第155話 ジオの心の底


 俺にとっての大事な人は、そこまで多くない。


 はっきりと言えるのは、ジオ、セレスさん、リーナの三人。これにレナートさんやテレザさんを加えるかどうかは微妙なところだ。

 ただまあ、なにかあったりしたら迷うことなく体が動くだろう、くらいには思っている。

 当然だけど、ジュートノルにいるターシャさんとダンさんは除外だ。そういう知らせが来たならともかく、遠く離れた王都にいる俺の方が、逆に心配をかけているだろうしな。


 で、ティアだ。


 短い間だけどこれだけ一つ屋根の下(というのは不敬だろうか?)で暮らしていたんだ、俺の中ではとっくの昔に大事な人の枠に入っている。

 むしろ、妙に懐いてくれるようになってからは、俺に妹がいたらこんな感じなのかなと思ったり。

 いや、ジオの妹なんだけどな。


 だから、ティアのことはジオが何とかするだろうと思っていた。


「なのに、お前は一体何をしているんだよ。お前だったら騎士の百人や二百人かき集めて、ティアの無事を確かめることくらい朝飯前のはずだろ」


「テイル、それはいくら何でも買いかぶり過ぎだよ。長らく教会に身を置き王宮との繋がりがない上に、しばらくの間放浪の旅に出ていた僕に、セレス以外の直属の部下なんてものは居やしないんだから」


「それが詭弁だってことくらい、俺に分からないはずがないだろ。現にこうして、お前の名の元にレナートさんや烈火騎士団が集って南門を守る戦いを繰り広げているんだ。権力がどうとかはともかく、ジオの命令一つで命を懸ける人達がいることまでは否定できないはずだ」


「それも誤解だよ。彼らが動いているのはあくまで王国のため――民や土地、そして僕の体に流れるアドナイ王家の血だよ。僕がいる場所を命がけで守ってはくれても、僕のわがままに付き合ってはくれない」


「だとしてもだ。お前なら俺が思いつかないような手で、ティアを保護することができるはずだ。だからこそ、こう聞かなくちゃいけない。ジオ、ティアはどこだ?」


 内容的にはもうケンカ腰だけど、叫んだりはしない。

 叫べばセレスさんがすっ飛んできて、睨んでいる俺をジオから引き離すだろうけど、それだけが理由じゃない。

 そもそも、リーナのことがあるとはいえ、セレスさんがジオから離れていること自体が異常だ。

 よっぽどジオがきつく命令しないと、こんな状況はありえないんじゃないか?

 それこそ、俺がジオを殴りかねない、……そういうことか。


「ジオお前、俺がジオを殴って、物音を聞きつけたセレスさんが駆け付けて、混乱が起きて、そして殴った俺の中に生まれた罪悪感を利用して、そのままなし崩し的に王都から撤退しようとしているな?」


「……参ったな。テイル、君はいつの間に軍師の心得を会得したんだい?」


「茶化すなよ」


 ジオは俺に嘘をつかない。

 根拠はただ一つ、俺に対してそう誓ったという事実だけだ。

 だけど、俺はそれを信じてジオの言うことを聞いているし、もし裏切られたらこの関係はそこまでだと思っている。

 もちろんその後で、ジオが権力を振りかざして俺を無理やり従わせようとしてくるかもしれないけど、その時はその時だ。

 だからそれまでは、例え他の人から不敬の極みだと怒られても、俺はジオの仲間のつもりでいようと思う。


 そうなると、ジオが俺を思うように誘導しようと考えた時、嘘をつけない状況でその行動は自然と限られてくる。

 それこそ、俺の良心や罪悪感に訴えるという、ある意味で最終手段を使うくらいしかなくなる。


「実際、もう時間はないみたいだし、お前がそんな手に出てきたっていうことは追い詰められている証拠だ」


 実は、ジオの罠に気づくまでは他の可能性――ティアが他の誰かに保護されて、安全に王都を脱出していいるかもしれなかった。

 残念ながらジオとティアの両親である国王夫婦は亡くなっているらしいけど、王太子や大貴族の元に身を寄せているということも十分にあり得た。

 だけど、ジオが悪辣な手段を使ってまで俺を南門に留めようとした以上、悪い予感の方が正しかったことになる。


「……僕が把握しているのは、ティアが四つの王都門を通過したという知らせを聞いていないことだけだ。だけれど、女系とはいえ王家直系のティアの安否確認は、長兄と僕に次ぐ最優先事項と言ってもいい。もしかしたらどこかの貴族が、ティアを攫ったということも考えられないじゃあないけれど――」


「まだ王都に、しかもアンデッドの勢力圏内にいるかもしれないってことだな」


 コクリと頷くジオにまた頭に血が上りかけ、それを抑えるためにあえて声を低くする。


「だったらなおのこと、なんでティアを捜さない?お前なら思い当たる場所の三つや四つ、すぐに思い当たるだろ?」


「確かにその通り。で、それから?」


「それからって、もちろん」


「もちろん、烈火騎士団か冒険者に捜索を命ずるというのは無しだ。アンデッドの只中を命がけで、しかもあてどなく探し回らせて無駄に危険を侵せと言えるはずもない。あとは長兄がティアを保護してくれていると祈るばかりだよ」


 最後に願望を混ぜて締めくくろうとするジオ。

 だけど、それはあまりにも願望が過ぎると俺でもわかる。


 向こうの元々の性格なのか立場からなのか、王太子との関係は疎遠だと言ったジオ。

 ティアからも一度も話を聞いたことがないから、王太子が情の薄い人だってことは確かだ。

 そんな王太子をティアが頼るか?それだったらむしろ――


 そして、ジオの本当の狙いも分かっている。

 一見、理知的に事を分けて俺に言い聞かせたような、ジオの説明。

 だけどそこには一つ、決定的に欠けていた方法がある。


「俺が行く」


「……駄目だ、許可できない」


 予想通り、ジオは苦しそうに顔を歪めながら俺の提案を蹴った。

 予想通り過ぎて、命を懸けると言った俺の方が冷静になるくらいだ。


「俺ならスピードスタイルで捜索時間を短縮できるし、いざとなったらヒールスタイルでアンデッドを祓える」


「駄目だ!これはアドナイ王家の問題だ!ジュートノルで家族が待っているテイルにそんな危険を冒させるわけにはいかない!」


 俺の説得って意味じゃ、ジオの言葉はこれ以上ないほど心を揺さぶる。

 だけど、ターシャさんやダンさん達がいるジュートノルが持っている絆に引っ張られるのと同じくらい、俺を掴んで離さない存在がある。


「このままジュートノルに帰ったら、ティアを置き去りにした罪悪感で、それこそ俺の心は引き裂かれる。なにより、ターシャさんに顔向けができない」


「テイル……」


 いつもなら、あえてジュートノルを思い起こさせることで、逆に俺のティアへの情を想起させる――そんな策略をジオが巡らせたと思っただろう。

 だけど、今のジオにそんな余裕は少しも感じられない。ただ、第三王子の立場と実の妹との間で苦悩しているようにしか見えない。

 もし、これすらも演技だったとしたら、もう騙されてやってもいいと思うくらいだ。


「……万策尽きたよ。まったく、僕としたことがこんな下策で、よりにもよってテイルを説得しようだなんて、末代まで語り継がれる大失態だよ」


「じゃあ、行くぞ。時間がないからな」


「その前に一つだけ。僕も今や、多くの騎士と冒険者、そして民の命を預かる身だ。そんな中で、テイルといるかもわからないティアのために死ねとは言えない。王と外周部から不死神軍がここに達する前に、南門守備隊は完全撤退させる。これは絶対だ」


「わかっている。それまでに帰って来いってことだろ」


「頼む。僕の妹を、ティアを助けてくれ」


 第三王子の立場を超えて深々と頭を下げるジオ。

 俺はその背中に向かって頷いて、すぐに地獄の入り口と言うべきドアを開け放った。

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