第158話 全速力で
石畳を駆ける。
王宮に向かって真っすぐに伸び、太陽の照り返しで一層白さを際立たせる大通りは、俺の為だけに用意された道だと錯覚するくらいだ。
――道々に転がる瓦礫や壊れた馬車、ちゃんと死んでる死体さえなければ。
遠くの方でいくつも立ち昇る黒煙は、近づかないことだけを頭に刻みつけて無視する。
エンシェントノービスになって結構経つ。その間に中々に密度の濃い経験を積んできたつもりだけど、さすがに炎の中に突撃したことは一度もない。
服に燃え移ったり煙に巻かれたりするのは一度だって御免だってこともあるけど、理由はもう一つ――
オオオオオオ
聞こえてきたうめき声の方向――差し掛かった左の路地に一瞬見えた複数の人影。
本来なら、生きている人かアンデッドかちゃんと確認しないといけないところだけど、今回は後者だと断言できる。
そう、あれは間違いなく――
グオオッ!!
さらに一つ先の路地から、進路を塞ぐように現れたアンデッド。
その身体のあちこちが燃えていて、右腕は炭化して肘から先がなくなっていた。
――俺の知る限り、火傷している最中にノロノロと歩ける人族なんて絶対に存在しないからな。
そう自分に言い聞かせながら、片足を引きずりながら向かってくる炎上アンデッドへの対処法――南門防衛直前の空き時間に授かった、セレスさんの金言を思い出す。
『いいですかテイル、多くの人にとってのアンデッドとは、戦うべき相手ではありません。聖術などの対抗手段を持たない者はもちろんですが、基本的に人族よりも移動速度で劣る奴らに対して最も有効な方法とは――』
なら答えは一択、戦わない。
ゆっくりと掴みかかってくる腐敗した左腕をすり抜けてその脇から――なんて芸当ができるわけがないから、少しだけ安全寄りの動きで。
アンデッドの間合いからさらに離れた距離で深めの踏み込み。
大きく右に跳んで窓が破壊された商店の壁に右足をつけて反動を利用しながらさらにジャンプ、風圧を感じながら左斜め前に着地した。
もちろん、振り返るようなことはしないし、速度も緩めない。
ジャンプした時とほぼ同じ距離にいるアンデッドが、ようやくこっちに向き直り始めたのは気配でわかるから、無視して先を急ぐ。
目指すは王都中心部、そこまで最小限のロスで行く。
「ファーストエイド!!」
とはいっても、王都の道幅には限界があって、湧いてくるアンデッドには今のところ限界は見えない。
当然、今みたいにすり抜けるのが難しいほどアンデッドが群れている場合だってある。
撤退はありえないし、王都の地理に疎いから迂回も無理。
それなら強行突破しかない。
「どけえっ!!」
言葉が通じるわけもない相手だけど、それでも気合を入れるために叫ぶ。
全部を滅ぼす必要はない。あくまで進路を遮っている奴らだけ。
できるだけ魔力を節約するために、ファーストエイドの行使は真正面のアンデッドだけにして、左右からの攻撃には黒の剣で払いながらすり抜ける。
これで、アンデッドの群れを突破するのは三度目。
はっきり言って、少なからず計算が狂ってきているのを認めないといけない。
もちろん、悪い意味で。
最初の予定じゃ、さっきみたいにアンデッドで埋め尽くされた王都の屋根を伝って何度か大ジャンプで飛び越えて、ティアのいそうなところまで行けばいいと思っていた。
ところが、そんな俺の甘い考えは、「愚か者」という前置きから始めたセレスさんに真っ向から却下された。
『先ほどまでとは状況が全く違います。今では王都は不死神軍によってほぼ制圧されています。ここで屋根の上跳ね回る不審者が発見されれば、たちまち四方八方から無数の矢と魔法が飛んできますよ。いいですかテイル、貴方の任務は殲滅でも囮でもありません。ティアエリーゼ殿下を救い出すまで、かすり傷一つ負うことも許されないと知りなさい』
もちろん、その有難い助言を守るために、安全マージンは十分にとっているつもりだ。
距離を取ってのファーストエイドに、相手の動きをよく見てからのすり抜け。
だけど、ティア救出に動く前の南門防衛――都合十回の広域ファーストエイドで、俺の残りの魔力は満タンの時の五割を切っている。
さらに、アンデッドの海の真っただ中を突っ切るこの無謀な行動は、思った以上に消耗が激しい。
体力のことじゃない、精神の方だ。
ウウウ、アアアアア!!
死角からうめき声を上げながら迫ってきた死の気配に向かって黒の剣を薙ごうと振り返った瞬間、目が釘付けになる。
予想よりもずっと身長が低かったアンデッドの正体は、子供としか思えないスケルトン。
辛うじてその身体に引っかかっている服から察するに、女の子だろう。
亡くなったのはいつ頃なんだろうか、この争乱の中で死んだんじゃないことは救いか。
この子はいったいどんな……
――くそっ!!
ほんの数瞬、だけど貴重な数瞬。
その間余計な思考に耽ってしまったしくじりを恥じながら、斬撃じゃなくて蹴りを放つ。
それで何かが変わるわけじゃない、黒の剣で真っ二つにしなかったからといって俺の攻撃が許されるわけじゃないと思いながら、大人のアンデッドの間隙を吹き飛んでいった物言わぬそれから目を離す。
悔やむのも、反省するのも、全部後だ。
俺は、俺のやるべきことをやる。
合縁奇縁。
そんな俺の言い訳にもならない愚痴が引き寄せたんだろうか。
そろそろ半分の行程だと目星をつけた十字路の右側から、これまでとは毛色の違ったアンデッドの一行が現れた。
一体は錆だらけの重鎧に斧に盾。
一体は軽鎧に無手。
一体は黒ずんだ法衣に朽ちかけの杖。
一体は穴の開きまくったローブに半ばで圧し折れたロッド。
最短最効率で駆け抜けないとならない俺の前に、立ち止まらざるを得ない強敵が行く手を阻もうとしていた。
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