第147話 南門での決意
王都の場所はもちろんのこと、ジュートノルとの位置関係に興味すらなかった俺。
当然、俺達が通ったのが南門だって事実も今日初めて知ったわけだが。
まあ、それもこれも今日に限って言っても、まるで関係ない。
大事なのは、アンデッドの脅威から南門を守り切れるかどうかにかかっているって事実だけだ。
「いやあ、僕がこう言うのもなんだけれど、今日が一番王子らしい行動をしている気がするよ」
レナートさん率いる冒険者と、ゼルディウスさん率いる烈火騎士団で形成された一団。
その中核をなすオランドさんから借りた馬車の中で、ジオのその言葉を聞いた、俺を含めた同席する面々の反応は様々――でもなかった。
「御心配には及びません。いつものジオ様の通りですので」
「いまさら、ジオ様のやることに一々反応していられないわよ」
「殿下の考えを推し量ることほど、無駄なことはないからなー」
「みんながひどい!レナートまで!」
セレスさん、リーナ、それになぜか同乗してきたレナートさんにも袖にされて、ショックを受けるジオ。
確かに俺も、王子然としたジオがいたとしても、どこか猫を被っているんじゃないかと疑いの目で見てしまうかもしれない。
風格を疑われる王子って時点で、色々と失敗しているようなものだ。
「それよりも、なかなか進まないな。前が混雑しているのか?」
「混雑と言えば混雑だが、今はどっちかっていうとその解消のためだな」
そう言えばさっきから馬車の進みが鈍くなっていると思った俺の呟きを拾ってくれたのは、レナートさんだった。
「白陽宮にアンデッドが出現したって噂はすでに王都中に流れているし、不死神軍を名乗る奴らも制圧に乗り出している。こういう場合、普通なら最寄りのデカくて頑丈な建物に避難をするべきなんだが」
「その最たる施設である教会が、この争乱の原因ですからね。内側に安全地帯がないのなら、外へ逃げるしかないわけです。今、烈火騎士団が中心となって、門通過の効率化と不届き者の拘束を行っている最中です。しばらくはここで待つしかありません」
「まあ、順番を守らずに我先に逃げ出す気持ちも分からんじゃないがな」
「……確か、アンデッドの軍団が王都制圧に乗り出しているんですよね」
門外漢なのは承知の上であえて発言することで、さっきの記憶を思い起こしてみる。
商人のオランドさん、冒険者ギルドのレナートさん、騎士団のゼルディウスさんがそれぞれ持ち寄った情報で、王都に点在する墓地から発生した大量のアンデッドの動向が、おぼろげながらに分かってきた。
王宮を中心に、十字に大通りが貫く王都は大きく四つの区画に分けることができる。
そこからさらに下級、中級、上級区画など細かい分類があるらしいんだけど、その辺は省略する。
ここで重要なのは、それぞれのコミュニティごとに墓地がある点だ。
墓地――つまりアンデッドの素体がわんさとある場所に、死霊術士でもあるワ―テイル司教が目をつけないわけがない。
「現在、王都にある全ての墓地からアンデッドの出現を確認。それを目撃した複数の平民が火付け役となって、王都全体が恐慌状態に陥り、衛兵隊も収拾がつかない状態です」
「救いがあるとすれば、思った以上にアンデッドの統制が効いていて、平民の被害がほとんどないことだな。もっとも、アンデッドに攻撃した一部の命知らずや衛兵隊には容赦ないらしいから、無害には程遠い存在だがな」
「容赦ないって……」
「死霊騎士じゃない、いわゆる通常種だからな。武器と言えば爪とか噛みつきとかしかないわけだ」
「……訊くんじゃなかったわ」
まだ戦ったことがなかったのか、そう言って顔を青くするリーナに構わず、答えたレナートさんは話を続ける。
「各情報を総合すると、不死神軍の流れは大きく二つに分かれる。一つは、式典で貴族を始めとした権力者が集結している白陽宮。そして二つ目は、王宮に匹敵する支配の象徴たる四つの王都門――つまりここだな」
「やっぱりそうなるのよね……。それにしても、王都の衛兵隊や騎士団は何をしているのよ。王都の危機なんだから、真っ先にアンデッドに向かっていくものじゃあないの?」
大貴族の令嬢として不満を隠そうともしないリーナに、痛いところを突かれたといった風のレナートさんが頭を掻く。
「それを言われると、王都防衛の一翼を担っている冒険者ギルドとしても辛いんだがな。動きたくても動けないのさ」
「どういうことなの?」
「敵戦力が推し量れないのですよ」
代わりに答えたのは、王都の防衛には直接の関わりがないセレスさんだ。
「リーナ様は、王都アドナイの総戦力を御存じでしょうか?」
「え?……そうね、四大騎士団がそれぞれ一万ずつ、王家直轄の近衛騎士団が五千で、四神教の教会騎士団が約二万、普通は戦力に数えないけれど衛兵隊が約五万と言われているから、総動員すれば十二万ほどになるかしら?」
「そのうち、教会騎士団は現状信用が置けないので除外するとして、約十万――おおよそ間違ってはいないでしょう。ではリーナ様、敵戦力は?」
「敵戦力は……あ」
「そうです、敵の主力はアンデッド。そして、墓地にある死体の総数を知る者など、このアドナイ王国にはおそらく一人もいないのです。この状況で下手に戦力を動かせば、あっという間に圧倒的多数の不死神軍に飲みこまれてしまう恐れがあるのです」
「正確にはたった一人だけ、墓地にある死体の総数を知っているかもしれない人物はいるんだけれどね」
「……ワ―テイル司教ね」
ここぞとばかりに口を挟んできたジオは、神妙な面持ちで応えたリーナに頷いて続ける。
「少なくとも、不死神軍が王国側の兵数を下回ることはないだろう。そして厄介なことに、歴代四大騎士団長を始めとして、人材的にも王国側が厳しいと言わざるを得ない」
「……それでも、この南門を守らないといけないのか?」
ジオ達の言っていることは、南門の防衛が絶望的な戦いになることを予言している。
しかも相手はアンデッドの軍団だ。生者同士の戦いと違って、降伏も撤退も許してくれそうにない。
「いや、守り切る必要はないんだよ。僕達がやるべきは、時を稼ぐことだ。ジュートノル移住の面々が南門を通過するまで守り切れればいいだけさ」
「結局、守り切るんだな」
「ちっちっち、わかっていないなあ。テイルの庇護対象と、僕のそれとでは、意味合いが全く違うんだよ。テイルのはただの偽善、僕のは自分の民を守るという崇高な使命さ」
挑発するように舌を鳴らしてそう言ったジオの眼には、意外なほどに俺への怒りが込められていた。
「テイル、勘違いしてもらっちゃあ困るんだよ。ひょっとして、王都の生活に慣れ過ぎて自分の立ち位置を見失ってしまったのかな?君が守るべきは、王都でもその民でも、ましてや王国の行く末でもない、君が暮らすジュートノルであるべきじゃあないのかい?」
「それは……」
「王都に連れてきた僕だけには言われたくないかい?それとも、時間制限はあるとはいえ南門を守る役目に疑問を感じるかい?ならば僕は改めて、こう約束しよう。テイル、君が僕を信じてその古代の力を振るってくれるのなら、僕は僕の力の及ぶ限りジュートノルを守ると」
「ジオ様、それは」
「いいんだ、セレス――テイル、これは友人でもなければ第三王子として誓っているんじゃあない、ジオグラルド公国公王としての、僕が生きている限り続く正式な約定だ。どうかその力を貸してほしい。なんだったら魔法契約を結んでも――」
「いや、それは必要ない」
「テイル……」
「経験上、魔法契約を結ぶのはあまり気持ちの良いものじゃないって知っているからな。どの道、一人だとジュートノルに帰るのもおぼつかないんだ。だったら信じるしかないだろ」
王都に来てからというもの、なにか自分の足で立っている気がしなかったけど、不謹慎だけどようやく気持ちが固まった気がする。
「ここを死守することがジュートノルの未来につながるっていうんなら、やるよ」
その意志をはっきりさせるためじゃないけど、ジオにそう言った。
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