第142話 白陽宮前広場の宣言
誘拐されたリーナを無事に救出したものの、黒幕はジオの兄のルイヴラルド第二王子だと判明、しかも敵の狙いがジオとセレスさんを引き離すことだった。
――って、理解できればよかったんだけど、残念ながらそんな頭も直感力も俺にはない。
「さあ、行きますよテイル。今この瞬間にも、ジオ様が私の姿を捜してさ迷っているかもしれません」
戦いの空気を残していることもあって、いつも以上にジオ命みたいなことを言っているセレスさんの要望に応えたいところではあるんだけど、一つ、深刻な問題があった。
「お待たせ。じゃあ行きましょうか」
誘拐された時に奪われて、ギムレット邸の別室に保管されていた自分の剣を取りに行っていたリーナが戻ってきたので、さっそく言ってみる。
「それで、俺はどっちをお姫様抱っこすればいいんだ?」
「はあっ!?い、いきなり何を言い出すのよ!!」
「いやだって――」
怒り出したのか恥ずかしがっているのか分からないリーナに、ここまでのことを話すと、
「確かに、式典に合わせて大通りはどこもお祭り騒ぎ、出店もいっぱいで普通の方法じゃこんなに早く助けに来ることができなかったんでしょうけれど……でもダメ!お姫様抱っこなんてどうかしているわ!」
――途中からなぜか嬉しそうな声になったのは気のせいだろう。そうに違いない。
そう、くねくねしているリーナの様子を自分に言い聞かせて、今度はセレスさんの方を見ると、
「さすがにリーナ様と私の両方を担ぐことは無理ですね」
そう言われて、リーナとセレスさんの体を両肩に担いで王都の空を跳ぶ自分の姿を想像する。
――駄目だ、犯罪臭しかしない。
「仕方がありませんね。テイル、リーナ様をお願いします」
「それはいいですけど、セレスさんは?」
どうやって俺のスピードについてくるつもりなんだろうと思って聞いてみると、セレスさんは真面目くさったいつもの顔で、端的に言った。
「自力で何とかします」
凄腕の剣の使い手のセレスさんが氷魔法が得意なのも知っていたけど、その二つを組み合わせることなんて、想像もしていなかった。
ましてや、俺のスピードスタイルについてくる方法があるなんて。
「あくまでも、ジオ様の元に馳せ参じるための緊急手段です。普段はこのような非効率的な手は使いません」
そういうセレスさんが使ったのが、鏡のように見事に地面を凍り付かせた、氷の道。
その上を、ブーツを覆う形でブレード付きの氷の靴をさらに履かせることで、俺の跳躍に勝ると劣らないスピードで、セレスさんが並走してきたのだ。
だけど、俺達が進むのは人目につきにくい、家々の敷地内。
当然その間には境界線代わりの柵が立っていて、そのまま移動することは不可能だ。
それをセレスさんは――
「な、なにあれ……?」
柵を超えるためにジャンプした俺とお姫様抱っこされているリーナのすぐ横を、前方に氷のジャンプ台を一瞬で作り上げたセレスさんが直後に突入、軽やかに一回転と一捻りをしながら、あっさりと隣家の敷地に着地していったのだ。
「ふう、しばらく使っていなかったせいか、やはり鈍りましたね。近い内に鍛え直さなければ」
――いやいや、あれだけアクロバティックな技を一度のミスもなくやり遂げて、そんな涼しい顔で言われても……
もちろん、そんなセレスさんのセリフが聞けるのは移動中のことじゃない。
王宮の間近、これ以上は人が多すぎて目撃されたら騒ぎになりかねないというところまで来て、あとは普通に歩いて、ジオがいると思われる白陽宮近くの通用門まで向かっている最中のことだ。
「すごいな、王宮周りの人手だけで、ジュートノルの人口を軽く超えるんじゃないか?」
「一生に一度見られるかどうかっていう、白陽宮のバルコニーに陛下以下王族が姿を現す機会だから、せめて遠目からでもって近隣の平民が観光のついでに集まっているのよ」
そう、隣のリーナと交わす会話すらやっと聞こえるくらいの人ごみの中、ようやく通用門に辿り着く。
問題は、衛兵がすんなりと俺達(特に俺)を通してくれるかどうかだけど……
「師範殿!ご苦労様です!」
この通用門の衛兵隊を率いているらしい騎士の人が、セレスさんを見るなり顔パスで通してくれた。しかも、気品とは無縁の俺のことを一切詮索せずに、だ。
「昔、ちょっと稽古をつけたことがありまして」
驚く俺にさすがにちょっとは説明の必要を感じたんだろう、明らかに年上の騎士のことを、セレスさんがそう紹介してきた。
――ジオのことも得体のしれない奴だと思って来たけど、セレスさんも大概だな。
セレスさんの過去にも興味が湧いてきた気持ちを抑えながら、いよいよ目の前に迫ってきた白陽宮へと急ぐ。
「何とか間に合ったようね」
そうリーナが本音を吐き出し、俺も心の中で同じ気持ちになったのがいけなかった。
――そう、実際にこの目で確かめるまでは、現実は何も決まっちゃいないというのに。
「諸君!!私は中央教会筆頭司教、ワ―テイルである!!」
魔法で広く遠く届けていると思える、ややぼやけたその声を聞いた瞬間、先頭を行くセレスさんの足が止まった。
「セレスさん……?」
「しっ、ここで私達だけ動いていては、敵に感づかれます」
セレスさんの言う通り、さっきまで活気に満ち溢れていた白陽宮の中の行き来が、ワ―テイルの第一声でしんと静まり返っていた。
「本来ならば、今頃は王太子の王位継承の表明の刻限になっていたことであろう。だが、四柱の神を崇める聖職者として、なにより昨今人族に襲い来る災厄を憂う者として、現アドナイ王家の大罪と欺瞞を糾弾せずにはいられないのだ!!」
王家の繁栄を願うはずの式典に、突然それを糾弾するワ―テイルが現れたことで、白陽宮前の広場には困惑のざわめきが広まり始めた。
それを一瞬で鎮めたのは、ワ―テイルの後ろから現れた、青白い顔色の青年の姿だった。
「だが!!王家にも心有る御方はおられたのだ!!こちらにあらせられる第二王子ルイヴラルド殿下は、長年アドナイ王家の横暴に心を痛められ、陛下に再三翻意を促しておられた。にもかかわらず、陛下はルイヴラルド殿下の御言葉に耳を傾けるどころか、約百年前より災厄の到来を予言していた啓示を、四神教総本山を始めとした各国と共に民に隠していたのだ!!」
その言葉で、広場のざわめきがさらに大きくなる。
言葉で否定するのは簡単だろう。
だけど、近頃の辺境を中心とした魔物の群れの襲撃は、ワ―テイルの主張を裏付けるのに十分すぎるほどの説得力を持っていた。
「もはや災厄は止められぬ!!」
そのざわめきを止めたのは、ワ―テイルの代わりに前に出て声を発した第二王子だった。
「人族の横暴によって、棲み処を、同胞を、家族を、自らの命を奪われた魔物どもの怒りと嘆きは、神々によって聞き届けられてしまった!!たとえ今すぐ人族が改心したとしても、神々の啓示と加護を受けた魔物どもの侵攻は止まらぬ!!抗ったとて、災厄は確実に人族の全てを破壊しつくすだろう!!」
病弱の噂が嘘八百だったんじゃないかと思うほど、第二王子の声は心を打ってくる。
そう思っている人が多いんだろう、広場の群衆の中にはその場に崩れ落ちる姿が次々と現れ始めた。
「だが!!神々は我ら人族を完全に見捨てたわけではない!!何を隠そう、幼き頃から病弱だった私が、今こうして皆に語り掛けているこの姿こそが、何よりの証なのだ!!」
「畏れ多くも殿下は、神々の中でも至高の一柱に座する不死神の使徒として、加護を得られたのだ!!そして、殿下の洗礼を受け、不死神に信仰を捧げると誓った者は、災厄を逃れられる資格を得る!!」
「今ここに、私は現王家の廃絶を宣言すると共に、不死神を崇めるルイブラッド帝国の樹立を宣言するものである!!」
オオオオオオオオオオオオオオオ!!
「……行きましょう。今なら、この騒ぎに乗じて動けます」
歓喜と絶望の両方が入り乱れる、混沌。
もはやだれが何を叫んでいるのか分からない広場を、セレスさんに従って離れた。
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