第137話 寄り道血道
「スカウトの上位クラスならこのくらいの芸当も難しくはないと聞きますが、実際に体験するとなると凄いものですね」
そう、俺の胸の中で言うセレスさんの感嘆の言葉を聞きながら、高速で落下する体の勢いを『ストリーム』の風圧で和らげ、貴族家と思しき大きめの屋敷の屋根を壊すことなく降り立つ。
『スピードスタイル』の恩恵は、驚異的なジャンプ力に留まらない。
下半身を中心に幾重にも重ねられた黒の装甲は、魔力を注ぎ込むことで、足にかかる負担の軽減と踏み込む力の補助をやってくれる、らしい。
さらに、速く走れば走るほど体にかかってくる風圧を、自動的に風魔法のストリームが発動して、水面を切り裂く船のように進みやすくしてくれる。
だけど、お姫様抱っこされる形で同じ体験をしているセレスさんがどこまで耐えられるか、俺には知りようもない。
そんな思いが微妙な体の動きになって伝わったんだろうか、ぐっと堪えるような顔をしているセレスさんが、屋根の上を走る俺に向かって言ってきた。
「遠慮は無用ですよ。これでも護衛騎士として幼少期から鍛錬をかかさず、『ロイヤルナイト』のジョブを得た身です。この程度で消耗するほどやわではありません」
「あ、は、はい」
そこまで言われたら、遠慮するわけにもいかない。
ちょうど、屋根の反対側の端が見えてきたところで、屋根板を踏みぬかないように梁のある所を選んで、左足で大きく踏み込んで大ジャンプした。
そこで、肝心なことを質問していないことに気づいた。
「あの!!セレスさん!!俺はどこに向かえばいいんですか!?」
この距離でも大声を出さないと届かないほど風切り音が大きい中、自分の間抜けさに嫌気が差して背中にびっしりと汗をかきながら、セレスさんに聞く。
慌てた俺とは違って、御姫様抱っこされている状況にも全く動じることもなく、スピードスタイルの恩恵で大した衝撃もなく着地した瞬間に、セレスさんは答えてくれた。
「問題ありません。この方向で――ここで合っています」
「へ?」
まるで、こここそが目的地だったと言わんばかりのセレスさんの言葉。
見回してみると、これまでの屋敷の数々と違って庭に手入れの気配もなく、荒んだ雰囲気の、以前は貴族が住んでいたと思える屋敷の敷地の中。
もちろん人の気配もあるはずもなく――と思っていると、
「来ましたか」
枯れた木や草ばかりの中、寒々しいほど広く隠れる場所もない庭に、俺達とは全く違う雰囲気を纏った黒ずくめの男達が六人、着地した。
「え、あ……?」
「驚くことはありませんよ。第三王子宮が敵方から見張られていたのは自明の理。そして、テイルの五感をすり抜けられるほどの隠密スキルを持った相手となると、スカウトの上位職『アサシン』に他なりません」
「いや、十分に驚くことですって……」
「それよりも、死にたくなければすぐに下ろしてください。私達に存在を察知された時点で、あちらは尾行に失敗したようなものです。どうやら始末する気のようですよ」
「は、はいっ」
覆面をしてい表情が見えない六人の敵を警戒しながら、すぐに腰を下ろしながら優しく降ろすと、すくっと立ったセレスさんは鞘走りの音も立てずに剣を抜いた。
「テイル、あなたにはあそこの二人を任せます。殺す必要はありません。私が他のアサシンを何とかするまで足止めしてください」
「っ!――わかりました」
そう答えながらセレスさんと背中向かいになる形で、腰から抜いた黒の剣とポーチから取り出した魔石を構える。
対する相手は、黒で艶消しされたナイフを前に突き出しただけ。
一見戦闘力の低そうだけど、アサシンの基本職、スカウトの真骨頂が身軽さを生かした攻撃手段の多彩さにあることは、よく知っている。
特に警戒するべきは、ちょっとブカブカに思える黒い服の下に隠されているだろう、暗器の数々だ。
だから、俺が採るべきは――
「『イグニッション』!!」
視界を焼かないように調節した着火魔法で先制。
思わず目を背けた二人のアサシンを見た瞬間、下半身に溜めに溜めていた魔力を開放、弾け飛ぶような感覚に襲われながら急速に大きくなった二人の敵の左側に狙いを定めて――
「らあっ!!」
スピードスタイルのトップスピードを最大限に生かした、小細工無用の蹴りをアサシンのみぞおちにお見舞いした。
「げぼあああああああああっ!!」
何の捻りもないけどその分体重が乗った蹴りの一撃は、見事にアサシンの体の中心を穿ち、その身体を庭のはるか遠くまで吹き飛ばした。
――もちろんこれで終わりじゃない。
黒い覆面で感情を押し隠したはずのもう一人のアサシンが両眼を目一杯に見開いて驚きを見せているのを横目に見つつ、茶色の庭土をえぐりながら急制動、その勢いが収まる寸前に真上に向かってジャンプした。
「――っ!?」
その顔に驚きを張り憑かせたまま、それでも俺の姿を見失うまいと必死に顔を上げてきたアサシン。
でも、その行動こそが俺が待ち望んでいた隙が生まれた瞬間だった。
「疾っ!!」
アサシンの予想に反して、上空に生み出したストリームで上昇する体を押しとどめた俺は、まさに打ちごろの位置にあったアサインの側頭部目掛けて意識を刈り取る蹴りを放った。
「ガフッ――!?」
ドサッ
受け身を取らずに崩れ落ちた二人目のアサシンの姿と、最初の敵も吹き飛んだ辺りで動かないのを確認して、俺の倍の敵を相手取っているセレスさんを援護しようと、目を向けた。
――結論から言うと、余計なお世話だった。
剣を片手に佇むセレスさんの周りには、うめき声一つ立てずに倒れている、四人のアサシン。
それぞれの体に数本の透明な剣が突き立っていて、まるで地面に磔にしているように見える。
そして、ここまで冷気が漂って来たことで、透明な剣の正体がセレスさんが作り出した氷の魔法だということに気づいた。
「テイル、同じ人族を殺したくないという気持ちは理解できますが、ことアサシンに関しては気絶だけでは不十分だということは覚えておきなさい。これらは、敵を欺くためならば気を失った振りくらいは簡単にやってのけます」
「は、はい」
「まあ、今回は威力が威力ですからその心配はないでしょうが、次からは気をつけなさい。――特に、リーナ様を助け出したいのであれば」
「……わかりました」
――必要があれば殺せ。
言外にそう言われている気がして、氷の剣による冷気以上の寒気を感じながら、セレスさんに答えて、
「それで、こいつらはどうするんですか?」
さすがに「殺すんですか?」とは聞けずにそう言うと、
「このまま捨て置きます」
「いいんですか?」
「ジオ様の身の危険や私達を追ってくる心配なら、必要ありません」
そう言いながら、セレスさんがこっちに近寄ってくる。
「アサシンの世界は非情です。失敗は絶対に許されませんし、何より標的に気づかれるような失態を侵した者に、裏社会は容赦しません。遅かれ早かれ彼らを始末する者達がここに現れるでしょう。その際に見事逃げ切れるか、それとも始末されるか、私達の関知するところではありません」
そこまで言ったセレスさんは、ドギマギするほどの距離まで近づいてきて、俺の耳元で囁いた。
「何をしているのです、早く私を抱きなさい」
「はっ!?……あ、あーあー、抱き抱えろってことですね!そうですよね!」
「なにを頭のおかしいことを言っているのですか。早く次の目的地に向かいなさい」
「む、向かうってどこに?」
一瞬だけ天国に行ったような気持ちになって我に返った俺に、いつもよりも一段冷たさを増したセレスさんの声が届いた。
その意外と細身の体を抱き抱えながら俺が訊くと、彼女は声のトーンを変えずに言った。
「冒険者ギルド総本部へ。急いでください、残された時はそう多くはありません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます