第131話 もう一つの危惧
「やあテイル。早速話を――と言っても、ティアやリーナと違って、帰るべき場所のある君の意思を、今更確認する必要はないよね。本題に入ろう」
部屋に入って腰を落ち着けるなり、セレスさんを従えたジオはそう切り出した。
「さっきも言った通り、王太子の王位継承発表の式典の日から、本格的に公国樹立の動きが始まるけれど、実際にはそれぞれで荷造りなどの準備は進んでいるし、ジュートノル側の受け入れ態勢を整えるために先行する人員もいたりする」
「ですが、今のところはテイルには直接の関係がない話です。そういう流れがすでにできていることだけを把握してもらえていれば結構です」
「は、はあ」
セレスさんの言う通り、荷運びが大変そうだという感想しか出てこない俺に、お呼びがかかるとは思えないので、曖昧な返事が口を突く。
「だから、テイルに関係のある部分だけを説明しよう」
「テイル、サツスキー子爵のことを憶えていますか?」
「それは、もちろんです」
ターシャさんを毒牙に掛けようとしたクソ野郎だ、忘れるはずもない。
「悪事に手を染めたサツスキー子爵自身は名誉の死を選んだわけだけれど、彼が王都に家族を残していたことも思い出してほしい」
「ああ、確かにそんなことを言っていた記憶がある」
「その、サツスキー子爵の唯一の忘れ形見である嫡男は、すでに成人していてね。つい先日、正式にサツスキー男爵家を継承する運びとなった」
「男爵……?」
「代官の任期中に、役目を放り出して突然自死したのです。王宮の判断次第では、家名断絶もあり得る状況でした」
「そこで、先代との約束もあったので東奔西走して、なんとか男爵に降格程度の処分で済ませることに成功したんだよ。セレスがね!」
――だからジオ、なぜにセレスさんの功績を、さも自分の手柄のように話すんだ?
いや、セレスさん自身もちょっと誇らしげな雰囲気が出てるから、主従で納得しているなら俺から言えることは何もないんだけどさ……
「でだ、そのサツスキー男爵が、僕の公国に参加することになった」
「っ!?」
因縁の相手とも言える人物がジュートノルにやってくる。
その知らせに、思わず言葉を失った。
「テイルの危惧は分かります。非はサツスキー子爵にあるとはいえ、その息子が同じ土地で暮らすようになるとなれば、不安を感じるのは当然です」
「だったら、なんで……?」
「そこは、僕を信頼してほしいとしか今は言えないな」
俺の反応なんかとっくに予想していたんだろう、落ち着いた声色でジオは言った。
「僕とサツスキー男爵との間で利害が一致して、また、サツスキー男爵という人材が僕の眼鏡の適ったということでもある。もちろん、テイルの関係者に危害が及ぶようなことは一切無いと、僕が保証する。これが、僕が今言える回答の全てだ」
「私の方で、近い内にサツスキー男爵と会う機会を設けましょう。その時に、テイル自身の眼で見定めなさい」
「分かりました」
俺はそう言う。というより、それ以外に言えることが無い。
セレスさんの言う通り、まだ会ったこともないサツスキー男爵って人のことを、今の段階でどうこう言えるはずもない。
結局、今はジオの言うことを信じて、セレスさんの仲立ちでサツスキー男爵と会う日まで待つしかないんだ。
「で、肝心の帰る日だけれど、式典の十日後を、僕達の出立日に予定している」
「そんなに早く?」
そう言ってはみたものの、実際にその予定日が通常よりも早いのか遅いのか、俺には見当もつかない。
というより、公国樹立のための大規模なお引越しなんて一大作業、完全にスケジュールを把握している人なんて本当にいるのか?
「まあ、あちらの尻を叩いて、こちらの勇み足を宥めたりと、苦労の連続が待っているだろうね。セレスが」
――だからジオ、なんでそんなに他人事なんだよ。
手柄は全部俺のもの、苦労は全部お前のもの、ってことなのか?そうなのか?
そしてセレスさん、さっきよりもテンション上がっている気がするのは気のせいですか?気のせいですよね?
「とまあ、ここまでが僕が考えていた王都出立の概要なんだけれど……」
「テイルも知っている通り、大きなアクシデントが起きる可能性が出てきました」
「……アンデッド」
俺の呟きに、ジオとセレスさんが頷いた。
「と言っても、今のところは僕の方で対処する予定はないんだ」
「どういうことなんだ?」
「考えてみれば至極当然のことさ。王都の問題なのだから、王都の者が解決するのが望ましいってことだよ」
「王都の治安の最高責任者は、ジオ様の御兄上、エドルザルド殿下です」
「ああ、そういう」
「そういうことだよ。長兄が対処しようという問題に、弟の僕が口や手を出そうというのは、王家内の不和を王国内外に喧伝するようなものだ。実際、そんな権力も持っていないしね」
「……でも、俺に話すってことは、なにかが起きるかもしれないって、ジオは思っているんだよな?」
俺のその言葉に、ジオが「さすがはテイルだね」とばかりにニヤリと笑った。
「ジオ様、不謹慎で不敬です」
「まあまあ、他所ではこんな顔は見せないから勘弁してくれ――一応、長兄が対処すると言っているし、その権力も戦力も十分に持っているのは明白だ。ただ、ちょっと疑念があるんだよね」
「疑念?」
「ここ最近の、王都内におけるアンデッド出現騒ぎのことですよ」
セレスさんにそう言われて、数日前のリーナと馬車から目撃した時のアンデッド騒ぎを思い出す。
あそこは確か、王都の中でも上流階級が住んでいる区画だった。
治安のよくないスラム街とは違って、アンデッドの素体になるような死体がそこらに転がっているわけがないと、リーナが言っていた。
「もしも、王都内のアンデッド出現とルイヴラルド殿下の件が繋がっているとしたら、エドルザルド殿下の対処は後手に回っている恐れが出てきます」
「そうなった時に、長兄の持つ権力と戦力の物量で押し切れるかどうか、微妙な情勢になってくるかもしれないと、僕は思っているのさ」
「……そんな話をして、俺に何を求めているんだ?」
王太子やら第二王子やら。
王国の偉い人達の争いに、俺が関わってくるとはとても思えない。
こんな話を聞かせて、ジオは一体何がしたいんだ?
「今日のところは、アンデッドの危険を認識してもらえればそれでいいよ。具体的な話は、明日聞いて欲しい」
「それって――」
「申し訳ありませんが、テイル、あまり時間が無いので、もう一つの危惧に話を進めます」
「もう一つ……?」
てっきり、危惧は一つきりだったと思っていた俺に、セレスさんはそう言った。
――アンデッドと同等か、それ以上の危惧?
そう、この時の俺はすっかり忘れていた。
別に記憶から抜け落ちていたってわけじゃなかったけど、それでも大したことだと思っていなかったのは事実だ。
だけど、あの時、もう少し何かが違っていたらもしかしたら――
「これは紛れもなく君の因縁だ――元ジュートノルの冒険者で、今は実家のある王都にいるある男が、突然マクシミリアン公爵家と勢力を二分するガルドラ公爵家の後継者として養子縁組を行った」
――俺の因縁。
ジオのその言葉だけで、背筋がゾクッとした。
第三王子であるジオじゃなく、因縁と呼べるほどに俺一人を憎んでくる相手。
そんな奴は一人しかいない。
「君の元同期のレオンが、ガルドラ公爵家の次期当主になった」
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