第144話 正門突破の連撃
ジオの決断によって、公国樹立の人員を引き連れてのジュートノルへの帰還と、その前線基地となっているオランド商会本店に向かうっていう、さしあたっての目的が示されたわけだけど、そのためには避けて通れない関門があった。
つまり、白陽宮からの脱出である。
当然、俺に名案があるはずもなく、ここまでずっと指示を出してくれているセレスさんを見ると、
「通常なら、王族のみに知らされている隠し通路を使うべきなのでしょうが、第二王子だったルイヴラルドが逆に侵入に使用した経緯を考えると、通路内で敵と鉢合わせする危険があります。となると、死霊騎士による白陽宮内の封鎖が完了する前に、いずれかの通用口を速やかに強行突破するのが最善ではありますが……」
そこまで言ったところで、ジオの表情を窺うセレスさん。
その目には、自分の案がジオにとっての最善かどうか、疑いの色がある気がした。
そして、その予想は正しかった。
「セレス、悪いけれど、その方法は却下だ」
「では、いずれかの隠し通路を?」
「それも無しだ。理由はセレスの言った通り、暗くて狭い通路の中で、アンデッドの大軍と鉢合わせなんて考えたくもないからね」
「では、どのように?」
言葉こそ疑問を呈していたけど、セレスさんの表情はその真逆、すでにジオの考えを予期しているかのように、諦めの空気を出していた。
「正面突破だ。最も死霊騎士が集っているだろう正門を破って、僕達は堂々と白陽宮を出て行く」
「はあ?そんなの、命がいくつあっても足りないだろう?」
誰から見ても無謀としか言えない、ジオの望み。
だけど、声を上げた俺とは裏腹に、セレスさんとリーナには仕方がないという風の、理解の表情が見えた。
「確かに、命を守るという意味ならば、テイルの言う通りなんだろう。でも、これから公国を打ち立てようって僕にとっては、こそこそと裏口から逃げてハイさよならというわけにもいかないのさ」
そう言ったジオに続いて、「護衛としては不本意ですが」と前置きしたセレスさんが語る。
「この騒乱の中、公国樹立を画策してきたジオ様にとって、『逃げた』という印象を世に植え付ける行為は、絶対に避けなければなりません。本来ならば、王太子殿下の王位継承の披露目に併せて、ジオ様の公国樹立も広く貴族達に知らしめるつもりだったのですが――」
「このアンデッド騒ぎで、それどころじゃなくなったと」
「そうです。公国樹立を領土簒奪との誹りを受けないためにも、ジオ様の堂々たる振る舞いが必要なのです」
やっぱりまだ納得しきっていないんだろう、含みのある言い方で、セレスさんはジオの考えを代弁した。
「さて、お互いの意思も統一できたところで、行こうか」
「い、行くって?」
「もちろん、白陽宮正門へだよ」
「そんな馬鹿な、大勢の死霊騎士が待ち構えているんだろう?……ああ、近くにいる近衛騎士団をかき集めて、正門にぶつけようって計画なんだな?」
第三王子の威厳で広間の奥を占領していたジオが立ち上がる。
その気安さに比べてあまりに重すぎるミッションに当然ついて行けるわけもなく、思い付きにしてはナイスアイデアだと思って、言ってみた。
言ってみた瞬間、「何言ってんだこいつ」みたいな三人の顔を見て、失敗を悟った。
「おいおいテイル、マクシミリアン公爵家の騎士を借りざるを得なかった僕に、そんな権限があるわけがないじゃあないか。行くのは、この四人だけだよ」
「はあっ!?四人って、実質戦力はたった三人じゃないか!?」
未熟者の自覚はあるけど、細かいことを言っている場合じゃないと、勢いのままにそう言ってみる。
だけど、
「……まあ、この三人なら、正門を突破するくらいなら大丈夫じゃあない?」
「当然です。そして、正門突破の手立てもすでに考えてあります」
――どうやら、セレスさんの指示に忠実に従う覚悟を、さっきまで以上に決めておく必要がありそうだ。
「現在、正門を含めた全ての門は、ルイヴラルド帝の命によって封鎖されている!!一同には、封鎖解除までこの場に留まっていただく!!」
前に見えるのは、白陽宮の外に出ようと正門前に集まっている上流階級と思える人々。
その流れを阻止する形で、正門の中央に立ちはだかるのは、部隊長と思える貫禄のある騎士。
もちろん、その理知的な口上からも分かる通り、普通の人族だ。
ただし、その背後を固める全身甲冑の一団は違う。
「あの騎士の一団、どう見ても死霊騎士だよねえ」
「では、あの部隊長さえ排除してしまえば、あとは遠慮はいりませんね」
「彼だけは殺さないようにね。自発的か脅迫されてかはともかく、大義名分もなく歴とした騎士を害すると、後々面倒だ。ちょっと気絶させてその辺に寝かせておくくらいにしてほしい」
「じゃあ、最初は私の出番ね」
そう言って、ジオの前に進み出たのは、リーナ。
正装ではなくてもさすがは公爵令嬢。
そのオーラだけで正門を塞ぐ人々を左右に下がらせ、あっという間に部隊長の前に辿り着いてしまった。
「なっ!?あ、あなたはマクシミリアン公爵令嬢では?この場にいるはずが……!?」
「あら、私のことをよーくご存じのようですわね。そのよしみで、正門を開けてくださるかしら?」
「出来かねる!また、貴方の身柄は見かけ次第何としても拘束しろとの、ルイヴラルド帝からの勅命が出ている!大人しく縛に――」
「あらそう。じゃあ、実力で通るわ」
その時、俺が見たのは、リーナが間合いのはるか手前で腰の剣を抜く間も見せずに何もない空を斬った瞬間だけ。
そして、なぜかそれに呼応するように突然両手を首に持っていった部隊長がゆっくりと崩れ落ち、その脇腹をリーナがはしたなくも蹴飛ばして、正門から離れた位置まで吹っ飛ばした光景だった。
当然、そんなことをすれば、後ろに控えていた死霊騎士の一団が見逃すはずもなく、アンデッドらしいゆっくりとした動作で、こっちに向かって各々の得物を構え始めた。
――だけど、遅い。
「じゃあ頼んだよ、セレス、テイル」
「かしこまりました」
「わ、わかった」
正門突破の段取りは一から十まで最初から決まっている。
リーナが部隊長を失神させてどけた直後、並び立ったセレスさんに合わせる形で、腰の黒の剣を抜き放つ。
――大事なのは、イメージ。あの正門が俺の行く手を、未来を阻む、突破しなきゃいけないという、確固たる意志……!!
『ギガンティックシリーズ、パワースタイルに移行。同時に目標物の強度を感知、ギガライゼーション第一展開を承認します』
「おおおおおおおおっ!!」
全身に纏った装甲のほとんどが黒い光と共に取り払われ、同時に黒の剣が巨大化、敵の侵入を阻むために高くそびえる正門を超える長さまで伸長した。
そして、隣のセレスさんは俺とは好対照に――
「砕氷剣、グレイシャルブリンガー」
自慢の愛剣を拡張する形で現れたのは、その身が放つ極寒の冷気だけで折れてしまいそうなほどの、極細の氷の柱。
俺の黒の巨大剣とそん色ない長さのそれを、どういう力が働いているのか片手だけで斜めに構えたセレスさんが、滅多に出さない気合の乗った声を発した。
「行きます!テイル、私に続きなさい!」
『一見、細微な彫刻が施されて美術的価値に傾倒していると思われている正門だけれど、物理的にも魔法的にも、極めて防御能力の高い物体となっている。これを打ち砕くには、最初に魔法障壁を無効化し、再展開される前に大質量にて門本体を破壊する必要がある』
事前のジオの説明を思い出しながら、セレスさんの氷の柱を追う形で、必死に黒の巨大剣を振り下ろす。
おそらくは想定外の事態に対処する頭は持っていないんだろう、武器を構えたまま呆けている死霊騎士の頭上を氷の柱が通過し、正門の天辺に触れようとした瞬間、
パキイイイイイイィィィン!!
正門にかかっていた魔法障壁がガラスでも砕いたかのような音を立てながら消滅、同時にセレスさんの氷の魔法剣も空気に溶けるように砕け散った。
――あとは、俺が……!!
『ギガライゼーション第二展開、目標を粉砕します』
正門本体と接触する直前、一気に重みと剣圧が増したと思った時には、黒の巨大剣は正門を両断しながら黒い波動を放出、死霊騎士達と周囲の壁まで消滅させてしまっていた。
「……な、なにが起きたんだ」 「正門が、消えた?」 「……で、出口だ!!」
リーナとジオの存在に気づいてから、固唾を飲んで成り行きを見守っていたらしい、式典の参加者。
その内の誰かが発した、出口という言葉の誘惑に抗える人は、誰一人としていなかった。
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