第129話 ジュートノル乗っ取り計画
「というわけで、ジュートノルに僕の国を作ることになったよ」
今、俺はどんな顔をしているんだろうか?
今隣にいる、急用と知らされて実家から飛んできたリーナは、開いた口が塞がらないくらいに驚いている(さすがに手で隠してはいるけど)。
じゃあ、きっと俺も同じような顔だ。
「そ、そんないきなり……」
「いきなり?おいおいテイル、それはあんまりじゃあないかな。少なくとも、君に対しては何度もほのめかしていたはずだけれど?」
「えっ?」
「……テイル、それはさすがにジオ様が可哀そうよ」
「仕方がありません、リーナ様。ジオ様の常日頃の行いが、このような結果を産んだのでしょう。計画の一言すら覚えられない、テイルの頭の悪さはさて置くとして」
……リーナには憐れみの眼で見られ、セレスさんからは軽く罵倒されてしまった。
そして、もうほとんど答えを言っているような、セレスさんの言葉を理解した時、王都に来る直前のジオの言葉が頭をよぎった。
『テイルは僕の計画の重要な鍵なのさ』
「あっ、計画って、そういうことだったのか!?」
「うん、まあそんなところだ」
――いやいや、危うく納得しそうになったけど、普通は計画と建国じゃ規模が違い過ぎて、一緒の意味に考えることなんてありえない。
どうしても多数決で俺が悪いみたいになっているけど、俺からしたらジオ達の方が非常識に思えて仕方がない。
これが、平民と上流階級の差なのか……
そんな俺の考えを知ってか知らずか、認識は統一された一致したといわんばかりにジオは話を進める。
「正式な公表は、二十日後に迫る王太子の王位継承の発表に合わせる形になるけれど、すでに公国立ち上げに関わる主だったところには内々に話を通して、王都出立の準備を進めてもらっている」
「王都出立?王都からジュートノルに移民してくるってことか?」
ジオの話の腰を折ることは分かっていても、俺の住むジュートノルの話だ、せめて聞くだけでも聞いておきたい。
注意されたら止めようくらいの気持ちの俺の礼儀を欠いた質問に、それでもジオは応えてくれた。
「ちょっと違うかな。んー、どう言っても良い印象を持たれそうにないな。セレス、なにか良い表現はないかな?」
「ジュートノルの乗っ取り、と言えばよろしいかと」
「全然良くないっ!?」
「の、乗っ取り!?」
「あー、だから言葉を選ぼうとしたのに……」
セレスさんからの衝撃的な発言に驚いた俺を見て、ジオが頭を抱えだした。
それを見て不憫だと思ったんだろう、リーナが優しい声色で言ってきた。
「別に、平民の暮らしをどうにかしようってことではないのよ。思い出してみて、ジオ様が介入するまで、ジュートノルの代官や政庁、各ギルドは真っ当な組織と言えたかしら?」
「それは、きっと違ったんだろうな」
政治ってやつに全く知識も関わりもない俺だけど、あれこれと見てきたおかげでそれくらいのことは言える。
「控えめに言っても腐敗の温床って感じよね。今は主だった悪事に加担していた幹部が一掃されて多少はマシになってはいるけれど、お世辞にも効率的な運営がなされているとは言い難いわ」
「そんな彼らに、僕が理想とする公国を作り上げることなど、土台無理な話なんだよ。そういうわけで、王都から有為の人材を募ってジュートノルに送り込み、政治経済軍事などのあらゆる観点からジュートノルを作り変えてしまおうというわけさ」
「……そんなこと、本当にできるのか?」
あまりにも壮大で遠大な、ジオの『計画』。
何とか絞り出した俺の返事はあまりにも中途半端なものだったけど、予め回答を用意していたかのように、今度はセレスさんが語り出した。
「一見、かつて政争に敗れてほぼ全ての権力を失ったジオ様について行く者など皆無だと、一部の貴族は思うでしょう。ですが王都には、役人になれなかった貴族家の次男三男、あるいは王宮に仕えていても現状を不遇に思っている下級役人が、今か今かと上の席が空くのを心待ちにしている者が数多くいるのです」
「ところが、上の立場に立つ者ほど己の権力にしがみつくものでね。狡猾に立ち回って出る杭を打ったり打たれるように仕向けたり、意外と健康に気を遣って身体だけは元気だったりと、なかなか引退の二文字が遠かったりする。そんな老害が邪魔な若手にとって、地方とは言えど己の才覚を存分に振るえる環境が目の前にあると、思わず飛びつきたくもなるのさ」
「そんなものなのか」
「過去に臣籍降下した王族の例から見ても、この予想が大きく外れることは無いでしょう。すでにいくつかの貴族家に接触し、悪くない反応を頂いていることからも、その傾向は明らかです」
「むしろ、僕の場合は面倒なしがらみが少ない分、ハズレの人材を押し付けられるリスクが少ないからね、有望な若手をより取り見取りでワクワクが止まらないね!」
なんだか気持ちの悪いことを言い始めたジオはさて置き。
二人の説明の半分も理解できたか怪しいけど、とりあえず俺が心配する必要はなさそうだということくらいは分かった。
「ジオ様、他はどうなっているの?」
「なんだい、リーナ。今日は偉く積極的じゃあないか」
「当然よ。私だってジュートノルの住人なのよ。折角の質問の機会を見逃すわけがないじゃない」
「……その前に、不快なことかもしれないけれど、一度だけ言わせてもらうよ。リーナ、君にはこの際、家族の元に残るという選択肢もあるはずだ」
「はっ、愚問ね」
「……わかった。僕からは二度とこの話題を持ち出さない」
そうリーナに言ったジオは、俺にもわかるような言い方で、話を続けてくれた。
公国建国に必要な人材と言えば、役人、騎士団、商人の三つに、大まかに分かれるらしい。
「商人だけれど、王都に帰還した時に世話になった、オランドのところに来てもらうことになったよ」
「まあ予想はしていたけれど、よく承諾してもらえたわね」
「オランドと嫡男は本店の機能と共にジュートノルに移るけれど、王都の店は次男に任せるそうだ。ついでに、我が長兄との伝手を繋ぐことで、なんとか条件を擦り合わせたってところかな」
「えっ!エドルザルド殿下に!?そんなこと、可能なの?」
「僕がやるのは側近への顔つなぎまでさ。その後は、オランドの次男の才覚次第だ」
「それはなんていうか、その次男も大変ね。――それで、騎士団と役人は?」
「うん、確証と呼べるほどの当ては、今のところ何もないね」
「もうそれほど間もないんでしょう?大丈夫なの?」
「衛兵隊を統率し、冒険者への抑止力という意味で不可欠な存在だから、選定はどうしても慎重にならざるを得ない。特に、治安の守り手の最後の砦と言うべき、公国騎士団長を任せるとなると、いくら王都でも人材は限られてくる。役人に関しても、筆頭たる代官次第で声をかけられる人材に制限が出るから、同様に断言はできないかな」
「それはそうなんでしょうけれど」
「まあ、期限だけは決まっているからね。それまで微力を尽くすだけさ」
そんな感じで、ジオとリーナを中心にして、公国樹立の話が進んでいく。
思った以上にスムーズに話している辺り、ジオの頭の中ではかなり前から計画が立てられていたんだろうと想像できる。
――これはいよいよ俺が口を挟めるものじゃないな。
そう思った時、まるで居ない子のようにこれまで口を閉ざしていたティアが、震える声で言った。
「わ、わたしはどうなるの?」
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