第130話 リーナとティアの関係
隠そうとして隠し切れなかったという感じの、ティアの言葉。
それに対するジオの返事は明快だった。
「それについては、個別に話をするとしよう。まずはティア、君からにしようか」
そう言われたティアはコクリと頷いて、ジオとセレスさんと一緒に部屋を出て行った。
「まったく、自分の宮殿なんだから、私達の方を追い出せばいい話なのにね。ああいうところが王子らしくないっていうか……」
そう言いながら、ソファの上で少し姿勢を崩したリーナ。
その目には、ジオへともティアへともつかない、同情の色が浮かんでいる気がする。
「リーナは公国の話を聞いても、あまり驚かないんだな」
「まあね。ジオ様の――ジオグラルド殿下の将来を考えると、どこかの辺境に領地をもらってそこで一生を、っていうのは、割と現実的な道の一つだもの」
考えてみれば、リーナは初めからジオの正体を知っていたわけだから、あいつの言動を見ていれば何となくわかることもあったんだろう。
「それに、この後のジオ様の話もおおよその見当はつくしね」
「そうなのか?」
「たぶん、ルイヴラルド殿下のことじゃあないかしら」
「ああ、あの――」
あの人、と言い掛けて、途中で止めてしまった。
そもそも、第二王子をつかまえてあの人と呼んでしまうこと自体が、俺の無礼さというか教養のなさの表れといえなくもないんだけど。
それを考えた上でも、リッチになっているかもしれない相手に敬意を払うことを躊躇してしまう。
「ルイヴラルド殿下が今も私を狙っているというのなら、外出はもちろん、実家に顔を出すのも控えないといけないでしょうね」
「実家にも?公爵家なんだろ?」
「バカね、相手は第二王子なのよ。いくらマクシミリアン公爵家でも、婚約の申し出を断るのは簡単なことじゃないわ」
「そんなものなのか?」
「殿下が、王国の政治やマクシミリアン公爵家の内情に干渉しようというのなら、まだいくらでも手の打ちようはあると思うわ。でも、王家の血筋を取り込めるとなると話は別。家柄こそが全てと言っていい貴族にとって、家格を上げる絶好の機会なのよ」
リーナの確信を持った言葉に、ゴードンのことを思い出す。
あいつは金儲けこそが趣味みたいな奴だけど、それでもコネづくりのためには金を惜しまなかった。
まあ、ゴードンと貴族を比べるのは失礼なんだろうけど、それでもコネの頂点とも言える王家との繋がりっていうのは、リーナの実家でも無視できないものなんだろう。
「でも、あのお兄さんがリーナと第二王子の婚約を許すとは、到底思えないんだけどな」
「ああ、うん……」
――だって、お兄さん自ら大勢の婚約者を用意して、リーナに添わせようと競わせていたんだぞ?
少なくとも、俺が持っている病弱第二王子のイメージは、あの婚約者たちとは真逆なんだよな。
率直な俺の感想に、リーナが何とも言えない顔になって頷く。
「お父様はともかく、お兄さ――兄上は確かにそうかも」
「だろう?」
「でも、仮にお父様に婚約反対の意思があったとしても、よほどうまく立ち回らないと、他の貴族家への外聞が悪くなるわ。貴族の範たるマクシミリアン公爵家当主として、お父様もそれだけは避けたいはずよ」
「ああ、なるほど」
今度は、微妙な気持ちになって俺が頷く。
「まあ、もうすぐジュートノルに帰る私には関係のないことよ。お父様としてもその方が都合がいいでしょうし、せいぜい宮殿から出る時に気をつければいいだけの話よ」
やがて、セレスさんが呼びに来てリーナが部屋を出て行き、代わりにティアが戻ってきた。
兄妹の話し合いってこともあるんだろうか、執事のアレクさんは付き従っていない。
ティアとはずいぶんと近い間柄に思えるけど、今もジオの側に居るだろうセレスさんとは、また違った立場なんだろうか。
そのティアは、さっきまで自分が座っていたソファには戻らず、つかつかと俺のところまでやってくると、
「ん!!」
回れ右して両腕を上げてきた。
最初の頃は、なんのこっちゃと疑問符で頭を一杯にしていたけど、今はティアの言いたいことが分かる。
俺はティアの腰のあたりを両手で掴んで持ち上げると、ソファに座っている自分の膝に座らせた。
「……わたし、どうしたらいいと思う?」
俺の膝の上で微かに震えるティアの言葉に、俺は答えない。
ティアの呟くような声が、続きがあることを物語っていたからだ。
「わたしだって、王家の一員として、いずれは他国に嫁ぐことくらい分かっているわ。だけれど、アドナイ王国でですら独りぼっちだったわたしが、見たこともない国でやっていけるの?……こわい」
「ジオは、なんて言っていたんだ?」
ジオとの話の話題が、今ティアが言ったことそのものだってことは、俺にもわかる。
あいつのことだ、ただティアに残酷な事実を告げただけなわけがない。
「『どんな境遇だって、生きている人はいる。ティアだって、その気になればやがては嫁ぎ先に慣れていくものだよ』って」
「ジオらしいな」
第三王子の身でありながら幼くして出家して、唐突にセレスさんと二人きりで放浪の旅に出たジオだからこそ、実感がこもっている言葉だ。
「『それでも、どうしてもその道が嫌だというのなら、僕を頼っておいで』そう、ジオお兄様から言われたわ」
「そうか」
「ねえテイル、わたしどうしたらいいと思う?お父様やエドお兄様の悲しい顔を見るのはいや。でも、ジオお兄様にご苦労をかけるのもいやなの」
幼い言葉遣いだけど、切々に訴えてくるティア。
それでも、俺の答えは初めから――かつて奴隷以下の暮らしだった俺の人生に照らし合わせた時点で、とっくの昔に決まっていた。
「ティア、こればかりは、ティアが自分で決めるしかない」
「テイル……?」
俺の言葉を拒絶するように、いやいやと身をよじったティアの手を優しく握る。
「だけど、ジオもリーナも俺も、ティアが決めたことを全力で応援する。必要なら、どんなことでもして助ける」
「……アンジェリーナお姉様も」
「ああ、間違いなく」
再会した頃は、毒舌なティアに戸惑っていたリーナ。
だけど、時々ティアに向けるリーナの眼差しは、妹を心配するような優しさがこもっていた。
それだけで、リーナのティアへの思いははっきりとしていると確信している。
「……わかったわ。あとでアンジェリーナお姉様にも話してみる」
「ああ。リーナもきっと喜ぶよ」
ガチャ
「なに?私がどうかしたの?」
その時、ジオとの話が終わったらしいリーナが部屋に戻ってきた。
「な、なんでもないです!!」
さすがにまだ、心の準備が整っていないんだろう。
俺の膝からぴょんと飛び降りたティアはそう捨て台詞を残して、扉の前に立つリーナの脇をすり抜けて出て行ってしまった。
そんなティアを追いかけても良かったんだけど、やっぱりそうはいかないらしい。
「テイル、ジオ様がお呼びです」
セレスさんの声を聞いて、ずいぶんと長く腰掛けていたソファから立ち上がった。
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