第140話 王子三人
王都アドナイ。
別名、白都と呼ばれるこの美しい街並みを象徴するのは、やはり中心に据えられた王宮だろう。
王宮最大の施設である白陽宮では、一年にわたって行われる王位継承の儀式、その口火を切る披露目の式典が、今まさに行われようとしていた。
そして、その主役たる国王を始めとした王族も、王都中の貴族が馳せ参じた白陽宮前の広場に近い一室で、式典開始の時刻を待っていた。
「それにしても、ジオグラルドよ」
「なんでしょうか、兄上」
「セレスはどうしたのだ?それに、その護衛達に見覚えがあるのだが」
早朝からのあれこれがありつつも、何とか定刻通りに白陽宮に辿り着いたジオグラルド。
同行したリーナの兄、エドワルドとは王宮の前で別れたので、警備の騎士達から怪しまれることはなかったが、さすがに実の兄にしてセレスとも面識のあるエドルザルドを誤魔化すことはできなかった。
「お話しします」
そう切り出したジオグラルドは、今朝の出来事を包み隠さずにエドルザルドに告げた。
「マクシミリアンのリーナ嬢が誘拐?何かの間違いではないのか?」
「残念ながら事実です。次期当主のアルベルト殿が証言している以上、これより確かな証はありません」
「そうか。して、背後関係は掴めておるのか?事は王国の鼎を揺るがそうという事件だ。些細な間違いも許されるものではないぞ」
そう言いながら、エドルザルドは部屋に隣接するバルコニーの方に視線を送る。
その先には、演説を始めた国王と王妃、そして王位継承を寿ぐ無数の歓声が聞こえてきていた。
演説の内容から、まだ話をする時間はありそうだと判断し、弟に向き直る。
「マクシミリアン家の事情は、私よりも兄上の方がよくご存じでしょう。今や兄上の派閥の柱石の臣となったマクシミリアン家に正面切って敵対できる家など、ごく限られてきます。近頃ガルドラ公爵家の養子となり、以前から個人的にリーナに固執していたレオンか、もしくは――」
「アンジェリーナ嬢との婚約関係を一方的に主張している、ルイヴラルドか」
「王都に帰って来てからというものの、王国貴族の勢力図の把握に勤しんできた私から見て、今のマクシミリアン家に政敵と呼べるほどの相手はおりません。だとすれば、リーナ個人によほどの執着のあるこの二人しかいないでしょう」
「……できればどちらでもないことを、私は望んていたのだがな。私の王位継承を控えたこの時期に王国を乱そうという者は、すなわち私への反逆に等しい。確かに、家名存続など眼中にない者の犯行と言えるかもしれぬ」
頭の痛い問題に本当に頭痛を覚えたようなしぐさを取ったエドルザルド。
しかし、今日ばかりは寝込んでいる暇などないことは、彼自身が最もよく理解していた。
「それでジオグラルド、手は打ってあるのか?」
「ご心配なく。そのためにセレスが私の元を離れているのです。遠からず、吉報をお届けできることでしょう」
「そうか。では、私が動く必要はないというのだな」
頷くジオグラルドを見て、エドルザルドはひとまず心を落ち着ける。
要は、貴族や平民に対して、つつがなく王位継承の披露目が終わればいいのだ。
多少のトラブルがあったとしても、秘密裏に処理できれば誰もトラブルとは思わない。
そういった闇を腹の中に収めて何食わぬ顔で過ごすことこそ、王たる資質だと言い聞かせる。
そう考えつつ、バルコニーでにこやかに演説する実の父を見るエドルザルド。
「このことも、やはり陛下にはお伝えせずに済ませた方がよいであろうか」
「間違いなく。陛下の御気性を考えると、心安らかにしていただくことこそが最良です」
まるで他人のように父親を語る、二人の王子。
それもそのはず。
政治は大臣や官僚に任せきりで一切口を出さない、良く言えば賢明、悪く言えば凡庸な王。
それがブラルレイド三世の評価であり、王としては一応は及第点と呼ばれる姿だろう。
ただし、政略結婚で今も他国の王族として責務を全うしている王妃と違って、実の子であるエドルザルドとジオグラルドの父への評価は、いささか以上に異なる。
何がそうさせたのかまでは不明だが、ブラルレイド三世は自分の子供達にすら、ひたすら無関心を貫き続けた。
幼いころから守役や家庭教師から王たる資質を叩き込まれてきたエドルザルドや、やがては他家へと嫁いでいく二人の姫はともかく、ルイヴラルドとジオグラルドは徹底的に放置された。
その結果が、王弟の資格を巡る大貴族達の暗闘を許し、ジオグラルド出家の原因となったのだから、その時点でブラルレイド三世が王の責務を果たして全うしていたのか、疑問符がつくことだろう。
「せめてもう少し、陛下が私達のことを顧みてくださっていたら、ルイヴラルドもこの場に居られたのだろうが……」
そのエドルザルドの言葉の通り、この式典の場にルイヴラルドはいない。
というより、最初から招かれていないのだ。
この式典の主な目的が、エドルザルドの王位継承の披露目であることは間違いないが、もう二つ、重要な発表を控えている。
ジオグラルドの臣籍降下による公国樹立と、ルイヴラルドの一切の役職からの退任と隠居だ。
「事が事だけに、ルイヴラルド本人を同席させるのはあまりにも酷だとの、陛下の思し召しだ」
「それとて、近侍からの進言をそのまま受け入れただけのものですが」
「仕方あるまい。今回ばかりは陛下の御意思が正しい。そもそも、弁明の機会はあったはずのところを、ルイヴラルド自身が何の申し開きもしなかったのだから、今更私達が言えることでもない」
「兄上は、まだお会いする機会もあるでしょうが、私はすぐにジュートノルに居を移す身です。次にルイヴラルド兄上とお会いできる機会があるかどうか……」
「そうか、そうであったな。だが、これも王家に生まれた者の運命と受け入れるしかあるまい」
「……そうですね」
そう、ジオグラルドも、実の兄とはいえ他人にかまけている暇などない。
今日の式典はもちろんのこと、寝る間も惜しまなければならないほど、明日以降も多忙な日々が待っているのだ。
ここでの頑張りが公国の未来を左右すると思えば、物心つく前から縁遠かった次兄の心配をしている場合ではないのだ。
「む、そろそろか」
その長兄の声に、ジオグラルドがバルコニーを見ると、穏やかな笑みの国王夫妻が外に向かって手を振りながら、こっちに歩いてきているのが見えた。
「兄上、いよいよですね」
「なに、これまでも陛下の代わりなど数え切れぬほど勤めてきたのだ、いまさらだよ」
そう言いながら薄く微笑んだエドルザルドが椅子から立ち上がり、戻ってきている最中の国王夫妻の方へと歩き出した。
その姿を見守りながら、次はこちらも縁遠い両親と上辺だけの会話をしなければと、ジオグラルドは覚悟を決めた。
そして、国王夫妻とエドルザルドが会釈を交わしながらすれ違おうとしたその時、
ガコッ
部屋の壁から何かが外れたような音がして、人一人分は通れそうな四角い穴がぽっかりと空いたかと思うと、そこからきらりと光る何かが飛び出し――
「おかくごおおおおおおオオオおおおおおおっ!!」
狂気の笑みをその顔に張り付かせ、病弱の評判を根っこから覆すような絶叫を発したルイヴラルドが疾走し、呆けた顔をしているブラルレイド三世の首を、手にしていた長剣で一閃した。
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