第145話 脱出の始まり
「逃げろおおおおおお!!」
「ええい、前を空けろ!!コソック伯爵の御姿が目に入らんのか!!」
「貴様ら女子供を先に通せ!!それでも貴族か!!」
突然降って湧いた状況に貴族の体面をかなぐり捨てて、感情剥き出しに白陽宮の外へと出て行く人々。
それを眺めながら、ギガライゼーションの終了を待って、元のサイズに戻った黒の剣を鞘に収めていると、右肩を叩く手があった。
「お疲れ様、テイル。ちょっと威力過剰なところはあったけれど、概ね目的は達した。ありがとう」
「いや、それは別にいいんだけど……」
そう、ジオに口ごもりながら、たった今まで正門だった場所を改めて見る。
「ああ、礼の一つも言わずに自分勝手に逃げ出す貴族や騎士の姿を見て、いささか以上に王国に失望したかな?気にすることはないよ。どの道ここから先、あの連中の半分は動乱に巻き込まれて死ぬ。不満に思うだけ、無駄な労力だよ」
「それもあるんだけどな……」
そう。
あの上流階級の人達に思うこともないじゃないんだけど、それ以上に心に引っかかり続けている存在がいるっていうか、ある。
「死霊騎士については、やむを得ない仕儀だったと割り切ってもらうしかない。死したとはいえ彼等も騎士だ、生前守ってきたものを害さずに済んで、案外感謝しているかもしれないよ。今はそう思っておけばいい」
そんなことを話している内に、正門があった場所に殺到していた人々があらかたいなくなり、
「さてと、僕達も行こうか。騒ぎに気づいた敵の増援に追い付かれず、かつ王子一行らしく優雅にね」
安全を確信しているのか、不用心にも先頭を行くジオに続いて、白陽宮を後にする。
するんだけど……
「なあジオ、ここからどうやって移動するんだ?馬車は使えないんだろう?」
行きに利用した馬車は使えない。
正門から逃げ出した人達が歩道馬車道関係なく右往左往しているせいもあるんだけど、それ以上に、未だ白陽宮の馬車置き場に置かれたままだろうジオの馬車を、この状況じゃ呼びようがないからだ。
「まず間違いなく、死霊騎士に固められている馬車置き場に僕達の方から向かうのは、自殺行為の何物でもないからね。かといって、このまま徒歩で商業区画に行くのもリスクが高い」
「だったら――」
「まあ、それくらいのことはとっくに想定済みだけれどね」
「若様!お待ちしておりました!」
その声が聞こえるまで、ジオが思い悩みながら適当に歩いていたと思い込んでいた。
だけど、白陽宮の向かいにある貴族の屋敷の一つの通用口がおもむろに開き、そこから見覚えのある姿が出てきた時、思わず声が漏れてしまった。
「あ、あなたは確か……!?」
「この屋敷の主には話を通してあります!さあ若様、裏口に馬車を待たせてありますので、お急ぎを!」
予め通用口の向こうから様子を窺っていたんだろう、ジオを待ち構えていたその人物――商人のオランドさんは、失礼にならない早さでお辞儀をして、ジオを招き入れた。
オランドさんのコネを駆使して、この屋敷の敷地を通り抜けさせらい裏口へ。
そこで待っていたオランド商会の馬車で商業地区に一直線。
かくして、正門脱出者の中では最速で危険地帯から脱出することに成功した俺達は、公国樹立の実質的前線基地であるオランド商会本店の奥に、腰を落ち着けることになった。
「若様!よくぞご無事で!このオランド、王国の危機に危険を顧みずに民のために御心を砕かれる若様の偉大さに涙を禁じえず……」
「待った待った。オランド、今日は本当に時が惜しいんだ。説明できないほど気が高ぶっているのなら、疾く、息子たちに役目を譲ってほしいんだけれどね」
「なんと!いかに若様の御言葉と言えど、愚息共が私にとって代わるなど百年早いですぞ!」
ジオの最もな指摘に、心外とばかりにそう叫んだオランドさんだったけど、それでも話を始めてくれた。
「十日ほど前の若様からのお知らせ以降、ジュートノルへの人員、物資の輸送の速度を早めるために、あらゆる手を尽くしてまいりました。具体的には、更なる馬車の調達や、検問を滞りなく通過するための衛兵の買収などですな」
「すまないねオランド。かかった費用は、いずれ何らかの形で返すつもりだよ」
「とんでもない!むしろ、借りを作ったのは私共の方でしょう。白陽宮での騒ぎはすでに平民にまで知られており、主だった商人はリスク回避のために我先にと王都脱出を図っております。その点では、いち早く準備を整えていた私共に一日の長があることは疑いようがありませんからな」
「それは重畳だね。なら、王都脱出は順調と見ていいわけだね」
「はい。ですが、この先はそうも参りません」
それまでの自信に満ち溢れた表情から一転、オランドさんの顔が引き締まった。
「白陽宮の騒ぎが王都全体に伝播すれば、商人に限らず戦火を逃れようと逃げ出す者が続出するでしょう。中には、犯罪覚悟で強引な手を使う輩も出てくるでしょうから、多少のコネや準備程度では何の役にも立たない場面も出てくるかと」
「大商人なら、輸送隊の護衛くらい揃えているものじゃあないの?暴徒程度なら蹴散らしてしまえばいいじゃない」
「ははは、確かにアンジェリーナ様の言う通り、その手も無いわけではないのですが」
「あんまり、荒っぽい手は使いたくないね。私的に雇った傭兵が平民相手に乱暴を働くと僕の体面に傷がつくし、何より衛兵や騎士団相手にそれをやると、最悪の場合に反逆罪に問われかねない」
「で、でも……」
「いや、リーナの言いたいことも分かるよ。体面にこだわっている場合じゃあない、時には実力行使も覚悟すべきだって。そこが王族と貴族の決定的な違いだ。王族たるものいかなる場合でも優雅たれ、ってね」
諭すように言うジオに対して、さすがのリーナも言葉が続かなかった。
その様子を見かねてか、意外と平静を保っているオランドさんが口を挟んだ。
「御心配には及びませんぞ、アンジェリーナ様。かねてより若様の助力を得て、万が一の事態を想定しての策を練ってありますので」
「ジオ様、そうなの?」
「うん。できればもう少し後に話すつもりだったんだけれど、まあいいか」
その内容をジオが話そうとした、その時、
「失礼いたします」
オランドさんの部下らしき人が部屋に入って来て、主に何事かを短く耳打ちして、すぐに出て行った。
それから、少しの間だけ難しい顔をしていたオランドさんが、不意に言った。
「……少し厄介なことになりました。少し席を外します」
「どうしたんだい?」
「ただいま、表で荷馬車隊の準備を進めているのですが、そこに馬車を貸せと冒険者の一団が無理難題を吹っ掛けてきたようでして」
「ふうん……、よし、僕も行こう」
「わ、若様!?」
「僕が行けばセレスもテイルもリーナもついてくるし、多少の揉め事くらいならあっさり解決できるだろう?」
「し、しかし、若様を下賤の者に関わらせるわけには……」
「オランド、そんなことを言っている暇があるのかい?さあさあ、早く行くよ」
「……え、これ、私も行かないといけないの?」
「いくらオランド商会の中とはいえ、今のリーナ様はジオ様から離れない方がよろしいかと」
さっさと先頭を行くジオに、付き従うセレスさんとそれに続くリーナ。
さらに慌てた様子でオランドさんが部屋を出て行く。
と、そこへリーナが戻って来て、
「ちょっとテイル、何しているのよ!」
――え、なにこれ。
なんで、さも俺も当然ついてくるでしょ的に、リーナに腕を掴まれて連行されているんだ?
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