第136話 救出の秘策


「1、2、1、2」


 すっかり馴染んだ第三王子宮の庭で、掛け声をかけながら体全体を使って膝を曲げ伸ばしする。


 いつもならレナートさんとの訓練の中で徐々に体を温めていくんだけど、式典当日ということもあって、ぜんぜん準備をしていなかった。

 そこで、ジュートノルでの日課の狩りの前にやっている運動をやっているわけだけど、これから起こるであろうことを考えると、こんな程度でいいのかと若干の不安がなくもない。


 と、そこへ、


「テイル、準備は済みましたか?」


 現れたのは、いつもの従者然とした上等で動きやすい男装から、隠密任務のために剣以外は全て黒の革装備に身を包んだ、セレスさん。

 対する俺も、さっきまで着ていた煌びやかな式典用の衣装から、いつもの訓練用の服の上から黒の装備を身につけている。

 その後ろには、見送りのつもりかジオとリーナのお兄さんも来ていた。


「今回、リーナ様を救出できるか否かは、あなたの働きにかかっています。どんな状況になっても決して動揺せず、任務の成功を専一に考えてください」


「頼んだよ、セレス、テイル。リーナを救い出した上での無事の帰還を祈っているよ」


「私はまだ貴様のことを認めたわけではないが、殿下とセレス卿の言を信じて託すのだ。私を失望させるなよ」


 セレスさんの言葉に続く形で、俺達を見送った後で王宮へと向かうジオとリーナのお兄さんがそれぞれの言葉で激励?してくれる。

 ジオはともかく、初対面の時からどうも印象が良くないらしいリーナのお兄さんは、俺にリーナ救出を託すことに心の底から納得いっていないのは明白だ。


 それでも、俺が適任だと認めざるを得なくなったの経緯を知るには、少しだけ時を遡る必要がある。






「待っていただきたい!!」


 ジオからリーナ救出を託されて俺が即答した部屋の中で、唯一納得がいっていない人――リーナのお兄さんが、不満を隠そうともせずに声を上げた。


「私の手の者を動かせない理由は分かったが、セレス卿はともかく、そこの平民の男にアンジェリーナの身を任せると承知したわけではない!騎士では事足りぬというのであれば、冒険者を使えばよいではないか!」


 声の大きさこそ威圧的だけど、内容は筋が通っているリーナのお兄さんの主張。

 それに対するジオの返答は、予想していたかのように簡潔だった。


「冒険者の存在を考慮しても、現状リーナの救出にはテイルが最適だと僕は断言する」


「恐れながら殿下、経験豊富なエキスパートを有する冒険者ギルドと、そこの素人を比べること自体がおかしいのです。救出どころか、アンジェリーナ攫った狼藉者達に返り討ちに遭う恐れもあるのですぞ」


「そう、それだよマクシミリアン卿」


「それ、とは?」


「冒険者ギルドにリーナ救出を依頼するとしてだ、その僕達の動きを相手方が予想しないと思うのかい?リーナを誘拐するという大胆な真似に出た連中だ、当然要所要所に監視の目を配しているはずだ」


「っ――!?」


「救出部隊の存在と居場所を察知された時点で、隠密行動は破綻する。そして、事が公になって困るのは僕達の方だ」


「で、ですがっ……」


「そしてもう一つ。確かにテイルの実戦経験は少ないけれど、それを補うためにセレスをつけている。それに、それを押してテイルのスキルは熟練冒険者の経験に匹敵すると、僕は信じている」


「……本当に、殿下はそこまで?」


「まあ、その目で確かめてみるといい。それでも不満というのなら、卿の手の者を動かすことを僕も許容しようじゃあないか」






 そんなわけで、セレスさんとの出発にこぎつけたわけだけど――


「では、テイル」


「はい」


『任務中は何があってもセレスの命令に従うようにね。それを違えた場合、最悪の事態が起きることも考えうる。ああ、君が死ぬって意味じゃあないよ。自暴自棄になった相手がリーナを弑するって意味さ』


 出発前にジオからそう脅されていたから、初めてのセレスさんの言葉に固唾を飲む。


「私をお姫様抱っこしなさい」


「はい!……はい?」


 セレスさんをまっすぐ見て、命令を聞いて、一度式典日和の青空を見て、もう一度セレスさんを見た。


「はい?」


「聞こえなかったのですか?私の背と膝裏にその両手を回して、抱え上げなさいと言ったのです」


「いや聞こえてましたけど……え?」


 やっぱり意味がよくわからなくて、ジオの方を見る。


「………………テイル、セレスの言う通りにするんだ」


 ――なんで、さっきとは全然違って苦々しい顔で言うんだ?


 それはともかく、セレスさんばかりかジオにまでそう言われたら、拒否するわけにもいかない。


「し、失礼します」


 そう言って、すでに受け入れ態勢に入っていたセレスさんの横に回り、両腕を使って遠慮しいしい抱え上げた。


「テイル、それでは駄目です。これから私を運ぶのですから、あなたの胸にしっかりと密着するようにしなさい」


「は、はい」


 ここまで来たら逆らう意味もないから、セレスさんの言う通りにするけど、俺の胸の辺りとか右の手のひらが、男装の服からは想像できなかった柔らかなふくらみが確かな感触になって――


「テイル、今後の付き合いについて、帰ってきたら少しばかり長い話をしようか」


 聞いたこともないほど冷たい声を出したジオが、眼光鋭く俺を睨みつけていたけど、そっちに気を取られる時間はすぐに終わった。


「テイル、よそ見している暇はないですよ。急ぎなさい」


「あ――はい」


 セレスさんの有無を言わさない命令を聞いたその瞬間、俺の中のスイッチが切り替わった。


 ――早く、早く早く早く、リーナの所へ……!!


『使用者の焦燥を感知しました。ギガンティックシリーズ、スピードスタイルに移行します』


 その俺の思いに応えたライトアーマーが黒い光を放つ。

 全身を覆っていた装備が掻き消える感触を憶えると共に、膝より下を中心にガッチリと装甲に覆われていく。


 そして、


「うん、訓練の成果があったね。新しい力も、安定的に引き出せるようになったようだ。もっとも、ぶっつけ本番は否めないから、くれぐれも油断しないようにね」


「ああ、わかった」


「ちょっと待て!!なんだ貴様のその装備は!?私とて騎士を率いる身だ、強力な武器防具の類にはそれなりに造詣があるが、そのようなもの見たことも聞いたこともないぞ!!」


「まあまあ、マクシミリアン卿。どういう能力があるかは、今から見てみればいい話じゃあないか。ほら、そんなに近くだと、巻き込まれる恐れがあるよ」


 そう言いながらリーナのお兄さんを遠ざけてくれたジオに無言で礼を言って、セレスさんをしっかりと抱きしめると共に、


「行きます!」


 この両足を覆った重厚な黒い装甲に、魔力を送り込んで力を溜め、最大で王宮の一番高い尖塔にも匹敵するジャンプ力を斜め方向に放ち、一気に第三王子宮を飛び出した。

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