第146話 集結する味方


 オランド商会の玄関は、複数の来客や仕入れの馬車に対応するためか広大なスペースがあり、裏にある停車場も屋根付きの立派な建屋がある。

 今はジオの公国樹立の準備のために来客を断っているらしく、荷馬車の積み荷の刻印はオランド商会のものらしき紋章ばかりだ。

 もちろん、その周囲で積み込み作業に従事している人達ももれなくオランド商会の従業員なんだろうけど、俺達が来た時には招かれざる客達が周囲を威圧するように玄関を占領していた。


「おいおいおいおい!俺達は何も強盗の真似事をしようってんじゃねえんだぜ?ただ、適正価格で馬車を十台ほど借りてえだけなんだよ」


「困ります!すでにこれらはウチの積み荷を満載した後ですから!」


「うるせえ!こっちは依頼人を逃がすために命張ってんだ!!ガタガタ抜かすと殺すぞ!!」


 さすがにこれだけ大声で怒鳴っていたら、騒ぎの内容も察しが付く。

 本人達は否定しているけど、やっていることは明らかに強盗でしかない男達――傭兵団らしき集団に向かっていく。


 と言っても、ほぼ無関係の俺でも、ましてやジオやセレスさんやリーナでもなく、傭兵の頭らしき大男に向かっていったのは、この商会の主であるオランドさんだった。


「困りますよ、ザンネルさん。こちらもお客様の御要望で積み荷を運ぶんです。その点ではあなた達と同じ立場であって、あからさまな横槍は商売の信義に反しますよ」


「おう、オランドか。アンタもこの王都でそれなりに歴史のある商会の主なんだ、俺が伊達や酔狂でこんな真似に出てるとは思っちゃいねえだろう?」


「それはもちろん」


「だったら、ちっと融通を利かせてくれや」


「そうしたいのは山々ですが、生憎私達の方も、馬車を借りられるくらいなら借りたいほどの状況でして。泣く泣く手持ちを必死でやりくりしている有様なのですよ」


「まあ聞け。ウチの依頼主――さる貴族のご当主様なんだがな、ちっとポカをやらかしちまって、自前の馬車が一台もねえ状況なんだよ。そこで、自分や使用人はともかく、家族だけでも王都から逃がそうと俺達に馬車の手配をだな――」


「おや?ザンネルさんが出入りしているラフィール子爵のことですから、てっきりご家族は見捨ててアライネル男爵夫人とご領地にお逃げになるのだと思っていましたが、違いましたか?」


「て、てめえ、オランド……」


「そんな不実な理由でウチの馬車を貸し出すわけにはいきませんな。お引き取りを」


「……こっちが下手に出てりゃあいい気になりやがって!ぶっ殺してやる!!」


 途中までは見事に上手く、最後は見事に失敗して、傭兵の頭を怒らせてしまったオランドさん。

 背負っていた大斧を振り上げた傭兵の頭に対して、とにかくオランドさんを助けないとと思って一歩踏み出した俺の服の襟を、ジオが引っ張って強引に止めた。


「ぐえっ!?」


「ストップ、テイル。君の正義感はけっこうだけれど、ここは素人の出る幕じゃあないよ」


「で、でも」


「素人の君には、オランドがうっかりあの傭兵を怒らせてしまったように見えるかもしれないけど、それは大きな間違いだ。その程度の機微を、オランドが弁えていないはずがないからね――そら来た」


 戦力としては頼りない俺やジオはともかく、リーナやセレスさんの姿すらその目に入っていなかったと見える、傭兵の頭。

 だけど、さすがに後ろから肩を叩かれて、その存在に気づかないほどバカではなかったらしい。


「おい」


「邪魔すんな!!今すぐにでもこいつの腕くらい叩き切らねえと俺のメンツが――」


「おい」


「だから邪魔すんなって――あ、あんた……!?」


「久しぶりだな、ザンネル。実力不足で冒険者を辞めての傭兵稼業、しばらく見ないうちにずいぶんと偉くなったもんだな」


 どういう手を使ったのか、傭兵達の中をすり抜けて頭の肩を叩いたのは、さっき別れたばかりの冒険者ギルドグランドマスター、レナートさんだった。


「レ、レレレ、レナート!?」


「冒険者時代もそこそこ悪さを繰り返してやがったからいつかとっちめてやろうかと思ってはいたんだがな、早々に見切りをつけて傭兵に鞍替えしたもんだから見逃してやっていたわけだ」


「あ、あばばば……」


「そいつを今ここで、昔の分も含めて清算してやってもいいんだが、どうする?」


「そ、それは……」


「お、お頭……」


「なんだてめえ!すっこんでろ!!」


「で、でもよ……」


「だから今取り込み中だって……っ!?」


 あくまでも淡々と話すレナートさんに、完全に腰が引けている傭兵の頭。

 それでも部下が袖を引っ張ってきた時には虚勢を張って返事をしたけど、それも商会の表に集結している、赤で統一された鎧姿の一団を見た瞬間、その髭面の口があんぐりと開いた。


「ああそれとも、今しがた到着した烈火騎士団のお歴々にてめえらを引き渡した方が、話が早く済むか?」


「し、失礼しましたーーーーーーーーー!!!!!!」


 傭兵たるもの、逃げ足は兎のようであるべし。


 冒険者学校時代に同期の誰かが言っていた格言。

 それを思い起こさせるほど、傭兵達の撤退速度は見事なものだった。






「「殿下、参上いたしました」」


「うん、レナート、ゼルディウス。この争乱の中、二人ともよく来てくれたね」


 強盗紛いの傭兵達を一蹴した後、挨拶もそこそこに奥の部屋に戻ってきた俺達。

 そこに新たに加わった二人――レナートさんと烈火騎士団の副団長と名乗ったゼルディウスさんが、ジオの前にひざまづいていた。


 そして、二人がここにやってきた理由は、ザコっぽく退場していった傭兵達を追っ払うためなんかじゃもちろんなくて、


「烈火騎士団第八大隊一千、団長であり義父ゲオルディウスの命にて、殿下の元に参上いたしました」


「ウチからも、AからCまでそこそこ使える冒険者三百人、とりあえず見繕って連れて来たぜ」


 それぞれの戦力を引き連れて、ジオの元に馳せ参じたのだ。


「それにしてもレナート、誤解を恐れずに言うけれど、よく来れたものだね。てっきり代理を寄こして自分は冒険者ギルドに詰めているか、ネムルス侯爵の側に居るとばかり思っていたよ」


「ああ。チョイとばかり揉めたのは殿下の御推察の通りだが、あっちは幹部達に任せて俺はことになった。テレザのやつも、細々とした手配りを終えたら合流する予定だ」


「そうか、それは心強い」


 さすがに有事とあって、腰の剣に胸当てとそれらしい装備を身につけているレナートさん(それにしたって軽装が過ぎるけど)。

 いつもの調子でジオとの会話に興じていると、


「コホン、レナート殿。殿下との個人的な交誼に口を出すつもりは毛頭ないが、この場には私もいるのだ。少々場を弁えていただきたい」


「おっと、これは失礼した、ゼルディウス殿。それとも、ゼル坊と呼んだ方が良かったか?」


「私はもう子供ではない!!――こ、これは失礼いたしました!」


「構わない構わない。ゼルディウスの言い分も分からないじゃあないけれど、ここにいるのは様々な身分や組織の垣根を越えて集まった者達だ。遠慮は一切無用だ」


「は、はっ」


 旧知の仲らしい、レナートさんとゼルディウスという名の騎士。

 そのざっかけない内幕を見られたのはきっと良いことなんだろうけど、あまり尊敬されるタイプじゃないジオに対するあの緊張っぷりは、改めて第三王子の権威を感じる。


「それはともかくゼルディウス、さすがに烈火騎士団長本人にお出まし願うのは無理だったようだね」


「申し訳ございません。義父は最後までその気だったのですが、さすがにアンデッドの大軍が現れては、我が儘を押し通すのは無理だったようです。私を含めた副団長全員に引き留められ、騎士団本部にて指揮を執っているところです」


「いや、僕の方こそゼルディウスに礼を言わないとね。現状、ゲオルディウスほどの大物を一時的にしろ僕が引き抜いたとあっては、方々にいらぬ恨みを買いかねない。剣技、軍略、見識、人望に優れるゲオルディウスの唯一にして絶対の欠点は、いったん夢中になると自分の立場を弁えずにどこまでも突っ走るところだ。よくぞ止めてくれた」


「は、はあ、勿体なき御言葉……」


 ――なぜだろう。

 ジオはただお礼を言っているだけのはずなのに、当のゼルディウスさんは冷や汗を垂らして恐縮している。

 そう、まるでジオが何かの鬱憤をここぞとばかりに晴らしているような感じだ。


「まあ、楽しい歓談はこのくらいとして」


 だけど、腐っても第三王子。

 そう前置きしたジオの表情が一気に引き締まった。


「あまり無用の念押しをするのは苦手なのだけれど、聞いておきたい。二人とも、僕の要望は?」


「……すまない。ウチの三百人をケアする最低限で精いっぱいだった」


「こちらも似たようなものです。切り札にして最後の砦でもあることを考慮すると、いかに殿下の要請と言えど、来るかどうかも定かではない場所に部隊単位での派遣は難しいと……」


「うん。まあ予測していた通りだからあまり気に病まないように。むしろ、当てにできないとはっきりしたからこそ、僕とテイルの腹も固まるというものだ」


「ちょ、ちょっと待った!!なんでそこで俺の名前が!?」


 第三王子と冒険者ギルドグランドマスターと烈火騎士団副団長。

 なんでそんな三人の話し合いの場に俺がいるんだという違和感はありつつも、まあリーナもいるしと状況に流されるままに同席していたわけだけど、唐突に出番はやってきた。


 しかも、俺が主役だと言わんばかりの――いや、はっきりとジオは宣告してきた。


「これよりジュートノル方面の王都の玄関口、通称南門死守作戦を開始する。目的は南区画一帯の王都の民の避難完了。そして、その間に確実に襲来するだろう不死神軍に対抗する切り札の一つが、強力な浄化能力を持つテイル、君だ」

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