮廷魔導士にも引けを取らない実力と知識を持っているティアが、そんな不合理な行動に出るか?って半ば確信に近い思いを持っていたからだ。


 可能性と言うには、あまりにも薄く儚い目算。

 ある意味で一番当たってほしくない、ティアの居所だった。






 ドオン   ドオン


 その、腹に響くような音を聞いた時、不安が的中した。

 この辺りに俺以外の生きている人族がいる可能性は限りなく低い。

 本来の住人たちは――王宮近くに住めるほどの貴族達なら家臣を引き連れて安全な場所まで逃げているか、あるいは逃げ遅れたか、その二択しかないはずだ。

 それ以外に、まだ不死神軍相手に抵抗している騎士がいる可能性もないじゃないけど、それだけの人数がいればとっくの昔にすりつぶされているだろう。

 残るは一つ、ごくごく少数で隠れ潜んでいたけど、ついに見つかって今まさに攻撃されているとしか思えない。

 そして、この音が聞こえる距離と方角。

 あまりに身勝手な――不安よ外れてくれという思いが、周囲の警戒を忘れさせ、この足を急かす。


 果たして、俺の予感は当たった。


 その場所――無人のはずの第三王子宮から聞こえる戦闘音だと確信した瞬間、全身から冷や汗が噴き出した。

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