第156話 レナートさんの八つ当たり


 南門の楼から出て、定位置で待っていた補佐役の冒険者さんに「第三王子殿下からの特別任務」と誤魔化しながら感謝と別れを告げ。

 とりあえず進まないことには始まらないから、白陽宮に向かって歩く。


 ――さてと、どうしたもんだろう?


 やるべきことは分かっているし、今やアンデッドが支配する王都に飛び込む覚悟もできている。

 だけど、いざ飛び込むとなると、それなりの飛び込み方っていうのを考えなくちゃいけない。

 俺の体力魔力は無限じゃなく、倒せるアンデッドの数も無限じゃない。

 ましてや今は、不死神軍が南門の外側に到達するまでという時間制限があるから、むやみやたらにティアを捜し回ればいいってものじゃない。


 …………どうしたもんだろう?本当に。


 そんなことをつらつらと考えていたせいか。

 それともまだまだ味方がいる区域だと安心しきっていたせいか。


 ゴン


「あいたっ、……って、壁?」


 王都になんか全くもって馴染みのない俺だけど、この壁には見覚えがあった。

 ていうか、俺が土魔法で作った壁だった。


「なーにやってんだ、お前」


 そして頭の上から降ってきた声。

 ぶつけた鼻をさすりながら見上げると、壁に隣接された櫓の上から呆れ顔で俺を見下ろしている、レナートさんの顔が見えた。





「そうか、殿下はティアエリーゼ姫を救出する気になったか」


 とりあえず登って来いというジェスチャーを受けて櫓の上に。そして何となく話を促されたので、レナートさんにジオとの会話をさらっと説明したら、こんな反応が返ってきた。


 ――ん?なんかおかしくないか?


「レナートさん、ひょっとして俺がティアの救出に動くことを知ってました?」


「いいや、知らねえよ。ただ、セレス卿から頼まれてはいた」


「セレスさんから!?」


 今セレスさんは、リーナの側に付き添っているはずじゃ?


「あのセレス卿が本人からの命令とはいえ、殿下の側から離れるのにその理由を考えないと思うか?それでなくても、ティアエリーゼ姫を心配する殿下の心情くらいすぐに察するだろうさ」


「ああ……」


 確かに、セレスさんがジオの変化に気づかないはずがない。

 そして、ジオがティアを助けるか否か、どっちの判断をしてもいいように最低限の手を打っておくくらいは普通にやるだろう。

 多分、俺よりも先に気づいて。


「でだ、もしテイルがここまで来た時には、殿下がティアエリーゼ姫を助ける意思を固めた証だから、ちょっと手助けしてくれ、って頭を下げられたんだよ」


「そういうわけですか」


 それで、レナートさんは俺の考えを先回り出来たわけか。

 それは納得できたけど、壁にぶつかった時に感じた、もう一つの疑問が残っている。


「ここにいたはずの冒険者たちはどこに行ったんですか?ここでアンデッド相手に戦っていたんじゃ?」


「正確には、一帯に散って路地を守っていたんだがな――けが人も含めて全員撤退させた」


「え……?」


「お役御免っていうか、アンデッド共が一旦退いたことで、所定の任務を達成したんだよ。次に攻めて来る時には退路も断たれるからな、その前に王都脱出の段取りを整えにゃならん」


「なるほど」


 確かに、命がけで南門を守ることと、守るために命を捨てることは、似ているようで全く違う。

 要は、南門から脱出しようとしている人達をギリギリまで支援できれば十分なんだ。

 本当の意味で生死をかけた戦いなんてそうそうない、はずだ。


「じゃあ、レナートさんは来るかどうかも分からない俺を待つためだけに、ここに残っていたんですか?」


 だとすると申し訳ない気持ちになるけど、幸いにもレナートさんはかぶりを振ってきた。


「いや?さすがにその為だけに貴重な時間を無駄にはできんさ。まあ言ってみれば、ちょっとした仕込みの最中でな」


「仕込み?」


 そこで初めて気づいた。


 相変わらず普段着のレナートさん。

 その腰にいつもつけている革の水筒がしぼんでいて、中の水がなくなっていた。


「俺が水魔法を得意としてるのはもう知ってるよな。中でも自信があるのは、自分の魔力を練りに練り込んだ水の精密かつ広範囲支配だ。簡単に言うと、この王都の半分くらいまでの距離なら、霧化した水を自在に操れるって寸法だ」


「レナートさん?」


 魔法の説明が難しかったのもあるけど、レナートさんの名前を呼んだ俺の関心は別のところにあった。

 いつもは飄々と――具体的には南門防衛の時すら余裕を残していたレナートさんが、ちょっと怒っているように見えたからだ。


「まあ、歴代屈指の怠け者って自覚はあるし、特に悔い改めるつもりもないんだがな。王都守護の一角を担う冒険者ギルドグランドマスターとして、僅かばかりの意趣返しくらいやっとかんと、さすがに先達に顔向けできんわけだ」


 その声が途切れた瞬間、レナートさんを中心とした空気が重くなった。


「テイル、俺がいいと言うまで絶対に前に出るなよ――命の保証ができんからな」


 そう言って、俺の襟もとに何かを差し込んで肩を叩いたレナートさんが、櫓から飛び出して壁の向こうへ。

 グランドマスターの名前に恥じない音もない着地と同時に、革の水筒と一緒に腰に吊り下げていた愛剣を抜き放った。


「まあ、一番の理由は俺の八つ当たりだけどな――『水迅流禁技、八岐大蛇』」


 その動きは至ってシンプル。天高く上げた剣をまっすぐに振り下ろしただけだ。


 だけど、俺は見た。その延長線上に見えたレナートさんの魔力が極細の水の糸になって八つに分かれたのを。


 そして――、


 ッパアアアアアアアアアアアアアアアアン!!


 一瞬前に広がる王都に靄がかかったかと思うと、次の瞬間には道という道を巨大な白蛇が一斉にのたうったような爆音が響き渡った。


「行け、テイル!!」


 その叫びが聞こえた時には、スピードスタイルに移行して櫓を踏み台にしてレナートさんの頭のはるか上を飛び越えていた。


 余計な言葉がなくても分かった。

 レナートさんが一人がやったとはとても思えない大技を繰り出したのは、危険で満ち溢れた王都に侵入しようという俺を少しでも援護しようと思ってのことだと。

 これでどれだけのアンデッドを退治できたのか、そして爆音を聞きつけて不死神軍がどう出るか分からない以上、レナートさんの援護を一瞬でも無駄にはできない。


 魔力を使い果たしたんだろう、どさりと音を立てながら倒れ込んだレナートさんに感謝の思いを残しながら、俺は全速力で王都の真っ白な石畳の道を駆け抜けた。

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