第143話 王都の危機とジオの決意


 セレスさんとリーナと白陽宮の広場を歩いて、でもできるだけ急いで移動する。


 俺を除いた女子二人は、王都では有名人だ。

 リーナを誘拐した黒幕と思える第二王子はもちろん、広場に集まった貴族に見つかって騒ぎになるのも避けたい。

 全力で走れないもどかしさを感じながら、それでもこれが最善だと信じて、セレスさんの後を追いかける。


 そんな俺でも、やっぱり第二王子の演説に聞き入ってしまっていたらしい。

 そう言い切れる現象が、いつのまにかに王都の空に現れていた。


「煙……?」


 パッと見じゃわからないくらい、だけど注意してみればいくつもの黒く細長い帯が空にたなびいているのが見える。


「まさか……内乱?」


「いえ。おそらくもっと悪いです」


 呟いたリーナの危惧に応えたセレスさん。

 その表情に、誘拐騒ぎの中すら見えなかった焦りの色があった。


「演説の最中から煙の出ている方向を観察していましたが、おそらく発生源は墓地。死霊術によって出現したアンデッドの大軍が、周辺の建物に襲いかかっているのでしょう」


「えっ?さすがにそれは飛躍しすぎじゃ……」


 そう俺が言い掛けたところで立ち止まったセレスさんが、振り返りざまに人差し指を口元に当てた。


「テイル、静かにゆっくりと、そこに立っている騎士を観察してみなさい」


「あ、はい………………え?」


 セレスさんに言われるがままに、白羊宮に通じる通路を見張っている頭から足先まで全身鎧に包まれた騎士に意識を向けた途端、あり得ない感覚に襲われた。


「あれはアンデッドです」


「ちょっとそ――ムグッ」


「リーナ様、御静かに」


 予測していたんだろう、思わず声を上げそうになったリーナの口を、セレスさんの手がすかさず塞いだ。


「落ち着いてください。見る限り、無秩序に暴れ回る恐れはないようです。さしあたっての危険はないでしょう。むしろ、不必要に周囲に知らせて、無用の混乱を招くべきではありません」


「で、でも、アンデッドが目の前の大勢の人を無視するなんてありえるの?生者を死者の領域に引きずり込むことこそが、アイツらの習性なんでしょう?」


「……あり得るとしたら、高位の死霊術によってアンデッド化され、ある程度の自我を与えられた可能性です。その術者については、言うまでもありませんね」


 そう推測を述べたセレスさんが、白陽宮二階のバルコニーに目をやる。


 そこでは、法衣姿の男、ワーテイル筆頭司教が、第二王子と入れ替わって演説の続きを始めようとしていた。


「誠に遺憾ながら、我らの崇高な志を理解してもらうには、少々の時が必要であろう!また、大罪を犯せし旧王家の妨害に対抗するために、我らは強力な援軍を死者の世界から呼び戻すことにした!それこそが、今現在、王都の治安維持に乗り出している『不死神軍』である!彼らは我らの意思を汲み取らぬ反乱分子以外には決して手を出すことはなく――」


「というわけです。権力において圧倒的な差がある王太子殿下に対抗するにはあまりにも無謀だと思っていましたが、第二王子とワーテイル司教にはこういう仕掛けがあったというわけです」


 冷静に思えるセリフとは裏腹に、セレスさんの表情には悔しさが漂っていた。

 第二王子の陰謀にいち早く気づいていながら、見事に出し抜かれたという感じなのかもしれない。


「事態は思った以上に深刻です。ジオ様の元へと急ぎましょう」


 セレスさんの言葉に異論があるはずもなく、リーナと一緒に頷いて、早足で白陽宮へと向かった。






「やあやあ、リーナ、無事だったようだね。その様子だと怪我一つないようで、重畳重畳。むしろ、この体たらくに陥っている僕の方が合わせる顔が無いくらいだよ」


 通用口から入った白陽宮内を迷いなく突き進んだセレスさんのおかげで、ジオと合流できたのはすぐだった(ていうかなんで迷わなかったんだ?)。

 どうやら第二王子の手も、広大な敷地と膨大な数の部屋を持つ白陽宮の全てには未だ届いていないらしく、マクシミリアン公爵家の騎士達を従えたジオのいた広間には、他にも多くの貴族や騎士が三々五々に集まっていた。


 そんな中、反乱騒ぎの真っ最中だというのにいつもの軽い調子で喋りまくるジオ。


 だけど、それは俺の勘違いだった。


「今さっき、父上に続いて母上も亡くなったと、知らせが舞い込んだよ」


「王妃様が……?」


 あまりの出来事に、俺とリーナが絶句する中、気遣うようなセレスさんの声が話の続きを促した。


「うん。次兄によって父上の首が落とされた直後、本来なら主を守ってその場を脱出するべき侍従達が、我先にと勝手気儘に逃げ出したらしくてね、一人残された母上がおろおろしているところに、近づいてきた死霊騎士によって首の骨を圧し折られたそうだ」


「申し訳ありませぬ。我らがいち早く動いていれば……」


 そう言いながら膝を折って、謝罪の意思を示したのは、ジオを護衛しているマクシミリアン公爵家の騎士達。

 だけど、薄い笑みを浮かべたジオはゆっくりと首を横に振った。


「君達は、僕を守れというアルベルト殿の命令を忠実に果たしている。あの時、たとえ一人でも母上の救出に動いていれば、隙ありとみた次兄が死霊騎士をけしかけていたかもしれない。安全確保を優先した君達を、主でもない僕が咎めることなどできないよ」


「……身に余る光栄」


「うん。皆、ご苦労」


「では、我らはこれにて」


 ジオのその言葉を聞いてから、騎士達は広間の外へと向かっていった。

 行き先は言うまでもなく、同じ白陽宮の中にいるだろうリーナのお兄さんのところだろう。

 その様子を見送ってから、ジオはリーナの方に向き直った。


「一応聞いておくけれど、リーナ、一緒に行かなくてよかったのかい。今生の別れになるかもしれないよ?」


「愚問よ。別れというのなら、冒険者になるために王都を出発したあの時に、もう済ませているわ」


「そうか、いや、本当に愚問だったようだ」


 そう自嘲したジオは、俺達三人に言い聞かせるように本題を切り出した。


「さて、事はアドナイ王国存亡の危機ではあるんだけど、生憎僕には次兄に対抗する力もなければ、王位簒奪者を討つ権利もない。せめて、その役目を負う長兄を助ける手段があるとすれば、公国樹立のプロセスを前倒しして、一人でも多くの王都の民を安全なジュートノルに避難させることだ」


「つまり、今から王都脱出を開始するということですか」


「その通りだ、セレス。まずは全体の状況を把握するために、オランドの元へ向かう」


「オランドさんの?第三王子宮にじゃないのか?」


「それも一案ではあるんだけれどね、テイル。生憎あそこは、地理的にも、人材的にも、情報収集に向いていない。宮殿には、オランドの元に着き次第、かねてより準備させていた総員退去を命じるつもりだよ」


「じゃあ、オランドさんの屋敷に――」


「ああ、それも違う違う」


 てっきり、今ではもう懐かしいとさえ思えるオランドさんの屋敷を思い浮かべた俺を、ジオはあっさりと否定して見せた。


「これから向かうのは、商業区画にある、オランド商会本店だ。そしてそここそが、ジオグラッド公国樹立計画の王都側の本部となっている場所だよ」

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