第159話 打ち破るべきトラウマ


 ちょっと誤解していた――というより、見過ごしていたと言った方が正しいか。


 不死神軍は、騎士の死体を利用した死霊騎士と、それ以外の普通のアンデッドで構成されていると思い込んでいた。

 だけど、それはありえない。

 今は同じように見えるどのアンデッドだって、生前は別々の人生を送っていた。

 農民、商人、役人、聖職者、奴隷。

 そして、騎士じゃなくても一般人とは一線を画した戦力を持っている奴らだっている。


 例えば、冒険者とか。






 最初に目に着いたのは冒険者の装備――でもなかった。

 一言で言うと、動きがまるで違った。

 肉体が損傷してるからか、それとも意識が希薄なせいか、それは分からないけど、アンデッドの行動はいちいち遅い。

 襲い掛かってくる時ですら、俺に寄り掛かるように倒れ込んでくるような感じだから、どうあっても生前の身体能力は出せないんだろう。


 だけど、目の前の四体は違う。

 前から漂ってくる腐臭は驚くほど少なく、その挙動から肉体もちゃんと機能していることが分かる。

 奴らの装備もどこから調達してきたのか、使用自体は何の問題もなさそうに見える。


 ――あれさえなければさっさとすり抜けていたし、トラウマも刺激されなかったんだけどな……


 そう、先を急ぐ必要があるのに思わず足を止めたのは、四人組のバランス型冒険者パーティという共通点だけで、アイツら――レオン達の姿を重ね合わせてしまったからだ。

 そして、間抜けにも足を止めてしまったことで、不必要な戦いが始まってしまった。


 ウウウ――


 まるでアイコンタクトでもしたかのように、一瞬だけ互いの顔を見合ったアンデッド冒険者達。

 そこからの動きは素早かった。


 ウオオッ!!


 まず飛び出してきたのはスカウト。

 生きている人族とそん色ないスピードでこっちに向かってくるその両手には、いつの間にかにナイフが握られている。


 その後ろに控えて、一歩の動かない戦士。

 だけど、攻撃の意思がないわけじゃない。

 その証拠に、アンデッドの体のどこに隠していたんだというオーラを出しながら、手にしていた斧を腰だめに構えている。

 あれはきっと武技だ。打たせたら最後、間合いに関係なく俺に襲い掛かると思った方がいい。


 さらに戦士の背後には、治癒術士と魔導士の二体の後衛ジョブ。

 魔導士はセオリー通り、俺への攻撃魔法の詠唱。

 だけど、基本的に戦闘に加わらないはずの治癒術士も、口元を高速で動かしている。

 どうやら、目の前の戦士に何かの加護を与えているらしい。


 状況は理解できている。ちゃんと視界を広く取って見えている証拠だ。

 こいつらを無視して進むことはもうできない。

 かと言っていったん逃げることも、追撃がかかる上に置き去りにしたアンデッドの群れのところに戻るという、一番の悪手にしかならない。

 なら、活路は目の前の敵を破る道しかない。


 だけど情けないことに、足が動かない。

 そんなはずはないのに、斧を構えている戦士のアンデッドとレオンが重なって見えて、手足が凍ったように言うことを聞かない。

 これは恐怖なのか?レオンへのトラウマなのか?

 一番近いスカウトのアンデッドに集中しないといけない時になのに、今にも武技を繰り出そうとしている戦士のアンデッドの、憎悪に歪んだ顔から目が離せない。


 ――動け、動け、動け……!!


 そう念じながら、それでもスカウトのアンデッドが持つ錆まみれのナイフが喉元に迫るのを止められない――瞬間、脳裏に響いた声は俺のものじゃなかった。


『頼む。僕の妹を、ティアを助けてくれ』


 身体が動いた。

 だけど、迫る凶刃から素早くかつ失敗せずに距離を取れる自信はない。

 そう判断した時、迷う前に別の声が浮かんだ。


『とにかく手を出せ。手数の多さがお前の最大の武器だ。無い頭で考える前に、まずは敵の動きを止める方法を手札からチョイスしろ』


 ――そうだ、こんな遅い突進、レナートさんの魔法剣に比べたら……!!


 追い詰められた時、真っ先に頼るべきは一番慣れた方法。

 そう考えて、レナートさんの訓練でも一番使った手段――足元の拳サイズの瓦礫を拾い上げて、腕の振りだけでスカウトのアンデッドの頭目掛けて投げ放った。


 俺からしたらナイフでガードさせて少しでも隙が生まれればいいくらいの投石は、しかし狙いを過つことなく威力十分に、ウスノロのスカウトのアンデッドの腐敗した頭を粉砕、貫通した。


 グシャアアアッ!!


 ついでに勢いよく仰向けに転倒した、スカウトのアンデッドだったモノ。戦闘可能かどうかは疑うまでもない

 だけど、戦いの意識はすでに残りの三体に移っている。


 今度こそレオンの呪縛から解き放たれた体を浅く屈めて、ピタリと定まった瞬間にスピードスタイルの速度を生かして駆け出す。

 迎え撃つのは、腰だめの斧を振りかぶろうとしている戦士と、詠唱を完了した後衛二体。

 戦士の体が加護の光に包まれるのと、魔導士が炎の球を三つ頭上に浮かべたのと、その炎の球に俺の着火魔法が直撃して直下に無数の火の粉が降り注いだのは、ほとんど同時だった。


 ボオオオオオオオオオッ!!!!


 うめき声も掻き消されるほどに、普通の炎にしては異常に燃え上がる魔導士のアンデッド。

 今となってはどんな魔法だったのかは知ることはできないし、今は知る余裕も無い。

 目下の脅威は、治癒術士の加護を得てさらに力を増した戦士のアンデッドの武技。

 それに対抗するために、ほんの少し速度を落としながら上半身だけで迎撃のための構えを取る。


 武技には武技。


 唯一使える戦士のスキルを、未だに慣れない移動中に発動。さらに彼我の武器の重量差。

 客観的にはどう見ても俺が不利だ。

 だけど、戦士のそれより優れている俺の五感は、あっけない幕切れをすでに予測してしまっていた。


 バギイイィン


 戦士のアンデッドによる加護付きの横殴りの斧撃は、激突の寸前にパワースタイルに移行した俺の黒の大剣によって打ち砕かれ、そのまま本体ごと両断した。

 終わってみればエンシェントノービスの身体能力を生かした圧勝劇――というのはまだ早い。


 ――あと、一体!!


 残心もそこそこに、残る治癒術士のアンデッドに向き直る。

 だけど、それは杞憂だった。


 ウウ、ウウウウ――


 短く、それでいて悲し気に唸った治癒術士のアンデッドは、俺の存在を無視してすれ違い、一番近い戦士のアンデッドところまで歩いて、また詠唱を始めた。


 それが、生前の記憶を頼りにした治癒魔法なのか、それともアンデッドの死体すら復元できる奇跡なのかは分からない。

 だけど、俺にとって重要なのはあくまでも立ちふさがる敵であって、仲間を助けるためだけに動いている悲しい魔物じゃない。

 いや、ここがジュートノルなら、明確な脅威と思ってきっちりと倒していたと思うけど、今はティアの救出っていう、他に優先するべきことがある。

 その邪魔にならないなら、あいつは俺の敵じゃない。


 あと半分。


 その言葉を胸にスピードスタイルに戻しながら、王都の中心部に向かってまた走り出した。

 後ろは振り返らなかった。

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