第148話 攻めるための砦


 ジオに戦いの決意を表明したところで最初に頼まれたのは、どこかで聞いたことのあるようなセリフだった。


「ちょっと南門を中心に、防壁を張り巡らせてほしいんだよ」


 そう宣ったジオは、ようやく行列の整理が終わった南門の楼へと、セレスさんを連れてさっさと行ってしまった。


 護衛のセレスさんはともかく、リーナは、


「なんで私も?私もテイルと一緒に戦うわよ!」


「はあ、リーナ、全然立場を分かっていないね。ここで説明するのも億劫だ。セレス」


「は。リーナ様、御無礼」


「何を――うっ」


 ジオの命令でセレスさんは、ごねるリーナへの説得の手間すら惜しんでするすると近づくと目にも留まらない早さで手を一閃、首筋に打ち込んで気絶させてしまっていた。


 ――女って怖い!!


 手近にいた女性の冒険者に担がれる形で、ジオ達と一緒に連れて行かれたリーナをなぜか無力感に打ちのめされながら見送っていると、


「おい、何ボケッとしてんだ。さっさと始めるぞ」


「痛っ!?え、ちょ、レナートさん?」


 油断していた俺の背中を思いっきり叩いてきたレナートさんが前に歩いていき、何を?と聞く間もなく振り返りざまに言った。


「急場拵えだが、南門を砦に変えるぞ」






 よくよく話を聞いてみれば、レナートさんは俺がオーガの群れを迎え撃つために作り上げた土魔法の城壁のことを、以前から知っていたらしい。

 ジオと違ってなぜレナートさんがあの時のことを知っていたかというと、タネが割れてみればなんてことのないものだった。


「オーガの群れとの戦いには冒険者も参加してただろうが。そいつらは詳細を知らなかったが、主力が烈火騎士団だと分かりさえすれば、後は俺の伝手でお前に辿り着くのはそんなに難しい話じゃないんだよな、これが」


 そんな風に事も無げに言ったレナートさん。

 いや、ヒントはさっきの時点で十分すぎるほど揃っていたんだから、俺もすぐに察しても良さそうなものだった。

 気づけなかったのは、単に俺の思考を超えるスケールの話だった、ってだけなんだけど。


 そんな益体の無いことよりも、今は砦の構築だ。


 だけど、ジュートノル郊外の更地に土魔法の壁を出現させた時の経験を、まさか王都の街中でそのまま生かすわけにもいかない。


「いや、やってくれて構わんぞ。むしろやれ」


「いや、やれって……」


「どの道、アンデッドの大軍がここに押し寄せれば、道路も建物も壊れるし火の手も上がる。今壊れるか後で壊れるかの違いでしかないわけだ。構うことはないから遠慮するな」


「じゃ、じゃあ」


 そこまで言われたらやらないわけにはいかない。

 そう思った俺は前に進み出ると手早くマジックスタイルに変身、誰もいない王都の石畳の道に土魔法を行使しようと集中し始めた、その時だった。


「ああ、大事なことを言い忘れていた」


「ちょ、ちょっと、レナートさん!?」


 気の抜けるような制止の声に思わずこけそうになりながら、背後にいるレナートさんを睨みつける。

 案の定、すっとぼけた顔で俺を見ているレナ―トさんの顔がそこにあった。

 どうやら確信犯だったらしい。


「魔法の中断がどれだけ精神に負担がかかるか、知ってますよね?」


「悪い悪い。ちょっとばかり肩の力を抜いてもらおうと思ってな――テイル、壁の構築に当たって、条件が一つある」


「……それ、最初の一個目を中断させてまで言うことだったんですか?」


「おう。お前が後先考えずに魔法をぶっ放しそうだったんでな、一度急制動をかけておくべきだと思った」


 悪びれもせずにそう言ったレナートさんが、幾分か顔を引き締めた。


「壁の構築に使う魔力は、一割までに留めておけ」






「要は、ペース配分を考えろってことだ」


 以前、オーガの群れを迎え撃つために土魔法で砦の壁を作ったわけだけど、あの時の経験をそのまま生かそうとしていた俺の甘い考えを、レナートさんが見逃さなかった。


 あの時と今回と、一番違うところ、それは時間だ。

 敵がまだまだ遠く離れていて魔力回復のための休息の時間が腐るほどあったあの時とは違って、今はいつアンデッド軍団が目の前に現れてもおかしくない。つまり、休息どころか水を飲む余裕すら怪しい修羅場が迫っている状況だ。

 そんな中で、砦の構築ばかりに魔力を消費すれば、いざアンデッドと戦う時に魔力切れを起こす危険がある。

 そんな俺の勇み足を、レナートさんは言葉一つで物理的にも精神的にも諫めた、ということらしい。


「実は、壁を構築する箇所と規模は予め決めてある」


「予めって……、よくこの短時間で判断できますね」


「バカ言うな。俺がテレザの目を盗んであちこちブラブラしてんのはな、いざ王都が戦場になった時にどうすれば効率よく防衛できるか、実際にこの目で見て確認するためなんだぞ。どこにバリケードを張るべきかくらい一瞬で分からいでか」


「……なぜか余計な情報まで入ってきましたけど――でもレナートさん、これだと完全にアンデッドの侵攻を遮断できなくないですか?」


「あー、そこに気づくか。まあ、座学は優秀だったって報告は聞いてるからな、当然か。そこはな、殿下の思し召しってやつなんだよ」


「思し召し?わざわざ隙を作ることがですか?」


「ああ見えて、人並み以上に責任感の強い御方なんだよ。この南門を完全な安全地帯にしてアンデッドの脅威を取り除くことよりも、ある程度敵戦力を惹きつけて御兄上の負担を少しでも減らそうっていう御意思なんだ。実際ここには、ジオグラルド殿下警護のためにそこそこの戦力がいるしな」


「ああ……」


 そんなわけで、レナートさんの指示のもと、次々と王都の景観を破壊しながら土魔法で固めた壁を造り上げていく。

 高さは建物二階半ほどで、馬車道も歩道も完全に塞ぐ幅だ。

 一方で、比較的窓の少ない、他からの侵入の危険度が低い裏道はそのままにしてある。


「通常種のアンデッドの行動パターンは、水に近いものがある。知能が低いから壁をよじ登ったり階段を使ったりするのは苦手な分、体が持つ限りどこまででも歩いていく。目の前に壁があればひたすら横道を探してさ迷うってわけだ」


「そして、この裏道に入ってきたところで――」


「待ち構えていた騎士と冒険者によって一網打尽にするって寸法だ。守る側にとって、これほど楽な戦い方はないわな。もちろん避難民は、アンデッドじゃ通行が困難な、別の安全ルートで南門に誘導するように手配済みだ」


 守るための砦じゃなくて、攻めるための砦。

 レナートさんの――ジオの考えを聞きながら、俺は南門の砦化を着々と進めていった。






 ゴーン   ゴーン


 今はすっかりアンデッドに占領されているはずなのに、王宮の方から時報の鐘が鳴り響く。

 その音が、王都の人々に時を知らせるためのものじゃなく、現在王都中にはびこっている大量のアンデッドへの合図の鐘だったことに、遅ればせながらに気づいた。


 ――オオオオオオオオオ


 まるで地鳴りのように、いつの間にかに響き始めた無数の死者のうめき声。

 それは、今も避難者が通り抜けていく南門の前での待機を指示されていた俺にも、戦いの時がやって来たことを実感させるものだった。

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