第154話 俺の交友関係は狭い


 その声が聞こえたのは、ちょうど十回目の広域ファーストエイド(今考えた)を地面に打ち込み終えた直後だった。


「テイル殿!ジオグラルド殿下からのお呼び出しです!すぐに南門の楼まで来てほしいそうです!」


 声の主は、烈火騎士団とは鎧のデザインが違う騎士と話をしていた、補佐役の冒険者さん。

 その言葉を疑うわけじゃないけど、俺にとっては青天の霹靂だった。


「えっ、周辺の住民の脱出が完了するまで、この南門を死守するんじゃなかったんですか?」


 なにしろ、俺が今ここで治癒魔法を使いまくっているのは、南門に今いる人達の中で一番偉いジオの命令だ。

 まだ避難民は南門を通っているし、何より前線ではレナートさん達がアンデッド相手に戦っている最中だ。

 その言葉を当のジオ本人が覆すのは、どう考えてもおかしい。


「いやそれが、どうも南門に向かってくるアンデッドの数が減ってきているみたいなんですよ」


「それって、ひとまず敵を撃退できたってことですか?なら良いことじゃないですか」


「だといいんですけど……」


 俺の方に駆け寄りながら、そう言ってくる冒険者さん。

 だけど、しきりに首をかしげている様子からすると、どうも腑に落ちない部分があるらしい。


「僕も専門家じゃないですけど、今回のアンデッドは強力な死霊術士によって召喚されたわけです。これが自然発生したものならともかく、やろうと思えば王都中の墓という墓から補充し放題なわけですから、全ての墓地に眠る遺体の総数――って言ってもおおよその予想しかできませんが、それと比べると……」


「ぜんぜん数が合わない、ってことですか」


 俺の問いかけにコクリと頷く冒険者さん。


 確かに、ジオから聞いた話だと、不死神軍の当面の目的の一つが、この南門を含めた四つの王都門の陥落にあるらしい。

 だとしたら、王都に存在する全てのアンデッドの四分の一がここに押し寄せる、そういう計算になる。

 もちろん、俺は王都の人口すらろくに知らないから憶測でしかものを言えないけど、どう考えたってそれだけの数のアンデッドを撃退したはずがない。

 そうなると、不死神軍は意図的に南門攻めを一旦やめたということになるんだけど……


 まあ、それはいいか。

 大事なのは、ジオがすぐ来いと俺を呼んでいて、今ならその余裕があるってことだ。


「それはそれとして、行って来てくださいテイル殿。すでに前線には伝わってますから、テイル殿の援護無しでも多少は持ちこたえられるはずです」


「わかりました。じゃあちょっと行ってきます」


 曲がりなりにも手が空いている以上、第三王子の命令には逆らえないよな。






 とはいっても、前線で戦っている人達は今まさに命を懸けているわけだ。

 そんな当たり前のことをジオが分かっていないはずはないと思いつつも、前線を代表してせめて文句の一つくらいは言うべきだろう。

 そう決意して、南門の楼で戦いの趨勢を見守っているだろうジオの元にやってきたわけだけど、さっきまで言おう言おうと思っていたセリフが吹き飛んだ。


「やあテイル、思った以上の戦果を挙げてくれて僕も嬉しいよ。むしろ順調すぎて怖いくらいだ」


「……いや、俺がやったことなんて、安全なところからファーストエイドを使っただけだ」


 出迎えたジオの満面の笑みですっかり毒気を抜かれてしまい、無難な返事しかできなかった。


「とんでもない!四神教を国教とするアドナイ王国は、敵や魔物を倒した戦士の武功と同じく、魔導士の魔法も、スカウトの偵察も、そして治癒術士による回復も、平等に評価すると王国の法で定められている。テイルの功績は僕自ら勲章を授与するだけの価値がある――というのは、あくまでこの戦いがこのまま上手く行けばの話だよ」


「やっぱり、なにかあるんだな?」


「そういうことだ。冒険者ギルドと烈火騎士団には、ちょうど今頃知らせが行っているはずだけれど、命令系統が違うテイルには僕から説明するのが順当だろう。だから、敵の攻勢が弱まったところで来てもらったわけさ。じゃあさっそくだけれど――」


「その前に」


 例えば、ここに俺達以外の誰かがいたりしたら、アドナイ王国の王子に対する不敬の極みだと怒られてしまうんだろう。

 だけど、今は誰もいないからあえてジオの話しを遮る。


 そう、誰もいないことが問題だった。


「ジオ、セレスさんはどうしたんだ?お前の側から、この非常時に離れるなんて、よっぽどのことがあったってことだろ?」


 一応、この部屋の外にも楼の中にも警備の騎士や冒険者がいるから、とりあえず安全は保障されているけど、その程度のことでセレスさんがここにいないのは到底納得できないし、俺がそう思うのをジオも分かっているはずだ。


「今まさに、そのことについて話そうと思っていたのさ。セレスには説明がてら、リーナの側に付き添ってもらっている。いや、説得と言った方が正しいかな」


「説得?まだ前線で戦うとか言っているのか?」


「当たっているけど、大間違いだ」


「どういうことだ……?」


 セリフだけ見れば矛盾している、まるでなぞかけのようなジオの言葉。

 それは俺をからかっている感じじゃなく、そこそこの付き合いになってきたジオがなにかを言い渋っているように思えた。

 そして、その予感は正しかった。


「リーナが前線に出て戦いたがっているのは当たっているよ。大間違いなのは、リーナの動機が冒険者としての功名心なんかじゃあなくて、父親の仇を討とうとしている娘の復讐心という点だ」


「復讐?……いやちょっと待った。父親の仇って、まさか」


「言葉通りの意味だよ。リーナの御父上、マクシミリアン公爵が亡くなった」


「は?…………はあっ!?」


 一瞬、何を言われているのかすらも分からなかった。

 だけど、動揺が始まったばかりの俺の心境を無視して、ジオは残酷な事実を告げていく。


「正確には、公爵が長兄――王太子エドルザルドと袂を分かったことと、マクシミリアン公爵家が布陣していた防御陣地が陥落したという、二つの知らせをレナート子飼いのスカウトが持ってきたことから、公爵の死がほぼ確定というわけだよ」


 俺にとっては、ただ一度会っただけの、貴族にしては物腰の柔らかい人でしかない。

 だから、王太子と決裂したとか、大貴族の当主が死んだことによる影響とか、難しい話は分からない。

 俺が気になっているのはただ一つ、リーナのことだ。


「リーナに、そのことは?」


「もちろん伝えてある。僕の眼から見ても、微妙な距離感の親子だったからね、公爵の死を知ったリーナがどんな反応を見せるか予測がつかなかったから、セレスに知らせに行かせたのさ。ついでに、リーナが取り乱して父親の仇を討ちに行かないよう、止める役目も持たせてね」


「……なるほどな」


 そう言った瞬間、ザラりとした違和感で心が軋んだ。


 どんな理由があっても決してジオの側から離れないあのセレスさんが、例え本人の命令でもそんなことをするのか?

 そもそも、リーナに公爵の死を知らせるだけなら、ここに呼べばいいじゃないか。

 セレスさんに加えてジオが説得すれば、リーナもそうそう無茶なことはしないはずだ。


 今ほど、護衛から離れちゃいけないタイミングは無いはずだ。

 なんだ、この違和感は?


「とまあ、ここまではリーナと、ついでに僕とセレスの問題だ。もちろん、本題は別にあるし、公爵の死と関わりが無いわけじゃあない」


「そ、そりゃあまあ、大貴族が死んだっていうのは、王国にとっても大事件なんだろうけど……」


「そういう、士気の低下の側面もあるけど、問題は、王太子エドルザルドがまるで公爵の死を利用するかのように、拠点としていた北門周辺から王都の外へと脱出し始めたという事実だ」


「王太子が!?それじゃまるで……」


「そうだね。有体に言えば、アドナイ王国軍は反逆者ルイヴラルド率いる不死神軍に敗北した」


「そ、そんな……」


 いくら安全な場所から戦いに参加していたとは言っても、今も王都のあちこちでアンデッドの大軍との戦いが続いていることくらい、俺にもわかる。

 そんな、必死に王都を守ろうとしている人達を見捨てて、王太子がさっさと逃げだしたっていうのか?


「テイルの考えていることは大体察しが付くし、そのことについて議論するのもやぶさかではないのだけれど、それは後に回そう。今は、敗北が確定した王都からいかに脱出するかだ」


「避難が完了するまでこの南門を守るんじゃなかったのか?」


「そうしたいのは山々なんだけれど、そうも言っていられなくなった。テイル、この南門防衛戦においての最悪の事態とは、どんな状況かわかるかい?」


「そりゃあもちろん、レナートさん達のいる前線が崩壊した時じゃないのか」


「不正解だ。僕達にとっての最悪の事態とは、この南門の内側と外側の両方から包囲されて、逃げ場を無くした時だ」


「内側と……、外側?」


「テイル、不死神軍が四つの王都門を優先的に占拠しようとしている、その目的は分かっているかい?」


「目的?王都の人達を逃がさないためだろう?」


「それもある。けれどもう一つ、どこか一つの王都門を陥落させて不死神軍の一部を王都の外に出し、外側からも他の門を攻めさせるためだよ。実際、東門はすでに不死神軍の手に落ち、各地に散っていたアンデッドが集結しつつあると物見から報告があった」


「……あっ!もしかして南門の攻勢が弱まったのは――」


「無理して攻める必要がなくなったからだろうね」


 まさに絶体絶命のピンチ。

 それなのに、心臓の鼓動が大きくなっていく俺とは対照的に、冷静を通り越して冷徹なほどに表情を変えないまま、ジオは続けた。


「王太子が王都を脱出した現在、抵抗を続けている四大騎士団を始めとした王国軍にとって支えになっているのは、いざとなれば王都門から撤退が可能という一点のみだ。その前提が崩れた以上、東門からやってくるだろう不死神軍がここに到達する前に、この南門を放棄して王都圏から脱出する必要がある」


 そこで一旦言葉を切ったジオは、俺のところまで歩み寄ると肩を叩いてきた。


「ここで重要になるのは、不死神軍の追撃を阻止、あるいは遅らせられるだけの、強力かつ広範囲の治癒魔法だ。それを為せるのは僕の麾下ではテイル、君だけだ。そのために消費する魔力を最低限に絞らせ、ここまで温存してもらった。月並みで無責任な言葉だけれど、君だけが頼りだ。任せたよ、テイル」


 ――まさに口八丁手八丁。


 第三王子という立場なのに、俺一人だけに向けた名演説。

 これが外で戦っている冒険者や騎士なら、感激しながら涙を流して喜ぶところなんだろう。

 そういう俺も、なんだかんだ言いながらジオのために一肌脱いだだろう。


 いつもなら。


「ジオ、一つ聞きたいことがあるんだけどな――」


 だけどジオは、俺のことを見くびっている。

 俺は、王国のためとか人々のためとか、そんな大それた動機で動けるような英雄の素質なんて、実力的にも精神的にも、ひとかけらだって持っていやしない。

 俺が戦えるのは、あくまでも俺が知っている、俺にとって大切な人のため。


 そしてもう一つ。

 ジオ、俺の交友関係の狭さを舐めるなよ。


「さっきからずっとティアの姿が見えないけど、どこにいるんだ?」

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