第138話 冒険者ギルドの裏口


 冒険者ギルドを頼ることを真っ先に否定したのは、他ならぬジオだ。

 だから、その唯一の従者のセレスさんも当然その意志に従うんだろうなと思っていただけに、完全に予想を裏切られた形だ。


 そんなわけで、この放置しておけない疑問をセレスさんにぶつけてみたわけだけど、


「テイル、あなたは勘違いしています」


「勘違い、ですか?」


「ジオ様が仰っていたのは、あくまで冒険者ギルドの助力を得ることを敵方に知られることだけは避けろという意味です」


「要は、こっそり接触できれば何の問題もない、ってことですか」


「その通りです」


 しれっとそういうセレスさんだけど、俺個人としてはまだまだ不安が拭えない。


 というのも、


「セレスさん、本当にこんななところから入って大丈夫なんですか……?」


 すでにお姫様抱っこ状態を解除した、俺とセレスさんが今いる場所は、冒険者ギルド総本部の敷地内。

 それだけなら特に問題はないんだけど、よりにもよってその本館の屋根の上に、スピードスタイルのジャンプ力を駆使して降り立つとは思ってもみなかった。


「問題ありません。この辺りの建造物は、敷地侵入からここに至るまで、警備の目を掻い潜れるような造りになっています。さらにはテイルが最大限の警戒を欠かさずにここまで来たのです。まず露見の危険はありません」


「でも、変じゃありませんか?」


「――言ってみなさい」


「だって、ここは王国中の冒険者ギルドの中心地なんですよね?なのに、こんなわざわざ侵入しやすい死角があって、警備の眼も行き届いていないなんて、甘すぎるっていうか、むしろ意図的に作られたと思うしかないっていうか……」


「あなたも分かってきたではありませんか」


「え?」


「つまりはそういうことです。ここは、鉄壁の警備を誇る冒険者ギルド総本部において、他の建物や植え込みを巧妙に利用した、裏玄関なのです」


「裏の……?」


「世間には表沙汰にはしたくない依頼を、冒険者ギルドとの特別なコネを持った特権階級のみが利用できる闇のルートということです。それから、無闇に道を外れるようなことは絶対に慎んでください」


「……ちなみに、道を外れるとどうなるんですか?」


「先ほどの雑魚とは比べ物にならない、この裏口を守護する凄腕のアサシンによって、痛みも感じないままに命を刈り取られます」


 ――怖っ!?


 そんなわけで、セレスさんの後をおっかなびっくり屋根の上をついて行き、やがて一つの窓の前に辿り着いた。

 人一人くらいなら優に通れるくらいの大きさのその窓に、ちょっと覚えきれない速さのリズムで数回叩くセレスさん。

 すると、中が見えない擦りガラスの窓が開き、俺達を招き入れた。


 そして、中にいた人を見た瞬間に、ここが冒険者ギルド総本部で一番重要な部屋だと気づいた。


「誰かと思えばセレス卿とテイルか。……今日がどういう日かわかって――いないわけねえよな。とっとと依頼を言え」


 これまでのだらけた雰囲気とは一変した、冒険者ギルドグランドマスター、レナートさんが厳しい顔のまま、余計な茶々一つ入れることなく本題に入れと言ってきた。


「申し上げます」


 見たこともないレナートさんの剣幕に戸惑っている俺はともかく、この程度で動じるわけもないセレスさんが、今朝の出来事を簡潔に説明した。


「……それで、ギルドに何をしてほしいんだ?」


「リーナ様の居場所の特定を」


「……それだけか?他に裏があったりはしないんだろうな?」


「誓ってありません。リーナ様の救出はこちらで行います」


 両者の間に沈が流れ、視線が交錯する。

 その緊張感に俺が我慢しきれなくなった、その時だった。


「………………なんだよー、それならそれで早く言ってくれよなー」


 ガラガラと音を建てそうな勢いでレナートさんが座っていた椅子からずり落ちた。


「てっきり、第二王子か筆頭司教を暗殺してくれって依頼かと思ったぜ。あー、緊張して損した」


「ジオ様はそんな下種な手段を望みません」


「だろうな。それくらい分かる程度の付き合いはあるつもりだ。だが、アンタは違うだろ、セレス卿。アンタなら、殿下の意に沿わぬやり方も、状況次第では躊躇しないはずだ」


 椅子からずり落ちたのと一緒に崩れたレナートさんの表情だけど、セレスさんを見たその一瞬だけは鋭い光を放っていた。


 それに対して、僅かに躊躇う様子を見せたセレスさんは、


「……今はまだ、その時ではないと判断します」


「……そうか。その言葉を聞けて安心した。こっちとしては、殿下はもちろんだが、セレス卿自身も裏依頼を受けざるを得ない『客』だ。そのアンタが思い留まってくれるなら、それに越したことはない」


 そう言ったレナートさんは「ちょっと待ってろ」と言って、俺達を部屋に残して出ていった後、すぐに戻ってきた。


「わかったぞ。マクシミリアン公爵家を騙った馬車の居所」


「……は?こんなに早く?」


 ――リーナの居場所が分かったっていうのか……?


 驚きを通り越して呆然としている俺に、いつもより若干呆れた顔をしたセレスさんが言ってきた。


「それだけの諜報力が冒険者ギルド総本部にあると判断して、ジオ様は私に命じたのです。でなければ、式典開始までにリーナ様を救出することなど不可能でしょう?」


「俺の方から一個付け加えさせてもらうと、今日だからこそ、なんだがな。王都中が湧き立つような一大イベントの当日だぞ。騎士団や俺達冒険者ギルドのようなところは、騒動の一つや二つが起きることを想定して、何日も前から王都の異変をいち早く察知するために、あちこちに監視の目を置いてるんだ」


「その監視の目が、リーナの居場所を突き止めたってことですか?」


「正確には、怪しいと踏んで監視していた屋敷の一つにそれっぽい馬車が入っていったと報告が上がってきた、ってことだがな」


「それで、リーナは今どこに?」


「誘拐の手際は見事だったようだがな、さすがはお貴族様、どっかしらで間抜けな真似を晒すもんだ」


「……ギムレット邸」


「さすがはセレス卿、御明察。十日ほど前に家族は領地へ。使用人も休暇やら理由をつけて解雇して一人もおらず。そんだけ怪しい動きをすれば目をつけられるって発想が、マクシミリアン公爵家の護衛騎士殿にはなかったらしいな。まあ、おかげでこんなにあっさりと情報が入ってきたわけだが」


「レナート様、ありがとうございました」


「おっと、待ちな」


 長居は無用とばかりに、必要な情報を得てすぐに出て行こうとするセレスさんを、レナートさんが止めた。


「リーナ嬢を救出するのはいいが、後始末はどうする気だ?まさか、誘拐犯一味を一人の死者怪我人も出さずに無力化できる、なんて傲慢になっちゃあいねえよな?」


「それは、その状況になった時に判断します」


「だが、それじゃ戦いの痕跡まではいくらなんでも消せない。だから、『清掃室』を貸してやるよ」


「っ!?」


 ――セレスさんがここまで驚くのは珍しい。

 そう断言できるほどに、普段は感情の揺れを一切見せない彼女の眼は見開かれていた。


「よろしいのですか?」


「その方が、情報を提供した俺も安心できるってだけだ。だが、気をつけな。俺のところに集まっている情報が正しければ、ギムレットの背後にいるのは――」


「関係ありません」


 今度こそ、レナートさんの言葉を聞き終わる前に、セレスさんは裏口である窓枠に足を掛けた。


「ジオ様の御命令を遂行するために、敵は全て疾く排除するだけです」

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