第132話 ガルドラ公爵家次期当主


「公爵家の、次期当主?」


 そうジオに言われて、記憶の中のレオンの姿が強制的に引っ張り出される。


 断トツの実力と強引とも言える押しの強さで、同期を代表する冒険者。

 ほとんど対等とはいえ、公爵令嬢のリーナさえ従えてみせたリーダーシップは、烈火騎士団副団長のアレックスさんと肩を並べるくらいだと、俺は思っている。


 ――そんな長所が根こそぎ消し飛ぶほどに、レオンの悪意は俺の心を侵食している。


 それでも、レオンが類稀なカリスマを持っていることだけは、疑いようがない。


 だけど、


「レオンが次期公爵なんて、そんなことがありえるのか?」


 ジオが適当な嘘を言うはずがないとわかっていても、こう訊かざるを得ない。

 次期公爵といわれて真っ先に思い浮かぶ人物、リーナのお兄さん(あれはあれであれだけど)と比べると、お世辞にもレオンの性格は大貴族に向いているとは思えない。


「まあ、テイルが知っているマクシミリアン公爵家と比べると、そうかもしれないね。一口に公爵家といっても色々あるっていうことだよ」


「大きくは、王国黎明期から付き従う譜代の家系、王族が臣籍降下して立家した例に分かれますが、その実情は様々です。中には、いわゆる懲罰的な措置で公爵に落とされた王族もいますので」


「その中でも、武功を積み重ねて成り上がったガルドラ公爵家は、異端中の異端といえるだろうね」


 セレスさんの説明に続いて、問題のガルドラ公爵家に言及したジオ。

 その表情から、決して気分の良い話じゃないことはすぐに分かった。


「一口に武功といっても様々だけれど、ガルドラ公爵家のそれは、魔物討伐に特化している。実は、アドナイ王国の拡大政策の大半は、ガルドラ公爵家の功によるところが大きい」


「どういうことなんだ?」


「ガルドラ公爵家の領地は、巨大な魔物の領域に密着するようにあるのです。祖先は冒険者上がりとも言われるガルドラ家は男爵位から始まり、歴代王家の手厚い支援を背景に積極的に魔物の領域を切り取り、やがて陞爵を認めざるを得ないほどに勢力を拡大していった」


「その結果、公爵に?」


「それこそ、百年単位での出世だけれどね。今の王国の隆盛に対して、少なくない功績があるのは事実だよ」


「なんか、持って回った言い方だな」


 ジオの話し方は今に始まったことじゃないけど、今日は一層奥歯にものが挟まったような違和感がある。


「それは、いくら傍若無人にして人倫にもとるジオ様でも、王国の要である公爵家を悪しざまに言うことを躊躇われているからでしょう」


「君こそ傍若無人だ!そして少しも躊躇わないね!」


「では私から話しましょう」


 そんなジオのツッコミを華麗にスルーしたセレスさんは、続けて言った。


「要は、ガルドラ公爵家はやり過ぎているということです。テイル、王都までの旅路で見た、三つの道の話を憶えていますか?」


「もちろんです」


 忘れるはずがない。

 あんな、なんの変哲も無い道の裏に壮絶な歴史があるなんて、想像すらしていなかった。


「あくまで噂ですが、あれらの事件の背景には、ガルドラ公爵家の功績を羨んだ貴族や役人が、強引なやり方だけを模倣したからだと言われています」


「それに、領土はただ拡大すればいいってものでもない。新たな土地を得たところで、そこに住む平民がいなければただの荒れ地だし、そもそも防衛のしやすさも考慮しないと遠からず失陥することになるだろう。つまり、今も拡大政策を採るガルドラ公爵家は、国土安定を図っている今の王家にとって潜在的な敵とも言えるのさ」


 ジオの過激発言に驚いて、焦りを感じながらセレスさんの方を見るけど、その表情に否定の色は感じられなかった。


「ジオ様の御言葉はややうがった見方ですが、密かに深刻な政治的対立が生じていることは事実です」


「そんなガルドラ公爵家に、レオンが?」


「もう一つ、なぜ騎士の家の三男坊が公爵家次期当主に?って疑問もあったね」


 俺の疑問に直接答えることを避けたジオは、そうすることで余計な感情を排除しようとしているように見えた。


「領土拡大の方針から、突出した軍事力を持つガルドラ公爵家は、騎士との縁が深くてね。レオンの実家の騎士家は、ガルドラ公爵家と薄い血縁で繋がっているそうだよ」


「男子のいない現ガルドラ公爵は、血縁関係にある家々の有望な若者から養子をとる意向を以前から示していましたが、その中にレオンの名があったようです」


 セレスさんの説明で、ようやくレオンとガルドラ公爵家が繋がったけど、それでもいきなり次期当主っていうのは、話が飛躍しすぎている。


 そんな俺の疑問なんて承知の上だったんだろう、ジオが間髪入れずに言った。


「実は、他の候補者を飛び越えてレオンが次期当主に選ばれた理由に、僕達は触れているんだ。そしてそれは、冒険者や騎士にとって最大の獲物であり、討伐できれば最高の栄誉と言える存在だ」


「それは……?」


「ドラゴンですよ、テイル」


「っ――!?」


 思いもかけなかった言葉に驚きを隠せない俺に、セレスさんはさらに言った。


「王都までの旅路で遭遇した黒焦げの村、あの惨状を生み出したドラゴンが、どうやら王都付近にも飛来したようなのです」


「まさか、それをレオンが?」


「撃退した、らしいね。なぜかガルドラ公爵家が情報封鎖しているから詳しくは分からないけれど、少なくともドラゴン撃退の功績をレオンが得たことだけは間違いない」


「武勲こそを誉とするガルドラ公爵家にとって、ドラゴンバスターの称号は絶対的な意味を持ちます。それこそ、次期当主争いに終止符を打つほどに」


「レオンが……」


 言葉もない、って言葉は、まさにこんな時のためにあるんだろう。

 出会った時から俺とは違う世界に住んでいる奴だなとは思っていたけど、あまりに遠すぎる存在になってしまって、上手く考えが纏まらない。


 ――だけど、レオンが俺に向ける強烈な悪意を思うと、そうも言っていられない。


「まあ、今は静観が最善の一手かな」


 その俺の心情を慮ったのか、いつもの明るい調子に戻ったジオがそう言った。


「いくら次期当主に内定したといっても、内部ではまだまだ混乱の最中にあるだろう。根強い反発を鎮め、次期当主として正式に名乗りを上げ、ガルドラ公爵家を纏め上げるのには、それなりの期間を必要とするはずだ」


「冒険者ギルド総本部での遭遇以来、先方からの手出しがないのは、それが原因でしょう。ジオ様やリーナ様はもちろんのこと、グランドマスターにまで目撃されている暴挙です。現ガルドラ公爵から強く自重を促されていることは、想像に難くありません」


「それでも、テイルやリーナにとっては無視できない話のはずだ。だから、いち早く伝えた方がいいと思って、この場で話したわけさ」


「リーナもこのことを?」


 俺の言葉に、ジオがゆっくりと頷く。


 ――冒険者ギルド総本部では、レオンの狙いは俺というよりはリーナ、って感じだった。

 さっきのリーナからは、そんな不安を一切感じなかった。

 内心どう思っているかはともかく、気丈に振舞うリーナのことを思うと、俺も弱気なところは見せられないよな。


「わかった、せいぜい気を付けるよ」


「まあ、そこまで心配することは無いよ。ガルドラ公爵家内を纏め上げるだけでも、十年単位の努力が必要だろうし、ほとんど外様で実家の支援はほとんど期待できないレオンにとって、テイルのことに構っている暇は無いはずだ。これまではともかくとして、公爵家の次期当主ともなれば、言動一つが一種のニュースとなって王国内外を駆け巡る。まかり間違ってもその動きを見逃すことは無いよ、セレスが」


 そんな、セレスさんに丸投げのジオのいつもの御託前を聞いたところで、この日の話し合いは幕を閉じた。


 俺の中に、一生抜けそうにない、不安と危惧というトゲを心の奥深くに刺しながら。

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